ひなビタ♪8-1「凛として飲む紅茶の如く」

倉野川市、日向美商店街。

元気のなくなった地方都市の商店街を盛り上げるために組まれたガールズバンド「日向美ビタースイーツ♪」。

今日は咲子の家の純喫茶「シャノワール」に五人が集まり、お茶を楽しんでいる。

「お待たせしました。本日の日替り紅茶です。」
咲子が、席に座る四人の前にティーカップを置き、紅茶を注いだ。

「こちらは、チョコレートのシフォンケーキです。」
続いてケーキを置いた。

「さきちゃん、ありがとう!いただきます!」
まり花の声とともに、みんなが飲み始めた。

「うーん、おいしい!」
「いい香りめう。」
「…紅茶の香りは、心身をリラックスさせる作用があるわね。」

「ありがとうございます。こちらのチョコレートのシフォンケーキは、バレンタイン限定でしたけど、好評なのでしばらく続けることにしたんですよ。」
「ふおおっ、すっごくおいしいよっ!最高だよぅ!」
まり花がケーキを頬張り、幸せそうな表情をしている。

「咲子の紅茶はNo.1だしっ!…でも、高校生が純喫茶ってのも、改めて考えるとシブくない?」
一舞がティーカップを手に、疑問を投げ掛ける。

「そうめう?」
「だって、都会とかじゃ、フラ…何とかっての?ああいうのを女子高生とかが持って、飲みながら歩いてるじゃん?」
「それ、私もテレビで見たことあるっ!生クリームとか、フルーツとかがたくさん乗ってるのだよねっ!」
「ああいうのがイケてるんだよね?倉野川にもそういうお店が出来たら、一番にチェックするしっ!」
「アハハハ…、イブちゃん、チェーン店とこういうお店では、そもそもの立ち位置が違いますから…。」
咲子が、苦笑いをしながら一舞をなだめる。

「ごめんごめん。全然、シャノワールがイヤだってわけじゃないし。ただ、こういうレトロなお店と、あたしみたいな今どきイケイケギャルってのも、ギャップがあるな、と思って。」
「自分で言ってたら、世話がないめう…。」
「…嗜みに、年齢や容姿は無関係よ。寧ろ、数字や外形的な要因に囚われず本質を見極めることが重要よ。」
凛が静かにつぶやく。

「ふおおっ…、凛ちゃん、大人の落ち着きでカッコいいよっ!」
「洋服屋も、その髪型や服装でも喫茶店の紅茶がおいしいと感じているんでしょ?本物を理解している証拠よ。」
「…それ、褒めてんの?」
一舞がキツネにつままれたような表情をする。

「…そうだ…。」
咲子が、何かを切り出そうとする。
「さきき、どうしためう?」
めうが咲子のうかない顔付きに気付いた。
「みなさんに、お願いしたいことがあるんです…。」
「何、さきちゃん?」
まり花が尋ねる。
「実は、来月にシャノワールで紅茶のイベントをする予定なんです。」

咲子によると、純喫茶シャノワールでは、紅茶の魅力と喫茶店の認知を広めるため、この度初めて紅茶のイベントを開催することにしたという。

「それで、応援の方を頼んでいたんですけど、都合でどうしても来られなくなってしまったんです。他に声を掛けてもなかなか無理そうで、厚かましいお願いなんですけど、みなさんにお手伝いしていただきたいんです…。」
『私たちに?』
咲子のお願いに、四人が驚く。

「そうなんです。人数は多ければ多いほどいいので。とってもとっても、困ってるんです…。」

「ふーん…。…面白いめう。」
めうは少しの間考え込み、眼がキラリと光った。
「…ちょっ、何を企んでるしっ?」

「めうがプロデューサーになるめう!まりり、いぶぶ、りんりん先生の三人もメイドになって、接客をするめう!」
「えっ?」
「はっ?」
「…はい?」
めうの提案に、三人があっけにとられた。

「日向美ビタースイーツ♪で、シャノワールを一日占領するめう!みんなが紅茶を淹れて、おもてなしをするめう!」
「わっ、私たちも紅茶を淹れるのっ?」
「そうめう。さきき一人だけだと、負担が大きいめう?まりりたちも淹れた方が、少しの手順ミスとかも許容範囲で許されると思うめう。」
「よく、そこまで考えられますね…。」
めうの頭の回転の早さに、咲子が感心する。

「…でも、いい加減なものは出せないっしょ?お金を取るんだし。」
「そこはさききにレクチャーしてもらうのと、あとは愛嬌でカバーめうっ!」
「愛嬌?…って、アバウト過ぎなくないっ?」
「来月まで時間がありますので、練習すれば、基本的な淹れ方は覚えられると思います。私がお教えしますから。」

めうの話を聞き、まり花の眼も輝く。
「面白そうだねっ。やってみようよ!さきちゃんのためだし!」
「…うん、そうだね!あたしも一肌脱ぎますかっ!」
乗り気のまり花と一舞に対し、凛は困惑している。

「わ、私もなの…?」
「そうめう。仲間のピンチを目の前にして、断れるめう?」
凛を試すような目付きをしながら、めうが問い掛けた。

「…メイド服なんて、サイズがないでしょ?喫茶店。」
「大丈夫です。」

ゴンッ!
咲子の断言に、凛がテーブルに頭を打った。

「まり花ちゃんには、ちょっと大きいかも知れませんけど、みなさん背丈は同じくらいなので、着られます。」
「りんりん先生、さききによって、懸念は解消されためう。手伝うめう!」
「…滅びとメイド服の邂逅なんて、愚昧極まりないわ…。」
絶句する凛を横目に、めうは次の提案をぶち上げた。

「フードメニューは、ちくわパフェだけにするめう!」
「ちくパだけなのっ?」
「そうめう。めうたちだと、他のフードまでは絶対に手がまわらないと思うめう。だから、ちくパ一本勝負で行くめう!」
「なるほど。潔く、ってことねっ!」
「それと、これに便乗してちくわパフェを知ってもらうめう。」
「いや、便乗って…。」
咲子がツッコむ。
「さききのお店と、ちくパを広めるめう!」

こうして、純喫茶シャノワールの紅茶(と、ちくわパフェ)イベントに向けての準備が始まった。
まり花・一舞・凛の三人は学校から帰宅後にシャノワールで咲子に紅茶の淹れ方を教わり、めうと咲子はイベント全体のプランを立てる役割になった。



イベントまであと二週間。
シャノワールの店内で、咲子の紅茶レッスンが行われている。

「うーん…、なかなか難しいよねっ。」
「やっぱり、家で飲むのとは勝手が違うしっ。」
ティーポットを前に、まり花と一舞が紅茶の淹れ方について話している。

「みんな、とってもとっても上手くなってますよ。こんなに飲み込みが早いとは、思いませんでした。」
咲子が感心したように言った。
手伝いを頼んだ側とはいえ、三人の上達の早さは予想外だったようである。

「…そう?喫茶店が求めるレベルに達してるの?」
凛は、少し不安そうな顔をしている。
「心配しなくても大丈夫ですから。あとは、回数をこなしていくだけです。」

カラン…。
「ごめんめう。遅くなっためう。」
めうが、みんなより遅れて到着した。

「めうちゃん、いらっしゃい。…それじゃあ、まり花ちゃんたちは、練習を続けてくださいね。」
と言い、咲子とめうは二人で別の部屋に入った。

「三人は、どうめう?」
「筋が良くて、上達が早いです。まり花ちゃんもイブちゃんも、このまま練習すればお客さんに出せます。ただ…。」
「りんりん先生めう?」
「そうですね…。」

凛は手順自体は覚えていて、その点は問題ないのだが、極度の恥ずかしがりという性格から、接客のときに粗相をするかも知れないことを、咲子は気にしているようだ。

「そうめう、そこは愛嬌ではカバー出来ないめう…。万が一ポットを割ったり、お湯をこぼしたりすると、りんりん先生やお客さんが危ないめう。」
めうも、そこは懸念していたところである。

「めうちゃん、そういうところはすごく真面目ですね…。割れにくい材質のティーポットもありますから、凛ちゃんにはそれを使ってもらいましょうか。」 
「うーん…。それに加えて、りんりん先生には、その恥ずかしがりがプラスに出る接客をしてもらった方がいいと思うめう。」
「えっ?何ですか、それ?」
「りんりん先生については、『Bプラン』を発動するめう。」
「…そもそも、Aプランがあったんですか?」
「Aプランは、最初にめうが話したプランめう。」
めうの補足をすると、Aプランとは、
・めうを除く四人で紅茶を入れたり、配膳をする
ことである。

「こんなこともあろうかと、別のプランも考えてためう。」
めうが咲子のツッコミに動じずに言うと、カバンから書類を出して、咲子に渡した。

「これが、Bプランのりんりん先生の役割めう。Aプランに、接客のオプションを加えたものめう。」
「はい…。」
咲子が書類(というより、ほぼ台本に近いが)を読む。

「…えっ、…これをですか?」
「こっちの方が、お湯を使うより安全めう。」
「…凛ちゃんには、この方が恥ずかしいんじゃ…。」
「やらせてしまえば、こっちのもんめう!」
「ちょこちょこ、発言が怪しいですね…。」
そして、めうは凛を向こうから部屋に連れて来た。

「…どうしたの?はんこ屋。」
「りんりん先生には、まりりやいぶぶとは別のことをしてもらうめう。」
と、咲子に渡したものと同じ、書類という名の台本を渡した。

「このパターンを覚えて、接客をしてもらうめう。」
「…!…こ、このセリフを…?」
「お湯を扱うことに比べれば、楽めう!」
「…凛ちゃん、ごめんなさい…。」
咲子が申し訳なさそうに、凛に向かい頭を下げた。

「…ぐ、愚昧ね…。」

イベントまであと十日。
この日はシャノワールで、みんなが着るメイド服の衣装合わせをすることになっている。
各自が着替えようとしたその時、店のドアが開いた。

カラン…。

「みんな、こんにちは。」
久領堤纒が、店にやって来た。手にはカメラを持っている。

「纒さん!こんにちはっ!」
「何ですか、そのカメラ?」
「日向美ビタースイーツ♪が、シャノワールで一日店員をするって、めうちゃんから聞いてね。」
「纒さんに、取材をしてもらうめう!」
『えっ、取材?』
まり花と一舞が同時に驚いた。

「そうなのよ。市報に載せる話題に、ちょうどいいと思ってね。で、事前視察に来たってわけ。」
纒がどことなく軽いノリで話す。

「じゃあみなさん、メイド服を着てみましょうか。更衣室で着替えてきてくださいね。」
咲子の呼び掛けに、まり花、一舞、凛の三人は更衣室に入っていった。

「めうちゃんは、メイド服は着ないの?」
纒の疑問にめうは、
「めうはプロデューサーだから、メイド服は着ないめう。スーツっぽい衣装を自前で持って来たから、それを着るめう。」
と、胸を張って答えた。

「そうなの?かっこいいわね。」
「えへへ、ありがとめう。」
照れくさそうに、めうが笑う。

「めうちゃんも、そろそろ着替えてきてくださいね。」
「…あ、そうめう。行って来るめう。」
咲子に急かされ、めうも更衣室に走って行った。

そしてー。

メイド服、スーツに着替え終わった四人が出て来た。

「うわぁ!みんな、とってもかわいいわよ!ほら、写真を撮るから、咲子ちゃんも入って!」
纒が感激し、五人の姿を夢中でシャッターに収めている。

「纒さん、騒ぎ過ぎだし…。」
「…うん、大丈夫ですね。腕まわりは調整しているから、みなさんに合っているはずです。」
咲子が全員の寸法を確認する。

「バンドでも、みんなが同じ衣装ってないから、すっごく楽しいねっ!」
「…この姿は、やっぱり恥ずかしいわね…。」
この期に及んでも恥ずかしそうにしている凛に、一舞が業を煮やした。

「凛。あんまり恥ずかしがるのも、咲子に失礼じゃん?咲子はメイド服が仕事着で、働いてるんだし。」
正論を言われ、凛が苦い顔をする。

「…着たくて、着てる訳ではないわよ…。」
「い、イブちゃん…。凛ちゃん、ごめんなさい…。やっぱり着慣れてないと、恥ずかしいですよね…。」
咲子がとりなすが、一舞と凛の間に気まずい空気が流れる。
そこにまり花が、切り込むように天然を炸裂させた。

「あれっ?このメイド服、お胸のところがスカスカだねっ。さきちゃんの、ふわっふわのお胸に合わせてるからかな?」

ガターン!!!

全員がズッコケた。
同時に、場の空気が一瞬で和んだ。

「…さ、さすがまりりめう…。」
「…無意識にこのタイミングで、そのセリフが出るのが、すごいですね…。」
「…まり花にはかなわないし…。…凛、ごめんね。言い過ぎちゃって。」
一舞が凛に謝る。

「わっ、私こそ…。いつまでも恥ずかしがってて、ごめんなさい…。ただ…、この、セリフは…。」
「何、セリフって?」
事情を知らないまり花と一舞に、凛がめうからもらった「Bプラン」の台本を見せた。

「…お湯を扱うより、安全だからって…。」
二人が台本をじっくり読む。
そして、

「…これも、面白そうだねっ。めうめう、私もこれ、やってもいい?」
「いやー…、これは凛だけだと、さすがに恥ずかしいっしょ。あたしもやるし!」
まり花と一舞のまさかの提案に、めうと凛が驚く。

「本当めう?まりりもいぶぶも、やってくれるめう?」
「…本当?」
「だって、みんなでやる方が、凛ちゃんだけ恥ずかしがらなくても良くなるよねっ?」
「当たり前じゃん、友達なんだしっ!っていうか、めう!こんなこと、凛だけにやらせるなし!」

めうが涙ぐむ。
「さすがめう…。二人の分も、台本を渡すめう!」
凛も、少しうつむきながら、二人にお礼を言った。
「…あ、ありがとう…。」

纒が一連のやり取りを見ながら、涙を流してしみじみうなづいている。

「雨降って地固まる、ってとこね…。何て熱い友情なの…。みんな、本当にいい仲間ね…。」
「…纒さん、お母さんじゃないんですから…。」
「シャノワールのイベントが、成功するといいわね。」
「みんながいるから、大丈夫だと思います。あと、メイド服の胸のところも、調整しないと…。」
「アハハ、頑張ってね。じゃあ咲子ちゃん、また、当日に取材に来ますから。」
「はい!ありがとうございます。」
そして、纒は帰っていった。

8-2に続く。







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