ひなビタ♪11「ひとりよがりのひとりゆり」

倉野川市、日向美商店街。

元気のなくなった地方都市の商店街を盛り上げるために組まれたガールズバンド「日向美ビタースイーツ♪」。

凛が、いつものように一人で本を読んでいる。
だが、今日の凛はどこかうわの空である。ページを繰ってはいるが、内容は頭に入っていない。

(…日向美ビタースイーツ♪…。バンドとしてのまとまりは、最初と比べて目覚ましく成長を遂げているわね…。)

凛の加入により、バンドの音楽レベルは向上し、まり花たちメンバーの実力も上がっている。それは認めるところである。
だが、凛には思うところがあった。

(…レコード屋たち、私へのスキンシップがエスカレートしていってない…?)

メンバー同士、仲が良いのは一向に構わない。だが、良すぎるのもいかがなものだろうか。


喫茶店は…。

ある日の、喫茶店シャノワール。
凛は一人で、コーヒーを飲みながら読書をしている。他に客はおらず、店内には凛だけである。

「凛ちゃん、いらっしゃいませ。」
メイド服姿の咲子が話し掛けてきた。

「喫茶店…。今日は、静かね…。」
「他にお客さんがいませんからね…。凛ちゃんに、試食をして欲しいんです。」

咲子がテーブルにプリンを置いた。
「作り方を改良して、新しく出そうと思うんです。」
「…ありがとう。頂くわ。」
そう答えると、咲子が凛の向かいの椅子に座った。

「?…どうしたの?」
「誰もいないので、メイドのサービスです。はい、あーん。」
と、プリンの乗ったスプーンを凛に向けた。
「えっ?…ちょっと…、恥ずかしいわよ…。」
「ほら、あーん。」
咲子に押され、口を開けた。

はむっ!

「…どうですか?」
「…お、おいしいわよ…。」
「…うふふ、照れてる凛ちゃん、とってもとっても、かわいいです。」

ゴンッ!
凛がテーブルに頭を打った。

(…どうして、この年になって食べさせてもらわないといけないの…?)


洋服屋は…。

凛が、いずみ洋裁店に来店した。

「リン、いらっしゃい!」
「洋服屋…。今日は、店番をしてるの?」
「そうだよ。ちょっと、外に出ててね。…あっ、いいところに来た!」
と言い、一舞が店の奥に引っ込み、服を出して来た。

「…な、何…?その服は…。」
「へへんっ!これはね、今度新しく売り出す予定の『いぶぶギャルセット』で、あたしが普段着てる服やアクセサリー一式がセットになってて、あたしのコスプレが出来るし!」
凛があきれ顔をする。

「…そんなもの、誰が買うの…?」
「ちょっと、リン!試しに着てくれない?フリーサイズだから、たぶん入るし!」
「…な、何で私が、そんな軽薄で愚昧な服装を…。」
「いいから!」

一舞は凛に『いぶぶギャルセット』を渡し、更衣室に押し込んだ。

(…困ったわね…。でも、あの調子じゃ、着ないと帰れないわね…。)

「リン、着替えた?」
一舞が更衣室のカーテンを開けた。
凛はまだ着替え終わっておらず、半分下着姿であった。

「…ちょっと、洋服屋!」
「あっ、まだだった?」
「…そんなにすぐ、着替えられる訳ないでしょ!」
「アハハ、そうだよね。ごめんごめん。」
「…ま、全く…。」

しぶしぶ着替えて、更衣室から出て来た。
一舞と同じギャルの服装でも、凛はスラッとして、シャープな印象を受ける。

「うわぁ!リン!めちゃめちゃかわいいじゃん!」
「…どうして私が、貴方と同じ格好を…。」
「ちょっと、写真撮ろっ!」
と、一舞がスマホを出し、凛と肩を組み、ほっぺたをくっつけた。

「…あ、貴方、近付き過ぎよ…。」
凛の顔が真っ赤になる。
「はい、チーズっ!」

パシャッ!

一舞と凛の、ギャル同士の写真が撮れた。
「リン、ありがとねっ!」
「…このセットは、売れないと思うわよ…。」

(…喫茶店も洋服屋も、ま、まあ…、許せる範囲ね…。)


レコード屋は…。

まり花と凛が二人で、公園でお弁当を広げて、ピクニックをしている。
「…どうして、レコード屋とピクニックをしてるの…?」
「りんちゃん、お弁当おいしいねっ!」
まり花が満面の笑顔で、凛に話す。

「…そ、そうね。確かに、おいしいけど…。」
「りんちゃんと一緒に食べられて、嬉しいなっ!」
この天真爛漫さは、どこから来るのだろうか。凛はいつも、不思議に思う。

「…あれっ?りんちゃん?」
「…えっ?」
「ほっぺたに、ごはん粒さんが付いてるよっ?」
「えっ、そっ、そんなもの、付くはずが…。」
「じっとしててねっ!」
まり花がこう言うと、

ちゅっ!

凛のほっぺたにキスをした。

「…っ!?」
「…よーしっ、取れたねっ!」
「…ち、ちょっ、ちょっと、シーデー屋!?…いきなり、な、何するの?」
「だって、手で取るより、ちゅーした方が早いじゃない!」
「…そっ、そんな問題じゃ…。」
「りんちゃんのかわいいお顔にごはん粒さんがついたままだといけないから、良かったっ!」
「…こ、こっちにも、心の準備が…。」

(…レコード屋は、どう考えても行き過ぎよ…。まるで、恋人同士みたいじゃない…。)

一人で煩悶していると、
「りんりん先生、どうしためう?」
めうが話し掛けて来た。

「悩みなら、何でも聞くめう!」
「…はんこ屋が、解決出来るとは思えないけど…。」

凛は、まり花たち三人から受けたスキンシップを話した。
すると、めうが少し考え込み、話し出した。

「ふぅーん…。分かっためう。」
「…何が?」
「りんりん先生は、日向美ビタースイーツ♪のメンバーと触れ合いたいめう!」

凛があぜんとする。
「…はい?」
「りんりん先生の話を聞いてると、まりりたちに抵抗してないめう。どんな要求も、最後には受け入れてるめう。つまり、心の奥底では、触れ合いたい、むしろスキンシップをして欲しいと思ってるめう!」
「…その破綻しかない愚昧な結論は、何…?」
「という訳で、めうもやるめう!」

ガシッ!
めうが凛のタイツの脚にしがみついた。

「!?…はんこ屋!何!?」
「こりもスキンシップの一環めう!」
「ちょっと、やめ、あっ…、ぐっ、愚昧なことは…、やめなさい…!」

その時、

…ちゃん、凛ちゃん!

遠くから、咲子の声が聞こえて来た。

…う…、うーん…。

「凛ちゃん、凛ちゃん!大丈夫ですか?」
凛が机に突っ伏して寝ていて、咲子が凛の身体をゆすっていた。

「…き、喫茶店…?…はんこ屋は?」
「めうちゃんですか?今日は、ずっといませんよ。うなされてたから、何か変な夢でも見たのかと思って…。」
「…わ、私は…、寝てたの…?」

変な夢なら、心当たりがあり過ぎる。

「…レコード屋たちに、私が好き放題にされる夢を見たわ…。」
「えっ?…りっ、凛ちゃん!…いっ、一体、どんな夢を見てたんですか!?」

咲子のテンションが高くなる。
凛が咲子に、夢の内容を話した。

「…という、内容だったわ…。」
「あーっ…。…それは、現実でも十分あり得そうな夢ですね…。」
「…変にリアリティーのある夢だったわね…。」
「…凛ちゃん、さそり座でしたよね?」
「…そうよ。」
咲子が無言で脇にあった新聞を取り、凛に星座占いの欄を見せた。

『さそり座…夢が正夢になりそう』

ゴンッ!!
凛が机に頭を打った。

「…こ、こんなオチ、ありなの…?」

終わり。

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