答えが出るまでのながーい話

天然酵母を起こして種を育てて、パンを作る助けにする。
そうすると、風味豊かになる。
そう言われてるからそうなんだろう、と思ってそうし始めた。
そうして、わかったことがある。

大量生産のパンは、とにかくたくさん焼かないといけないから決まった時間内に生地を育ててしまわないといけない。
パン酵母を多く使って、温度も高めにして、酵母の餌になるイーストフードや糖を多く入れる。
仕上がりはイースト香が残りがちだし、ぱさっとし始めるのが早い(老化が早い)。

パン酵母ではない、ルヴァンとかサワーとか、そのほか、ゆるやかに発酵を進める自家酵母を使うと、
発酵の副生成物であるアミノ酸などがふえ、生地に風味と深みを与えてくれる。
しあがりはしっとりで、口どけもよく、老化も遅い。

一般的にこんな感じでだいたい説明されていると思う。

けども、長所は短所でもある、とか ものごと良い部分だけではない、とか 言われるように、どちらも利点があり不利な点もある。

パン一個につけられる値付けを考える。
お店や会社としてやっていくには、できるだけ短い時間でたくさん作って売らなきゃならないのだ。そのために速醸パンを作る。

日持ちはしない(あるいは日持ちするように保存料を添加する)けども、現代においてはパンを買いだめして何日も保存しておく必要がないからそれでいい。
砂糖やクリーム、油脂をたくさん入れれば生地はしっとりやわらかくなる。それはパンというか菓子に近いものだけど、甘いパンはよく売れるからこれまたそれでいい。
甘くて柔らかいパンは、子供からお年寄りまで食べられる。

風味がなくても、そういう便利なやつだ。

それらが少ない、またはほぼ入らないリーンなパンはたいていクラストが硬い、ハードブレッドと呼ばれるようなものだ。

昔むかーしは保存方法が限られていたとか、パンを焼く機会が限られていたとか、そういうことがあって長持ちするパンを焼く必要があった。
酵母も、いまのようにパワーのある酵母はなかったから1日で焼けず、最終発酵まで2、3日かかる場合もあった。
食べたい時にすぐ焼けないし、焼きあがっても生地が落ち着くまで食べられない。

発酵に時間がかかるから、風味は豊かになるけど同時に独自の酸味が出るようになる。
酵母が酸を生成するからだ。

酵母がゆっくりと生成した酸は、雑菌に負けない、そして水分を保持する生地に育ててくれる。
それは腐りにくくて、乾きにくいパンができるということだ。それはとても都合が良かった。
(甘くて柔らかいパンもあったけど、そういうのはたいてい贅沢なもので、お祝いや時節のイベントなどに食べるものだった)

だけど、硬いパンは(全体の割合からみて)人気があるとはいえない。
保存性を高める酸やスパイス、ハーブも、好きな人は好きだけど、そのぶん苦手な人も多い。
一般的なパン屋で売っていたら、売れ筋にはならない。

時が重なり、強い酵母が開発され、作り方も研究されていった結果、「すぐ焼けるパン」が誕生した。
生イーストを多めにいれて、爆発的にふくらむパン。

すぐ焼けるようになったので、焼きだめしなくてもよくなった(んだと思う)。
その日に食べるパンをその日に焼く。
フレッシュな味のパンは酸味もなく、熟成香もなく、粉の素直な味がして、しかもソフトで人気があったに違いない。

それはそれとして、伝統的なパンは懐かしい味として、また守るべきものとして受け継がれていった。

そうして、いま、
昔ながらの製法でも速醸のそれでも、どちらでも選べる環境にある。
どちらかしかない、ではなくて、どっちを選んでもいい。あるいは、両者のあっちとこっちを組み合わせてもいい。

どっちがいい悪い、優れている劣っているとかじゃなく、それぞれはそれぞれの必要性や必然性で作り上げられたものであって、選択肢の1つとして、並列的に語られても構わない気がしている...


さて、この話はほかのことでも例えられる。

例えば、魚市場のそばにある寿司屋の寿司と、江戸前のそれ。

仕入れた魚がすぐ寿司に仕立てられる、新鮮さが売りのお店。
保存方法が限られていた時代から、保存性を高めると同時に、旨味を足す「仕事」を施すお店。

どっちが良いお店なのかなんて答えはない、
昔はこれしかなかった、だけどいまはどちらもある、そういうことだから。
どっちもそれぞれに良さがあり、それを求めるお客さんがいる....

魚でもなんでも、仕入れたらすぐ売ってお金にできる、それが一番。
熟成させるあいだ、商品にならない、場所をとるのはロスになる。
だから、たとえばワインを買って熟成させてから売るよりは、熟成されたものを仕入れて売る、そのほうが効率がいい。

魚をメインにした居酒屋さんがわりと安価な値付けでやっていけるのは、仕入れたものを新鮮なうちに売り切る流れを作れているからだ。
店に留めることがないから、すぐお金になってロスがない。

じゃあ新鮮なものがほぼ毎日手に入るのに、わざわざ手をかけて旨味を足す「仕事」を施して、適宜売っていくっていうのはどうか。
仕事を足したぶんのコスト、すぐ商品にならないコストが上乗せされることになる。

昔は新鮮なものの方が贅沢だったのが、今では普通になり
昔は普通だったものが、いまでは贅沢品になり。

最終的にこの話に、絶対的な答えはないけど.....

ただ、ずっと考えていたことだったから書いてみた。

「すぐ焼けるパン」に熟成感を足す必要はあるか、「昔ながらの作り方のパン」にフレッシュさは必要か。

すべてを成立させることはできないから
じっくりゆっくり育てた生地はそれに相応しい仕上げ方があって、ばーんと発酵させて焼き上げる生地はそれらしく仕上げるのがいい。

自分のなかで、そう結論がでたから
よりよく焼けるようになったパンがある。

これが好き!って言ってくれるひとたちがいたからたくさん焼くことができて、そうして考えて考えて、できあがったパン。

ぜんぜんまとめられなくて長ーくなったけど、こんな感じ🙋‍♂️


料理もね、「すぐできて」「すぐおいしい」
っていうのが人気ある、それはそういうもの。
そうじゃないひとのほうが少数だ。
そういうのがいい悪いじゃないし、少数なのがよくないとも言ってない、それはそういうもの。

お客さんにとって「注文したら、すぐ(差はあるけど)おいしいものが出してもらえる」もの。そのための手間や仕事を引き受けるもの。

こうやって、日々仕事をしながらふと頭に浮かんだ疑問に、ひとつひとつ答えを出している。


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