「どこで生きるか」より「どう生きるか」

高校時代の後輩から会社を辞めて故郷の静岡に帰るとの連絡があった。会社の早期退職制度に申し込んだと言う。コロナが落ち着いているので、2人だけの送別会を神田で開いた。

彼は理系の大学院を出て、誰もが知る有名家電メーカーの技術者となった。社会人になってからも国立大学の大学院博士課程で研究をした経験もある根っからの技術者である。

昨今は、有名企業の早期退職のニュースが頻繁に出る。彼が勤める会社もご多分に漏れず最高で4000万円の退職金の上乗せで早期退職者を募集していた。しかし、彼は60歳の定年退職まであと4年間はある。彼くらいの役職ならば年収は1300万円は下らない。4000万円といえば彼の3年間の年収くらいである。働いたほうが得である。

なぜ退職するのかを聞いてみた。

昨年、奥さんが心臓の大動脈解離で倒れたそうである。生死をさまよったとのこと。病院からその一報を受けたときに、彼は仕事を放り出して病院に駆けつけたそうである。「仕事を取るか」「奥さんを取るか」の瞬時の選択に、奥さんを取ったそうである。

一度大病をすると体は元には戻らない。奥さんの体調を考えると、温暖な静岡に帰って暮らすことにしたとのことであった。それなりの地位と年収を捨てるのももったいない気もする。しかし、彼の言葉を聞いていると、第2の人生をまったく違うことをするのも良いと思った。

還暦近くなって、新しいことにチャレンジする。人間死ぬときに「人生をやり切った」と思えばそれで良い。「どこで生きるか」より「どう生きるか」である。生きる目的をしっかり持って、目標に向かって頑張っていれば、人生は後悔しないであろう。彼の話を聞きながら、自分の人生を考え直すことができた。彼に感謝です。


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