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人生までインスタントにしたくはないよね。

 近年、インスタントなものが流行っていることを肌で感じる。それは食品だけにはとどまらず、小説や音楽のような趣味やレジャーのような体験なども含めてだ。テレビではSNSでバズった音楽のワンフレーズが繰り返され、1ヶ月もすれば別の音楽がその椅子に座っている。一時期の日本の内閣総理大臣を思い出させるくらい、気づけば別のものがそこにある。

 これは昔からあるものではあるけれど、現金が当たるキャンペーンをよく見るようになった。これもインスタントなものだと思う。もちろんキャンペーンに参加している人のほとんどは「せっかくだから」といった感じで、特に意識することもなく行っているだろうけれど、中には心配になるくらい必死になっている人もいる。良し悪しの問題が言いたいのではなくて、インスタントだなぁと言いたいだけ。

 インスタントは昔から体に悪いと言われ、コンビニ弁当やカップ麺ばかり食べていると友人家族に心配されることがあるだろう。優しく愛嬌のある店員さんであれば声をかけてくれるかもしれない。うるさいな、と思っても声をかけられれば「やっぱり偏ってるな」と反省する人もいると思う。
 では、食品や趣味に関してはどうだろう。僕は昔からカップ麺やインスタントラーメンが大好きだった。「お昼はどうする?」と聞かれれば「カップ麺」と答えて渋い顔をされたものだ。
 幼い僕のインスタント好きの理由は、刺激にあったんだと考えている。インスタントの食べ物はとにかく新しいものが多く、美味しいまずいを加味しなければ食事はいつでも楽しいものになる。これが僕の子供心に突き刺さったから僕はインスタントのものが好きだった。もし食卓に出てくる料理が毎日違っていたなら僕はインスタントを好きになることがなかったのだと思う。毎日献立を変えるなんてできるわけがないので、ある意味では必然だったのかもしれないけれど。

 とにかく、インスタントなものの良い所は間違いなく、この刺激にあると思う。コンビニに行けばあまり高くない値段で新たな刺激を手に入れられる。まさにインスタントな刺激だけれど、それ故に飽きが早い。しかし、その飽きを感じさせないほど今の食品業界の開発スピードは驚くほどに早い。素直にすごいことだと思う。

 嗚呼。恐れていたことが起きてしまった。
 ここまで書いてきたのに、僕はこの記事を書くことに飽き始めている。これも僕のインスタント好きの影響かもしれない。ただ飽きっぽいと言われればそれまでだが。
 それでも伝えたいことくらいは書いておくべきと思うのでもう少しだけ続けてみようと思う。

 インスタントは便利だし、新たな刺激をどんどん与えてくれる。それだけに刺激がなければすぐにやめてしまうことになる。これが何よりインスタントの悪い所である。これが続けば、二日目のカレーが美味しいということを忘れることになってしまう。
 退屈は刺激を楽しむ上で最も重要な要素である。退屈があるから刺激がいっそういいものになるし、心が満足する要因だ。だから、それほど退屈していないのに刺激を取り入れようとすると、本来楽しめる分の半分程度も楽しめない。
 食事だけに限らず、全てのことにおいてもこれは言える。努力のような退屈があったからこそ、勝利した時の喜びはいっそう大きくなる。長い移動時間があるからこそ目的地についた時の達成感は大きくなる。

 だから、近年のインスタントな流行は楽しいけれど、少し物足りない。
 それは退屈が足りていないからだと思っている。SNSやYouTubeなど暇を潰せるコンテンツは無数に生まれている今だからこそ、そこから離れて退屈な生活を取り戻すことも重要なのではないだろうか。

 ……よし、書き終わったからYouTubeでも見て寝るか。

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