空間識失調(バーティゴ)はどんな状態?非パイロットでも人にもわかるよう対処法も説明
航空機の墜落事故があった際、その原因がパイロットの空間識失調と発表されることがあります。
Twitterのつぶやきやネットの意見を見ると、結構的外れな批判が多く見られます。
「空間識失調になるようでは機体の設計がおかしい」という論調があったり。
他にも、テレビなどのマスメディアが一般人向けに分かりやすい(と彼らが思ってる)言葉で説明することで、変な誤解を与えるケースも見受けられます。
とは言え、一般的な生活をしていれば空間識失調におちいる経験なんてありませんので、正確にどんな状態のことを言っているのか理解できないのは当たり前です。
ということで、一応空間識失調を経験したことがある人間として説明をしておきます。
あと、飛行機を飛ばしてるときにパイロットが空間識失調になったらどう対処してるの?という話もしてみます。
空間識失調とはどんな状態なのか
■そもそも空間識失調とは
操縦者が自分又は操縦している航空機の姿勢、位置、運動状態(方向、速度、回転)などを客観的に把握できなくなった状態を指します。
引用:https://www.aeromedical.or.jp/igaku/kouku8.htm
はい、こんな感じです。
■空間識失調になると平衡感覚が狂う
空間識失調の状態になると平衡感覚が狂います。
平衡感覚が狂うというのは、上下とか水平の感覚が狂うということです。
例えば、今あなたは感覚的にどっちが上でどっちが下か分かりますよね。
・立った姿勢
・座った姿勢
・寝た姿勢
どんな体勢になっても、上下(どっちが空でどっちが地面か)がほぼ正確にわかるはずです。
ついでに、目をつぶってみても上下がわかりますよね。
実際に空とか地面とか水平線とかを、目で見て確認しなくても上下がわかる、水平の状態がわかるのが平衡感覚。
体が傾いていたら傾いてることがわかる。
これが平衡感覚が正しく機能している状態です。
この平衡感覚が狂ってしまうのが空間識失調。
上下が分からないというよりは間違っているという言い方の方が感覚が近いかもしれません。
自分の感覚で上だと思っている方向が、実際には上ではない状態です。
■皆が経験したことがある平衡感覚の狂い
言葉だけだと伝わりにくいかもしれませんので、皆さんに感覚的にわかる例えを。
1.まずバットを用意します
2.地面にバットを立てます
3.おでこをバットにつけます
4.そのままバットを中心にぐるぐる10周
5.バットから手を離して歩いてください
これやったことありますよね?
真っ直ぐ歩けないやつ。やったことなければやってみてください(怪我しないように)。
これが平衡感覚が狂ってる状態ですね。
自分では「真っ直ぐ立っていると思っている」けど「実際は体が斜めに傾いてる」ので傾いてる方向に倒れ込んでしまう。
だから真っ直ぐに歩けないという原理。
実際の上下(水平)と、自分の感覚の上下(水平)がズレてしまっている状態です。
これと同じような状態が飛行中のパイロットに起きるのが空間識失調。
当然、まともに操縦が出来なくなります。
なぜパイロットは空間識失調になるのか
一般的に生活してる人間であれば空間識失調にはならないのに、なぜパイロットはなるのか?
細かく話すと難しくなりそうなので、簡単に説明できそうなやつだけ書きます。
空には三半規管を狂わせる状況があるということです。
■飛行中は目視で水平を確認する対象が無い
地面で生活をしていると常に視界に水平を確認できるものがあります。
・地面や床を見れば下がわかる
・空がある方が上だとわかる
・建物を見ても水平がわかる
・飲み物などの液体は水平になってる
対象物があることで水平がわかります。
もし地上で三半規管が多少狂ったとしても、目で見た情報で水平感覚の修正が働いてます。
それが空だと水平や上下を確認する対象物が無いんですよね。
・周り全部空
・雲は見えるけど雲自体が水平じゃないので当てにならない
・むしろ雲が水平線っぽく微妙に斜めって存在すると水平を誤認する
・雲の上を飛んでたら地面は見えない
・雲の中を飛んでたら何も見えない
これがパイロットが空間識失調になりやすい理由の1つです。
■飛行中は常に下向きにG(重力加速度)がかかっているわけではない
地面での生活であればほぼ必ずと言っていいほど、下向きに重力を感じています。
Gがかかっている方が下であると簡単にわかります。
パイロットに合わせて座っている姿勢をイメージしましょうか。
座っていると下向きにGがかかっているので、お尻がイスの座面に押し付けられてます。
そして、そのGの状態はほぼ一定です。
車や電車などの乗り物に乗っているとき、一時的に前後や横向きのGがかかりますが、基準となる下向きのGは変わりません。
これが飛行中だとGが下向きに一定でかかっているとは限らないのです。
空中にいる間はずっとGがニュートラルじゃない。
もちろん、上昇・下降・旋回など航空機の姿勢を動かす時はGが変化することはわかります。
ただ、水平に飛んでいる(と思っている)ときに、実は0.9Gになっていたり、1.1Gになってたり、微妙に横や斜め方向から0.1Gくらいかかってたりするわけです。
こうなると自分の感覚と三半規管のセンサーがズレます。
まぁ、このくらいでは空間識失調には入らないのですが、空間識失調に入りやすい状態ではあります。
■色々条件が重なると突然バーティゴに入る
実際にバーティゴに入った理由はケースバイケースだと思いますが、入る時は突然です。
・水平に飛んでいると思っていたが実は3度くらい傾いていた
・下向きに1Gだと思っていたのが実は斜め方向に1.1Gかかっていた
こういう感覚がズレている状態で、頭を特定の方向に振ったりするタイミングで三半規管がバグります。
荷物を取ろうと下を向いたり、後ろを確認するために振り返ったりですね。
今まで何事もなく普通だと思ってたのが、いきなりバットで10回転した後の状態になるわけです。
マジでパニクります。
空間識失調に入った時の対処法
さて、空間識失調はなってしまうものであって、完全にならないように防げるものではありません。
当然、空間識失調になった状態でも安全に運航できることがパイロットには求められています。
どんな対処法をとっているのか説明。
■治るまで待つしかない
こうすればすぐに治りますという方法は無かったはず。
※あったらすみません知識不足です
ぐるぐるバット10回転でも時間が経つと自然に感覚が戻ります。
それと同じで、感覚が正常になるまで、事故らずに正常に飛ぶのが目的です。
■空間識失調になったことを他人に伝える
空間識失調になったら、まずその旨を他人に伝えます。
戦闘機であれば2機以上の編隊で飛んでるはずなので、他の機体のパイロットに伝えます。
民間の旅客機はパイロットが2名で運航してるので、隣に座るパイロットに伝えられます。パイロットA「ヤバい、バーティゴはいった!」
パイロットB「俺も!」
つまり「今自分の感覚は正常ではありません」ということを周りに伝えます。
そうすることで、もし何かおかしい動きをしてたら、第三者の視点で注意やアドバイスが貰えます。
■自分の感覚を無視して計器を信じる
これです。
対処法。
自分の感覚が狂っていますので、計器の正しい表示を見て飛ぶ。
それだけ。
ただ「言うは易し行うは難し」とはこのことです。
とても気持ち悪い&怖いです。
・自分の感覚で水平を保つと、計器がナナメ45度くらいを示す
・計器を見て水平を保つと、体が横に倒れてたり、前のめりに倒れてる感覚になる
知識としては「計器を信じるべき」と分かっていても実行するのはなかなか怖いです。
だって、自分の感覚的には「絶対飛行機でやっちゃダメな姿勢」「それをやったら絶対墜落する」と感じる状況を、計器としては正しいと示してくるわけです。
「万が一、自分の感覚が正しくて計器の方が間違ってたとしたら100%死ぬよな」って思いながら、自分の感覚を無視する。
超怖いです。
地上の乗り物に例えるのは難しいのですが、あえて例えると「車で右車線を逆走しろと言われてるような状態」でしょうか。
自分の左右の認識が狂ってる状態。
怖さ伝わりますでしょうか。
空間識失調の知識と、あとは気合と根性で自分の感覚を無視します。
昔ランボーって映画がありまして、怪我を自分で治療するシーンがありました。
「痛みを無視する」って。あんなイメージ。
※ランボーを知らない若者は周りのおじさんに聞いてみてください。このセリフはランボー3かな
空間識失調の対処法は基本的にこんな感じです。
■オートパイロットにする
軍用機や旅客機であればほぼオートパイロット機能があるはずです。
どの程度のオートかは機種によりけりですが、水平等速直線飛行(真っ直ぐ飛ぶ)はだいたい出来るはず。
最悪、自分の感覚だとまともに操縦出来ないと思ったらこの機能をONにすれば落ちはしません。
というか民間旅客機は基本的にずっとオートで飛んでますが。
空間識失調まとめ
空間識失調がどんなものか、なんとなく伝わったら幸いです。
人間なんて元々地上で生活する生き物なのに、技術や努力で無理矢理空飛んでるわけですから、このぐらいのバグは普通に起こります。
とは言え、航空事故なんて車の事故に比べたら発生率はとても低いです。
皆さんは安心して飛行機乗ってくださいね。
ではまた。
空間識失調(Spatial Disorientation: Vertigo, Illusion)/航空医学研究センター
https://www.aeromedical.or.jp/igaku/kouku8.htm