In a bar:after a while

「一発でよかったのかい?」
紫煙を燻らせながら、気だるそうな男が尋ねた。
「儂は彼奴らとは違う。ただの爺だ。人をいたぶる趣味はない」
男は、鼻で笑うように煙を吐き出した。
「そうかい。昔はヤンチャしてたって印象だけどな」
老人は、鋭い眼光で男を見据えた。
「なぜそう思う」
一際深く煙を吸い込み、男は煙草を捨てた。足で揉み消す。
「ヴィシャス(vicious)。"悪意のある"なんてセカンドネーム、堅気の人間にゃいねぇよ。大方、盗賊か野党だったんだろ?」
遠い目をして、老人は言う。
「——昔の話だ。今はただの爺だよ」
「恥じることじゃないさ。こんな世の中、誰もが何かやってるさ。お陰であんな立派な農場で暮らせてるんだろ? 俺は会ったことねぇが、アイリーンだって、幸せだったはずだぜ」
「しかし、そのせいでアイリーンは逝ってしまった。儂より先に、あんな酷い……」
男は老人を睨みつける。
「それとこれとは話が別だぜ。アンタが昔やらかしたことと、アイリーンが襲われたこと。その間には何の因果もねぇ」
老人は、男へと視線を戻す。
「この道を、東へ、どこまでも真っ直ぐ行くと、メスキートという小さな集落がある。知っているかね?」
男はその方向を見つめた。
「知らないね。俺達ゃ、そっちへ向かってるんだ」

「——儂が潰した」

「昔の話だろ?」
「彼奴らは、元を辿れば、そこの出身らしい。……もっとも、彼奴はそんなこと知らんかったろうがな。とは言え、彼奴があのような生き方をしなければならなくなった原因の一端は、儂にある」
風が吹いた。
乾いた草たちが、カサカサと鳴る。
男は、襟足のあたりを掻き上げる。
「後悔、してるのかい?」
「生きるためにしたことだ」
老人は、ポケットから一枚の写真を取り出した。
写真の中で、少女と馬が微笑んでいる。
「しかしそれが、巡り巡って災いをなすこともある」
夕陽が、紅く荒野を照らす。
男達は、しばしその様子を眺めていた。
「アンタ、これからどうするんだ?」
「さて、どうするかね」
老人の猟銃が、鈍く輝く。
その輝きを見つめながら、男はつぶやく。
「もう、その銃は使うなよ」
老人は、再び男へと視線を戻した。その目には、僅かに驚きの色が見てとれる。
男は続ける。
「その銃は、アンタの家族の無念を晴らした英雄だ。それでいいじゃねぇか。もう、使う理由はねぇだろ?」
老人は、猟銃を見つめる。
それは、賊として人を殺めた銃。
それは、愛する者を守るために持たせた銃。
それは、愛する者を守れなかった銃。
それは、愛する者の無念を晴らした銃。
そして——。
「……そう、だな。こいつももう歳だ。引退には丁度いい機会かもしれん」
そう言うと、老人は写真を見つめた。
男は、伸びを一つ。そして、東へ向けて歩き出す。
巨躯の男と、闇を纏う男もその横に並ぶ。
「じゃあな、爺さん。食料と水はありがたくもらっていくぜ」
「少なくて悪いな」
「あんなことがあった後だ。食えて飲めりゃあ文句はないさ」
言いながらも、三人の姿は、少しずつ遠ざかっていく。
その背中に、老人は問いかけた。
「このまま、ずっとこの道を行くつもりなのか?」
男は答える。
「まぁな。確かめたいことがあるのさ」
それを聞くと、老人は少し間をおいて、言った。
「それならば、ラスベガスという街に寄るといい。食物や飲み物を無償で受け取ることができるだろう。旅人には便利な街だ」
男は、右手を上げる。
「グラシアス! そいつはご機嫌な情報だ」
男達は遠ざかっていく。
老人は、その後ろ姿をしばらく見つめ、やがて、踵を返した。
一人、家路を行く老人。
その影は、荒野に長く伸びていた——。

to be continued......

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