『酒場にて』#26

「その後のことは、知ってんだろ?」
全てを話し終えると、男は店主にそう問うた。
店主は、銃口を見つめたまま、痙攣するように首を振る。
「し、知らねぇ。そのバーのことも、アイリーンって女のことも……!」
男の目に、殺意がこもる。
「へぇ。そうかい。じゃあ、バッファロー・ビルの店主の話しは嘘ってことか。アッチは、この店の支店だって話しだったんだけどな」
「な……!」
「その日は、アンタも来てたんだろ? 初めての集金をするためにさぁ……元締めさん?」
男の殺意が店主を射抜く。
「そんで、ついでに記念のパーティだろ? 転がり込んできたメインディッシュ、アンタが一番楽しんだって話しだったんだがな? "この世には秩序もモラルも法律もない。楽しんだ奴が王様だ"それがアンタの信条なんだろ?」
店主から血の気が引いていく。
「ち、違う。知らねぇ! それはソイツの与太話だ!!」
男は、壁をちらりと見る。
「アンタの名前は、"キング"ピットブル・リッチー。そうだろ?」
店主は黙ったままだ。
「あそこの壁にデカデカと掲げてあるじゃねぇか。白状しろよ」
観念したように、店主は、首を縦に振る。
「そ、そうさ。でも、それがどうしたって……」
「KPR」
男は、店主の言葉を待たずに割り込む。
「イニシャルはKPR。違いねぇな?」
言いながら、男は懐から一冊のメモ帳を取り出した。
「ここに書いてあるんだよ。KPR、250バレット(※この時代の通貨単位の一つ。現金が意味を持たないため、実用的な弾丸が通貨として用いられている。弾丸の種類にもよるが、1バレットが1000円前後の価値であることが多い)ってな。まったく、粗末なもんだが、こいつが帳簿なんだろ?」
男は、店主の顔面へと帳簿を叩きつけた。
「古い言葉で言えば、"ネタは上がってる"って奴さ。観念しな、糞山の王様」
店主の目が焦点を失っていく。口はだらしなく開かれ、涎が滴り落ちる。
「おいおい、散々ぱら楽しんだんだろ? 犯して、殴って、また犯して。飽きてきたら、今度は殺しだ。それも、死ににくい箇所に何発も何発も。何の罪もねぇ女の子にさ。いいじゃねぇか。最高じゃねぇか。笑えよ。思うがままのことをしたんだろ? なら、笑って死にやがれ。それが悪党ってもんだ」
男はふざけた口調だが、その目は全く笑っていない。
「お、お、お、おおお、お、お前はなんなんだ? お前らは何なんだ?!」
いつの間にか、男の隣には巨躯の男が立っていた。そして、店主の隣には、闇を纏った男。目の前の男は、ニヤリと笑う。
「暴漢さ。アンタと何も変わりゃしない。こんな時代だ。秩序もモラルも法律もねぇ。楽しんだ奴が王様だ。全面的に同意するぜ」
そこで男はグイッと店主の顔へと己の顔を突き出した。
「でもな、だからこそ、後悔しちゃあいけないぜ。やりたいことをやったなら、いつでも笑ってなきゃいけねぇ。こんな世の中、大切なのは一個だけ。覚悟さ。やりたいことをやる覚悟。それでそのまま死ぬ覚悟。誰かを踏みにじったなら、自分もまた踏みにじられる。因果応報なんてもんじゃねぇ。そういう覚悟があるかどうかだ」
男は、銃口を下へと向け、そのまま引き鉄を引いた。
乾いた銃声がなり、店主が崩れ落ちる。
店主のふくらはぎの辺りに血が滲んだ。
さらに男は、倒れた店主の太もも辺りを目掛け、もう一発撃った。続けて、脇腹の辺りにもう一発。
店主が、声にならない叫びを上げる。
「アンタはアイリーンが散々苦しむ姿を散々楽しんだんだ。だから、アンタは散々苦しんで死ね。そして、散々楽しませろ——あの人をな」
男はしゃがみ、ガクガクと痙攣する店主の髪の毛を引っ掴み、店の扉の方へと頭を向かせた。
そこには、猟銃をもった老人が立っていた。
「俺達ゃ暴漢だ。誰がどんな目にあおうが、なんとも思わねぇ。でもな、悲しむ人間もいる。怒る人間もいる。絶望する人間もいる」
老人が近づいてくる。
「銃なんてぶら下げてると、そんな人間に、復讐を頼まれることもある。それをたまたま受けることもある」
老人は、猟銃を店主の頭へと突きつけた。
「運がなかったな」
男は、店主の頭を床へと叩きつけると、すくっと立ち上がった。
「俺らの仕事はここまでだ。あとはアンタの好きにしな」
その言葉を受けて、老人は頷く。
三人の暴漢達は、二人を置いて去っていく。
しばらくして、荒野に最後の銃声が響いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?