ばぁん・とぅ・しんだぁす 2
カルデアは静まり返っていた。どこかへ顔を出せば厄介で賑やかな面々が必ず居合わせた頃が、まるで夢のよう。
「どうすっかな」
あてもなく管制室を出たものの、どこへと足を運んだものか。
――ふと耳に入る、騒がしい電子音。
(あれは確か……)
――。
「なんだ、お前かよ」
「あ……マスター」
レクリエーションルーム。
本来、マスター候補生やスタッフらが職務の合間に憩うための設備だったと巧は聞いているが、そういう手合いに疎い彼やマシュが放っておいている間にいつしかサーヴァントたちが勝手に入り浸ってゲームなどを楽しむ場と化していた。とはいえ、誰も彼も去っていった今となってはここには誰もいないはずだったが……。
「カルデアに居座りたい用事が実はこれだった、なんて言うなよ」
「まっまさか、あはは、はは……」
照れたように笑い、腰より長い銀髪を揺らす女性。”本性の片鱗”が出るほどに熱中していたのか、恥じらいながら開いた口の端には人並み外れた長さの犬歯が伸びかけていた。
「私とてずっとここに居座るつもりはありませんでしたが、この総大将、明らかにこっちの行動に反応して技を振ってくるのです……どうしろというのですか!」
「おい……」
アーチャー・インフェルノ。人理のために死力を尽くし巧と幾度となく並び立った、甲冑姿の女武人……真名を語ることなき、名無しのサーヴァントの一人。
「よければ、マスターも一緒に遊びませんか。”あくしょん”が苦手だとおっしゃるなら、”ぼぉどげぇむ”などもありますよ」
「別になんでもいいけどな、おまえ熱くなるとこっちまであっついから嫌なんだよ」
「まあまあ、そうおっしゃらずに」
優しく、しかし抵抗を許さない程度にはしっかりと肩を掴まれ、巧は観念して腰かける。
「この協力モードってやつか」
「そっちは”しぃぴぃゆう”が増える分時間がかかってしまいますのでVSもーどで遊びましょう」
「そうか」
「……」
「……」
黙々と遊ぶ。1位を目指してサイコロを振りながら道中のイベントに振り回される、巧も昔遊んだことのあるようなオーソドックスなつくりのスゴロクゲーム。
「……」
「……」
お互い特段会話を交わすこともないまま、巧の有利をインフェルノが追う形で中盤を迎え……どちらから切り出しただろうかいつの間にかとりとめのない話が始まり、遂にはコントローラーを手放してお互い向かい合っていた。
「……名前、結局教えられませんでしたね」
「宿業だっけな。気にすんなよ」
申し訳なさそうに俯く女。霊基に刻まれた忌み名。原因不明の事態ながら原因究明にリソースを割く余力もないまま、今に至る。
「そんな、気にしますよ。このような無礼……」
「仕方ないんだろ、じゃあいいじゃねえか」
「それは、そうですが……」
目を伏せるインフェルノだが、巧としてはその瞳よりやや上、鉢巻きを突き破り屹立する角の所在も同じくらい気になるところであり、
「教えてくれねえといえばその角」
「角 なんですか 何の話でしょう 私には なんとも」
「おまえな、そっちの方がずっと無礼ってやつだからな!」
今日にいたるまでずっと、わかりやすいシラを切られ続けてもいた。
「まあ……いいか。で、結局おまえ何しにここに残ってたんだよ」
「! ……」
「ゲームしたいってわけじゃないんだろ」
「……」
「……」
気まずい沈黙。石造りの巨人すら放り投げる怪物じみた膂力の持ち主とはいえこうして押し黙っている分には儚げな美人であり、そんな彼女にバツの悪そうな顔をされると、巧の方も所在のない罪悪感に駆られてしまって気分が悪い。
「……では」
「おう」
おずおずと、切り出された。
「その……マスターでしたら、きっとこれを告げても、驚いたり恐れたりしないと思った上で語りますね」
「ああ」
「本当に、ビックリしたりしないでくださいね? あまり忌み嫌われようものならこちらも即退去してしまうかもしれないので……」
「しつっこいな、いいからさっさと言えよ!」
萎縮する女武人が口を開くまで、また少し待つ。
「うう……その」
「その?」
青みがかった銀髪が徐々に新雪のように彩度のない純白へと変化していく。一対の大角もまた、先端に火が灯されたように赤く輝きを増し、彼女を護るはずの甲冑は跡形もなく焼け落ちていった。
「これが我が身に流るる血の真実。鬼種といえば、あるいは伝わることもありましょう……? どうされました、マスター」
「いや……おまえな」
呆れたようにため息をつく巧と、キョトンとそれを見るインフェルノ。
「そんなことな、最初に霊基が変わった時から知ってるんだよこっちも! 勿体ぶりやがって、何かと思ったじゃねえか」
「えっ、その、そういうことではなくてですね」
「じゃあどういうことなんだよ」
「……」
「……」
何度目かになるかもわからない、空白。
「おい、いい加減に」
「……ヒトではないものの血が流れているからでしょうか、面と向かった時からわかってしまっていたのです。貴方が何なのか、ハッキリとではありませんが……おぼろげには」
「……そうか」
「もう……長くないのですね?」
「どうだかな」
巧がコントローラを握り、視線でインフェルノにも促す。あわてて彼女が手に取ると、彼女のプレイヤーキャラがサイコロを振りゲームは再び動き出した。
「で、こんなところにいるのはなんでだよ」
「私は……将として男として敬愛していた者の死に目に、側にいることができなかったのです」
「ああ」
「マスターは、共に戦う兵としてよき人だと存じております。せめて見届けてから立ち去ろうかと、一度は思ったのですが」
「……」
「いざとなると、その瞬間を視界に焼きつけてしまうのが怖くて、恐ろしくて……ここにいて没入している内に知らず知らず全てが終わっていればあきらめがつくと思ってしまえば離れられず……愚かな女です」
インフェルノのキャラが追い上げを見せるも、これまでに生じた差を埋めるにはあと一歩至らずない。
「どうやら貴方の勝利のようですね……おめでとうございます、マスター。さ、はやく帰りましょう」
「まだ終わってねえよ」
「なにを……」
「お前が誘ったんだろ、投げんなよ」
しずしずと立ち上がったインフェルノを見上げて弱弱しく微笑む巧、その手元から流れ落ちた灰色を見て、彼女は文字通り目の色を変えた。
「マスター!」
「いいから」
「しかし!」
「お前はいいのかよ」
唇を噛み、目を伏せ、わなわなと震え……インフェルノは座敷にストンと腰かけた。
「1か。お前の番だ」
「……ええ」
4……5......3......3......6......6、追い上げる足並みを落とさず妨害イベントが起きるマスも踏まず、インフェルノのキャラがあと2マスで二の足を踏む巧を追い抜き、ゴールの一歩手前に辿り着く。
「なあ」
「……はい」
「後ろで見てたことはあるけどさ、こうしてお前とゲームしたの、これが初めてだっけ」
「……はい」
「惜しいことしたな」
……5、巧のキャラがゴールテープを切り、ファンファーレが鳴る。力なく肩に寄り掛かる巧の感触がやがてなくなるまで、インフェルノは瞳を伏せたまま、ただただ座していた。
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