「スタンド・アップ」

 炎の中で目覚め、あてもなく歩いていた。ここはどこだったろうか。それも今はどうでもいいことだ。

「な、何故……どうしてあなたが!」

 重要なことは一つ。俺は目の前の男に銃口を向けられている。銃弾が当たれば当然死ぬだろう。

「ウ、ウオオオオッ死ね! 化け物め、死ねーッ!」

 銃声。俺はこんなところで死んでやるつもりなど全くない。だが、銃弾が放たれてからそれを避けることなど果たしてできるだろうか?

(((できる)))

 何かが俺にささやいた。工場から上がる火の手、窓の下に映る逃げまどう労働者たち。それを追う暴徒の群れ。回転する銃弾、反動によろめく男。景色はひどくスローに流れ、こうして状況を整理する余裕すらある。俺だけが平常だ。
 徐々に近づく鉛玉へむけて、蚊を落とすように手を振り払う。

「あ、え?」

「……」

 やってみたら、できた。どうしてか。そんなことは後で考えればいい。

「……すみません。ゆるしてください、私は脅されていただけなんです」

 許しを乞い這いつくばった男のすぐそばにゴルフクラブが転がっていた。

――社長、この後は彼らとのゴルフコンペが予定されております。ドライバー一式はこの中に。

「そうだったな」

「ハ、ハイ、私はあなたに翻意など」

――死んだな。

――ハイ、心臓に3発、脳に3発。

――貴様らの社長はこの工場を査察中、その経営方針に恨みを抱く労働者らに襲われ、最後は銃弾を浴びて死んだ。

――ハイ。

――だが、それにしては死体が小綺麗だな。

――ハイ?

――叩け。手ごろなものがあるじゃないか。

――エッ。

――どうした。何か言いたいことでもあるのか?

――! め、滅相もございません!

「俺はもう死んでいた」

「エッ」

 頭を上げた男、見飽きたその顔を血にまみれたゴルフクラブで叩き割った。脳漿と血が飛び出し、辺りの燃えるさまを映しこんだ。長居は無用だ。

「……」

 空気の流れがひどく不快だった。ジャケットを脱ぎ、適当な大きさに引き裂き、口元へと巻き付ける。不格好だが、とにかくそうしていたかった。


 爆発が背後を飲んだ。明日の予定が書き散らされたメモ帳、妹が折ったツル、コンパクトと化粧品、脱ぎ捨てたジャケットとネクタイ、へし折れたゴルフクラブ、秘書の死体。すべて消えていく。
 爆ぜた拍子にこちらへと飛んでくるものがある。それが何かはわからないが、どうすればいいのかに限れば銃弾と同じようなものだ。ただし、いくらか大きすぎる。大人しく身を屈ませる。
 前方の曲がり角にぶつかったそれ……プラチナム・ゴールドのタヌキは鈍い音を立てて転がった。手で払おうなど考えれば、腕を持っていかれたか。
 自分がなった”何か”は、できることとできないことがある。そしてそれの見極めを誤れば、俺は今度こそ命を落とすだろう。これは直感であり……直感というやつは俺という男の最後の寄る辺だった。


 追いすがる炎、続く爆発を置き去りにすることはできるだろうか。いや、できなければならない。死にたくなければそうする他にない。
 降りてきた防火シャッターを素手で叩き割ることはできるか? やってみればいい。力の限り叫べ、殴れ、突き破れ。


「な、何をしている、早く私を助けないか、君!」

 俺は棚に潰され身動きのとれないこの愚鈍な男を知っている。今日起こった出来事にもきっと携わる機会の訪れないような、風向きに合わせ頭を動かすしか能のない男だ。故に重用した。それしか能がないということは、それだけさせれば役に立つということだ。
 男は俺が誰だか気が付いていない。前開きで袖をまくり上げたシャツに焦げ目だらけのスラックス。なにより布切れを巻き付けた口元。俺という人間を特徴づけていた服飾はその名残を失っている。

「……」

「……きっ、君?」


 ……素手で人を殺すことはできるだろうか。膂力の問題ではない。有り体に言えば、心構えだ。顔つきが土気色になっていくさまを観察しながら首を絞めあげることはできるか。眼窩に指を突き入れ、悲鳴をよそに脳をえぐることはできるか。骨が砕ける感触を確かめながら床へとその頭を幾度となく打ち付けることができるか。そして、頭に浮かんだそれらを見知った相手、互いになんら敵意のない者へと行えるのか。
 不快感、嫌悪感、あるいは自制心、罪悪感。それを押し殺すことはできるか。
 試す価値はある。


 工場の管理棟だとようやく思い出した設備を飛び出してみると、最近出回った悪名高いガードロボ……誰もが労働者の側に置きたがり、己の傍らには決して近寄らせない重二脚の鉄塊が待ち構えていた。
 休憩を取らせる。そう宣いながらそれは銃弾をばら撒き労働者も暴徒も問わず射殺している。たちの悪い冗談のようで、実際本気なのだから笑う余地もない。
 これに立ち向かうことが果たして無謀か否か。結局のところ、試さないことにはわからない。手を握り開くと、幾らか見覚えのある塊が現れた。遠い記憶の中で妹が紙で折ったそれと違い、鋭利な刃渡りの重金属。

 叫び、投じる。既に至る所からスパークを上げていた鉄塊は大きくよろめき、姿勢を正して俺の方へと向いた。今度は機関銃だ。死力を尽くせ。

 叫び、銃弾の隙間を縫うように跳ぶ。叫び、重金属の星を投じる。叫び、跳ぶ。叫び、投じる。

 今度は跳ぶ必要はなかった。鉄塊は倒れ、爆散した。

 工場の出口は目前だ。俺はここを出なければならない。そして……

 ……そして、何をする? 十中八九正体が知れている“黒幕”を殺して、彼らが、俺が成し遂げんとしていた何もかもを破滅させるか?

 俺は何をする? 何がしたい?

 困ったことに、俺には何もなかった。名残も情も、ここに至るまでに捨ててしまったのは他でもない俺だった。


 天を仰ぐ。いつも通り薄暗い曇天。燻されて立つ煙。旋回するマグロ・ツェッペリン。その隙間を縫うカイト、それを駆る全身オフホワイトの男。目が合い、それは降り来った。

「ドーモ、ヘルカイトです」

 己は銃弾を避けることができる、防火シャッターを突き破れる、躊躇いなく知古を殺せる、手のひらから暗器を生やせる、壊れかけとはいえモーターヤブを撃破できる。そのいずれも自分自身で試して実感した。
 だが、目の前の男は勝てるかどうかを試すまでもない。立ち向かえば、死ぬ。これは直感だ。

「ドーモ……」

 “アイサツは神聖で、しなければならない”。掌にスリケンを生じさせた時のように、どうしてかわかる。

「……」

「……」

 名前。エテルギ・オリホシ。そうではない。“俺”の名前だ。出てこない。“俺”には何もない。

「貴様、名がないと……そうだな」

 ヘルカイトと名乗った男の瞳が歪んだ弧を描いた。獲物をいたぶる狩人の目だ。生殺与奪を握った者にのみゆるされる嗜虐の眼差しだ。

「ドラゴンキラー、そう名乗れ」

「……ドラゴンキラー」

「にっくきゲンドーソーは死んだ。まったくの手遅れ、無意味、後の祭り。それがお前だ。いい名だろう」

「……」

 不思議としっくりきた。ヘルカイトの嘲りが、ではない。ドラゴンキラー、ドラゴンを殺す者。“俺”の名前。

「ドーモ、ヘルカイト=サン。ドラゴンキラーです」

「ドーモ、ドラゴンキラー=サン。ヘルカイトです」

 改めて、俺たちはアイサツした。

「……お前は今日からソウカイ・シンジケートのニンジャだ」

「ニンジャ」

 おとぎ話に語られる、荒唐無稽なフェアリー。ニンジャ……俺が?

「お前の身の上は追々聞いてやるとして……まずはこの工場でお前がなにをしていたのか、聞かせてもらうとしよう」

 なにをしていたのか。語るにはあまりにも長く、どこから話せばよいものか。俺は思案しながら、ヘルカイトの後を追い燃え広がる工場を立ち去った。

ニンジャスレイヤーTRPG-リプレイ「ベイン・オブ・ドラゴン」“スタンド・アップ”終わり。“プラクティス”へ続く。

ドラゴンを殺せ。

◆ドラゴンキラー (種別:ニンジャ/アンダーカード/実家のカネ)
カラテ       2    体力        2
ニューロン     3    精神力       3
ワザマエ      5    脚力        3
ジツ        0    万札       10
DKK       1    名声        0
◇装備や特記事項
なし

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