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トランスローカル論のはじまり

"トランスローカル論"という新しい概念をつくろうと思っている。

きっかけは研究者として、国内と南アフリカの2つの異なる国の、2つの異なる地域に関わりを持ちはじめたこと。共通の研究テーマとして見ているのは、人々が日々を過ごしている「地域コミュニティ」という単位の生活環境において、どんなことでもよいのでその環境をより良くしようする「企て」。このテーマをぴったりと言い表す言葉がまだないので、仮の言葉として『エンタープレナーシップ(entrepreneurship)』を使っている。起業と言ってしまうとビジネスとしてお金を稼ぐことが強調されてしまうような気がするが、ここでの意味は人々の「心持ち(マインドセット)」にある。どんな場所であろうが、人はある地域に暮らしていれば、その環境のなかで「こういうものがあったらいいのに」、「もっとこうだったらいいのに」、「あんな場所があればいいのに」という思いを持つ。そういう「だったらいいのにな」感はどんな場所にでもあるし、どんなコミュニティにもある。

都市のように人と資本が集まっている社会では、この「だったらいいな」感は、マーケットに取り込まれてサービスとして提供される。システムに規模があれば、このような思いは需要として捉えられ、そこに商品やサービスを供給する対価として料金を支払うことができる仕組みが生まれるというわけだ。これが市場主義の動き方で、私たちはすっかりこれに慣れたポスト資本主義の社会に暮らしている。そして他の方法があるなんて思いもしない。

一方で、地方のように人口が減少して高齢化が進んでいる社会では、このような市場を介した需要と供給の関係性が成り立たなくなってきている。そもそも地方のなかでも「困ったときにはお互い様」の空気感が強い農山村地域では、料金を介さない相互扶助の関係性がある。そんな中での「だったらいいな」感は、何もしなければ何も起きないのだけれど、実際に手を動かしはじめればあっという間にエンタープレナーシップと呼んでも違和感のないプロジェクトになっていく。

こんなローカルスケールで起きている人々の「だったらいいな」感を実現していく企てが個々の地域の内側に閉じてしまっていてはもったいない。ならば研究者としてできることは、ある地域の文脈(ローカリティ)に根ざした企てを複数の地域でつなぎ、コンテンツに境界を越えさせていく(トランス)ことではないかと考えている。これがトランスローカル論の出発点。

つながるコンテンツはもちろんそれぞれの地域のローカリティに色濃く影響されるので、成功事例のような形で持って言っても何の意味も成さない。けれど、個々の企てについてはじめた人の思いやサポートの得方、運営に関する指針(principle)などは、概念化されることで地域の文脈や社会経済状況の違いなどを越えて共有できるし、新しい視点の獲得につながる。こうしてお互いを参照点として扱うような関係性をトランスローカル論の方法論はつくっていくことができる。

お互いから学び合う、というような当たり前のことを主張しているわけだが、置かれている状況が違うと一度思ってしまうと、お互いから学び合うことを止めてしまうことがある。ならば、起きていることに対する理解の抽象度を上げて、文脈を飛び越して学び合えるようにするステップをデザインする概念があるといい。これがトランスローカル論のはじまり。

つづく。




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サステイナビリティ学博士。縮小高齢化社会における持続可能性な地域づくりを研究テーマに、日本・南アフリカ・スウェーデンにて、ローカル・アントレプレナーを追いかけるフィールドワークを行いながら、お互いの地域の多様性から学び合う”トランスローカル論"の構築に取り組んでいる。
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