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単純繰り返し作業におけるマインドワンダリングの生起

記事内容の扱いについては、自己責任でお願いします。

1.はじめに

 自動車の生産の際,作業者による部品の取り付け忘 れや不良の見逃しなどのミス防止は,重要な課題である[1].しかしながら,このようなミスは,突発的に発生し,発生後ミスが発覚した後に,その原因について検討されるため,ミス発生時の作業者の思考状態や注意状態まで特定することが困難である.
 現在遂行中の思考状態や思考内容に関する研究として,マインドワンダリングに関する研究がある[2].
 何かに注意を集中しようとしていても,ふとした瞬間にそこから注意が逸れ,別のことを考えてしまうことがある.このように現在遂行中の課題から注意が逸し,課題とは無関連なことを考えている状態をマインドワンダリングという[3].
 そこで本研究は,生産現場での単純繰り返し作業中のマインドワンダリングの生起の実態を把握することで,作業者が起こすミスを防止するための方策に関する知見を導き出すことを目的とする.

2.マインドワンダリング

 マインドワンダリングは,日常生活の様々な場面で生起し,覚醒中の30~50%の時間で生じていることを報告している[4].
 マインドワンダリングの生起は,例えば,持続的注意課題の成績低下[5]や単語記銘の失敗[6]といった, 負の影響を及ぼしていることが報告されている.こうしたマインドワンダリングによる負の影響は,内的思考へと注意が向くことで,課題目標およびその遂行から注意が切り離されてしまうことにより生じていると考えられている[7].
 また,マインドワンダリングは,与えられた課題を練習することにより,その生起が増加することが知られている.これは,課題への馴れによって少ない処理資源での遂行が可能となり,課題への注意配分が減少した結果,課題から注意が逸れやすくなったためであると考えられている[8].
 マインドワンダリングの先行研究では,電話帳を書き写す,簡単なデータ入力作業といった課題が用いられているが,本実験では,より現実における生産現場に近い状態を設置し,そこでのマインドワンダリングと作業者が起こすミスとの関わりについて検討する.

3.実験方法

3.1 実験の種類

 本実験は,生産現場での単純繰り返し作業中のマインドワンダリングの生起と作業者が起こすミスとの関わりを明らかにすることを目的としているため,2種類の実験を行なった.実験1は,生産現場での組付け作業を模擬した実験として,実験2は,生産現場での検査作業を模擬した実験とした.
 作業としては,特別難しい技能を必要としない簡単な繰り返し作業となるように,難易度の低い折り紙を折る作業とその折られた完成品の折り紙の品質を検査する作業とした.

3.2 思考内容の記録

 実験参加者は,実験者から合図を受けるたびに,合図の直前に考えていた思考の内容を配布された記録用紙に記述する課題に取り組んだ.思考の内容を記録するための合図は,実験中に3回,6分間隔で実験者から呈示された.そのときに考えていたことをありのままに記述するよう教示された.
 記述を終えた後に,参加者は,その思考の内容がどの程度,実験に関連するものだったのかについて4件法 で回答した(1:完全に関連する-4:全く関連しない).
 実験中に記録された思考内容の実験との関連度を平均し,マインドワンダリングの指標(マインドワンダ リング得点)とした.
 なお,参加者は,記録された思考と実験の関連度を評価する方法に関して,明確な教示(例:合図の直前 の実験内容との関連度に基づいて評価する,など)を受けず,各参加者の主観に基づいて,思考の内容と実験の関連度を評価した.このように,リッカート尺度を用いることで,マインドワンダリングの主観報告におけるわずかな個人差をとらえやすくなるといわれている[9].この指摘に基づいて,本実験では,リッカート尺度を用いてマインドワンダリングを測定することとした.

4.実験1(組付け作業を模擬した実験)

4.1 内容

 実験1は生産現場での連続した組付け作業を模擬した実験であるため,指定した時間の間,折り紙を折り続ける作業を課題として用いた.

4.2 実験参加者

 埼玉県内の大学に通う大学生31名が実験に参加した (男性12名,女性19名,平均年齢20.13歳).

4.3 課題

 折り紙の課題としては,難易度が低いことを条件として,5回の折る作業と目と鼻への着色作業の2つの要素作業が組み合わされるイヌとした(図・1参照).

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図・1 折り紙のイヌ

4.4 エラー

 エラーについては,折り紙1枚に1つのエラーとした. エラーの種類としては,折り紙の1辺を斜めにカットしたもの,1辺の中に半円状の欠けのあるもの,4つ角の1 つをカットしたものの3種類とした(図・2参照).

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図・2 実験1のエラーの種類

 実験に使用する折り紙のどこに,どの種類のエラーを挿入するかについては,乱数発生器を用いて,ラン ダムに挿入した.そのため,エラー3種類全てが挿入されているわけではなく,全て同じエラーになっていたり,前半や後半にエラーが集中したりするような状況になっており,実際の生産現場で発生するエラーと同じように規則性のない状態とした.

4.5 手続き

 実験は,実験室において個別に実施した.まず参加者は,思考内容の記録課題に関する説明を受けた.
 次に,参加者は,練習用の折り紙を1枚渡され,折り紙品質確認シートの使い方について説明を受けた.その時に,折り紙の不良品についての説明も受けた.
 次に,折り紙のイヌの折り方について,折り紙の手順書を用いて説明を受けた.
 その後,完成したイヌについての品質判定の方法について,現物見本シートを用いて説明を受けた.折り紙を手にとってから完成品箱に入れるまでの目安時間を30秒とし,実験者側で,30秒間隔でチャイムが鳴るようにした.そのチャイムが鳴るまでは完成品箱,又 は不良品箱に入れないルールとした.
 次に,思考の内容の記録についての説明を受け,30 秒の合図とは別のチャイムを鳴らすことの説明を受けた.
 その後,実験者による合図により実験が開始された. 思考の内容を記録するための合図は,実験中に3回,6 分間隔で実験者から呈示された.

4.6 結果

 4.6.1 分析対象とする実験参加者 マインドワンダリングの生起は,実験に参加した31名(男性12名,女性19名,平均年齢20.13歳,SD=1.16) を分析の対象とし,作業者が起こすミスとマインドワンダリングの関係については,ミスを発生させた8名 (男性3名,女性5名;平均年齢20.00歳,SD=1.41)を分析の対象とした.

4.6.2 結果と分析

 31名から得られた93の思考内容の記述は,内容の類似度に基づいて,全ての記述をカテゴリに分類した.
 その結果,記述は,作業(課題)に関する内容,自己の感覚・欲求に関する内容,未来に関する内容,過去に関する内容,何も考えていないという5つのカテゴリに分類された.
 その思考内容の記述のうち,作業に関する内容(例: 早くなってきたが雑になってきた,など)は,全体の64.5%,自己の感覚・欲求に関する内容(例:昼ごはん何食べるか,など)は,全体の20.4%,未来に関する内容(例:この後の予定のこと,など)は,8.6%, 過去に関する内容(例:実験前に見ていた映画の続きがきになる,など)は,2.2%,何も考えていないは, 4.3%であった.その結果を表・1に示す.

表・1 思考内容の記述分類結果

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 作業に関する内容のポイントは,1回目,71.0%に対して,3回目,54.8%であり,時間が進むにつれて減少し,自己の感覚・要求の内的思考に関するポイントの割合は,増加している傾向がみられた.
 思考が記録されたタイミングでのマインドワンダリングの程度としては,リッカート尺度を用いて実験中に記録された思考内容の実験との関連度を平均し,マ インドワンダリングの指標(マインドワンダリング得 点)とした.
 その結果,マインドワンダリング得点も,時間の経過とともに,増加する傾向が見られた.その結果を 図・3に示す.

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図・3 実験1 思考内容の分析結果

 次に,思考内容が記録されたタイミング(1回目から3回目まで)を独立変数として,思考内容の実験との関連度の評定値を従属変数とする1要因3水準の参加者内分散分析を行なったが,統計的に有意な差は,確認されなかった(F(2,90)=1.59,p=.09).
 また,作業者が起こすミスとマインドワンダリングの関係を検討するために,本来では,折り紙を折る前の折り紙の品質確認時に品質不良(エラー)を検出しなければならないが,折り紙を折る作業の途中に,折り紙の品質不良を発見するミスを発生させた参加者8名に対して,N数は少ないが思考内容の記録を整理した結果,8名中3名は,3回の全てのタイミングで作業に関する内容の記録をしており,8名中1名のみ3回の全てのタイミングで自己の感覚・欲求に関する内的思考の記録をしていることも明らかになった.
 作業に関連する思考の記録内容については,過去の作業に関する内容(折り紙品質確認シートはきちんと使えただろうか,など)や現在の作業に関する内容(右耳を深く折ってしまう,など)や未来に関する内容(効率よく折るにはどうするか,など)と様々であることも明らかになった.

5.実験2(検査作業を模擬した実験)

5.1 内容

 実験2は生産現場での連続した検査作業を模擬した実験であるため,指定した時間の間,実験1で折られた折り紙の完成品を検査し続ける作業を課題として用いた.

5.2 実験参加者

 実験1に参加していない埼玉県内の大学に通う大学生36名が実験に参加した(男性16名,女性20名,平均年齢19.83歳).

5.3 課題

 課題1で折られた完成品である折り紙のイヌの品質を検査する作業を課題とした.

5.4 エラー

 エラーについては,耳,鼻の折り忘れの2種類,目と鼻がきちんと描かれているか(目の描き忘れ,目が片側しか描かれていない,目の塗り忘れ,鼻の描き忘れ, 鼻の塗り忘れ)の5種類,計7種類とした(図・4参照).

 これらのエラーを折り紙の完成品箱の中に各3個ず つ合計21個を混ぜ,不良率を10%に調整した.

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図・4 実験2のエラーの種類

5.5 手続き

 実験は,実験室において個別に実施した.まず参加者は,思考内容の記録課題に関する説明を受けた.
 次に,参加者は,現物見本シートを使用し,正常品の状態,エラー状態の説明を受けた.折り紙を手にとってから完成品箱に入れるまでの目安時間を5秒とし, 実験者側で,5秒間隔でチャイムが鳴るようにした.そのチャイムが鳴るまでは完成品箱,又は不良品箱に入れないルールとした.
 次に,思考内容の記録についての説明を受け,5秒の合図とは別のチャイムを鳴らすことの説明を受けた.
 その後,実験者による合図により実験が開始された. 思考内容を記録するための合図は,実験中に3回,6分間隔で実験者から呈示された.

5.6 結果

 5.6.1 分析対象とする実験参加者マインドワンダリングの生起は,実験に参加した36名(男性16名,女性20名;平均年齢19.89歳,SD=1.65) を分析の対象とし,作業者が起こすミスとマインドワンダリングの関係については,ミスを発生させた3名 (男性3名;平均年齢18歳,SD=0)を分析の対象とした.

5.6.2 結果と分析

 36名から得られた108の思考内容の記述は,実験1と同じ手続きで,同じカテゴリに分類した.
 その結果,思考内容の記述のうち,作業に関する内容(例:不良品が少ない,など)は,全体の42.6%, 自己の感覚・欲求に関する内容(例:目が疲れてきた, など)は,全体の46.3%,未来に関する内容(例:明日の夜ごはんのこと,など)は,6.5%,過去に関する内容(例:昨日何時に寝たか,など)は,3.7%,何も考えていないは,0.9%であった.その結果を表・2に示す.

表・2 思考内容の記述 分類結果

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 作業に関する内容のポイントは,1回目,66.7%に対して,3回目,16.7%であり,時間が進むにつれて大幅に減少し,自己の感覚・要求内的思考に関するポイントの割合は,1回目,30.6%に対して,3回目,66.7%であり大幅に増加している傾向がみられた.
 思考が記録されたタイミングでのマインドワンダリングの程度としても,時間の経過とともに,増加する傾向がみられた.実験の最後に思考が記録されたタイミングのマインドワンダリング得点は,2.61であり, 思考の記述内容の7割以上が自己の感覚・欲求に関する記録をしていることが明らかになった.その結果を図・5に示す.

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図・5 実験2 思考内容の分析結果

 次に,思考が記録されたタイミング(1回目から3回目まで)を独立変数として,思考内容の実験との関連度の評定値を従属変数とする1要因3水準の参加者内分散分析を行なったところ,記録されたタイミングの効果がみられたため,多重比較を行なった(F(2,105)=5.56,p=.0051,p<.01).
 具体的にはBonferroni法により調整化された有意水準(α)を求め,各比較ペアの有意性検定(t検定)の確率値に対してα(0.017)で判定を行なった.
 分析の結果,1回目に比べ3回目で記録された思考は, 作業に関係しないと評価(p=.002)されていた.その結果を表・3に示す. これは,マインドワンダリング得点の増加を裏付けるものとなった.

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 また,作業に関する内容の記録に特に多かったのが, 間違えていないだろうか,基準があっていたかといった自分の作業に対する不安や心配といったネガティブな側面の記録が多いことも明らかになった.
 次に,作業者が起こすミスとマインドワンダリングの影響を検討するために,ミスを発生させた参加者3名について検討を行った.
 ミスの内容としては,2名は,鼻の描き忘れを未検出 (見逃し),もう1名は,鼻の塗り忘れを未検出であった.
 この3名のマインドワンダリングの生起状態を確認するために,記録された思考の記述内容の検討を行った.
 その結果,2名は,3回の全てのタイングにおいて作業に関する内容の記録をしており,残り1名は,3回全てにおいて自己の感覚・欲求に関する内的思考に関する内容の記録をしていることが明らかとなった.
 また,ミスを発生させていない残りの26名の参加者のマインドワンダリングの生起状態としては,1名を除き他全ての参加者で自己の感覚・欲求に関する内容の 記録をしていることが明らかとなった.

6.考察

 思考の記述内容の変化とマインドワンダリング得点の推移から,多くの実験参加者が,実験時間である18 分間の間に,マインドワンダリングを生起していることが明らかになり,時間経過が長いほどマインドワンダリングの生起頻度が高くなる結果が得られた.これは,先行研究[10]の結果と一致している.
 また,作業に関連する思考の記録内容については, 過去の作業に関する内容(折り紙品質確認シートはきちんと使えただろうか,など)や現在の作業に関する内容(右耳を深く折ってしまう,など)や未来に関する内容(効率よく折るにはどうするか,など)と様々であることも明らかになった.
 このことは,先行研究[8]の課題関連思考は,マインドワンダリング,課題集中のどちらにも含まれるとも考えられるとする結果を支持している.
 また,組付け作業より検査作業の方が,マインドワンダリングの生起頻度が高くなる結果も得られた.
 ミス発生者の思考内容からは,マインドワンダリングを生起していなくても,ミスを発生させることが知見として得られた.このことは,作業者のミスとマインドワンダリングに関係がないことを示唆しているが, 今回の研究では明らかにすることができなかった.

7.結論と今後の課題

 本実験の目的は,生産現場での単純作業中のマインドワンダリングの生起の実態を把握することで,作業者が起こすミスを防止するための方策に関する知見を導き出すことであった.
 その結果,多くの実験参加者が実験時間である18分間の間に1回以上のマインドワンダリングを経験することや組付け作業より検査作業の方がマインドワンダリングの生起頻度が高いことや課題関連思考であってもミスを発生させてしまうといった,今後詳細な検討を進める上で不可欠な知見が得られたといえる.
 今後は,実際の生産現場で,ミス発生時やエラー検出時に合図をおくり,その時の思考状態を記録し,よりミスとマインドワンダリングの関係を明らかにできる調査が今後必要である.

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実験1と実験2比較グラフ

参考文献

[1]市来嵜 治(2006):手順習得済の作業者が起こす ミスに関する基礎研究 人間工学,42,172-180.
[2]Smallwood, J., & Schooler, J. W. (2006):The restless mind. Psychological Bulletin, 132, 946-958.
[3]Antrobus, J.S.; Singer, J.L.; Goldstein, S.; Fortgang,M.(February 1970):"Mind-wandering and cognitive structure". Transactions of the New York Academy of Science. 32 (2): 242–252
[4]Killingsworth, M. A., & Gilbert, D. T.(2010): A wandering mind is an unhappy mind. Science, 330,932.
[5]Thomson, D. R., Seli, P., Besner, D., & Smilek, D.(2014):On the link between mind wandering and task performance over time. Consciousness and Cognition, 27, 14-26.
[6]Smallwood, J., Baracaia, S. F., Lowe, M., & Obonsawin,M.C.(2003):Task-unrelated-thought whilist encoding information. Consciousness and Cognition, 12, 452-484.
[7]Smallwood, J.(2013):Distinguishing how from why the mind wanders: A process-occurrence framework for self-generated mental activity. Psychological Bulletin, 139, 519-535.
[8]東海 文香・吉崎 一人(2014):持続的注意課題 遂行中におけるマインドワンダリング 愛知淑 徳大学論集,4,4148.
[9]Franklin,M. S., Smallwood, J., & Schooler, J.(2011). Catching the mind in flight: Using behavioral indices to detect mindless reading in real time. Psychonomic Bulletin & Review,18,992-997.
[10]McVay, J, C., & Kane, M. J. (2009):Conducting the train of thought: Working memory capacity, goal neglect, and mind wandering in an executive control task.Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory & Cognition,35, 196-204.

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