GO!GO!式部【第3話 握手会と転入生】
クリスマスパーティからちょうど1か月が経った。今日はいよいよ、握手会の日だ。
推しに直接会えるというのは、オタクにとって夢のまた夢。宝くじを当てるよりもうれしい。しかも握手会だなんて。私は今日死んでしまうかもしれない。
いや、生きる。Ken−Gと握手をしたオタクの中で、1番長生きした人間としてギネスブックに載るのだ。時の帝に一生愛されるより、私はKen−Gに一瞬握手できるほうが幸せだと思う。
握手会は午後からなので、午前中は私の家に、いつもの4人で集まった。推しに会うなら、人生で1番かわいい姿で握手会に行きたい。しかし、私はおしゃれに関しての知識が全く無かった。
正確に言うと、令和のファッションが分からない。平安時代は着物の色の重ね方でおしゃれを楽しんだし、眉毛は剃り上げて丸く描いた。歯はもちろんお歯黒だ。
そんな姿で握手に行けば、Ken−Gの印象には残るかも知れないが恥ずかしい。
だから、3人に教えてもらうことにした。遥には、 KPOPのオタクの参戦服について教えてもらった。 KPOPファンのファッションは様々だが、ライブのグッズのパーカーを着て行けば大丈夫と教えてもらったのでそれを着た。
髪型はバンギャの愛香に任せた。ハーフツインテールにしてくるくるとコテで綺麗に巻いてくれた。
私が持っているメイク道具は全部100均のものだったが、メイクは絵が上手い舞に任せた。舞はメイクも上手だった。鏡に映る自分を見ると、少し大人っぽくなった気がして嬉しかった。
「わたしの分もいっぱい握手してきてね!で、帰ってきたら、1番先に私がゆかりと握手する!」
遥が言った。
「私もチェキ会行ったことあるけど、過呼吸ならないように深呼吸してね!」
愛香がアドバイスしてくれた。
「メイク崩れないように、最後にキープミストふってあげる!」
舞がメイクの仕上げをしてくれた。完璧だ。
「よし、行って参る!!」
『行って参れーーー!!!』3人が送り出してくれた。
会場まで、1時間ドキドキしながら電車で移動した。握手会の会場は、大きなホールだった。入り口で整理番号順に並ばされて、更にメンバーごとに振り分けられた。
本人確認が厳重に行われて、不正売買の人が何人かはじかれて、列から連れて行かれた。
「ややっ、怖い。怖い。」
ずるいことをする人もいるのだなと、思っているうちに、列はどんどん進んでいった。前の人がブースに入り、いよいよ私の番だ。もう一度本人確認がされて、手に何も持たないように警備員に指示された。
「次の方、どうぞ。」
そう言われて、私は意を決してブースに入った。L字型にブースは組まれており、順路に沿って歩くと、突きあたりにテーブルがあった。そこに推しがいた。
Ken−Gだ!本物のKen−Gだ。
Ken−Gは、私と同い年なはずなのに、すごく大人びていて五つも六つも年上のような雰囲気だった。公式プロフィールでは170センチだったが、もう少し高く感じる。
薄くメイクをして、一重の切長の目はまぶたにブラウンとゴールドのアイシャドウがぬられていた。
「来てくれてありがとう!」
そう言って、Ken−Gはしっかりと握手してくれた。
私が何か言う前に、Ken−Gのほうから話しかけてくれてびっくりした。そうだ、伝えたいことがあったのに!言わなきゃ!
「 〜君を見て 心ひかれし 初めての 恋と知りぬ わが身の上〜 」
「はい、終了です。退出して下さい」
警備員に引きずられるように握手をはがされて、気付いたら会場の外にいた。
「あ、あ、あなやーーーーーーー!!!」
よりによって、よりによって今日!
推しの前で私は和歌を詠んでしまった!!
あまりに感情が高ぶって和歌しか出てこなかった。
帰宅すると、オタク4人のグループチャットで質問ぜめにされたが、話す気になれなかった。
「明日、学校で話す」
と、だけメッセージを送って眠った。今日ほど、自分が紫式部の生まれ変わりであることを後悔した日は無い。少し泣いた。
翌日、学校に行った私は、3人に握手会の出来事を話した。
「ま、まじで?!推しの前で自作の恋の和歌詠んだの?!」
遥も愛香も舞も、笑うのを我慢するやつはいなかった。大爆笑だった。
「さすがだ!ゆかり!いくら日本人メンバーだっていっても、 KPOPアイドルに和歌を詠んだファンはあんたぐらいよ!」
「おめでとう!世界初の和歌を送るファン!」
「ひー、お腹いたい!笑いすぎてお腹いたい!ゆかり、あんた天才だわ!」
「ひどいよー!!私はめちゃくちゃ落ち込んでるのに!!!ゆるすまじ!!!皆、鬼か!うぅ。泣けてきた。」
「握手はしっかりできたんでしょ?それでいいじゃん!よくやった!」
遥がそう言って、私とがっちり握手した。
「うわーーーん!」
その後、笑い泣きながら4人で円陣みたいなハグをした。
それから二週間が経った。遥から、深夜一時にケータイにメッセージが入っていた。普段、こんな時間にメッセージなんて送って来ないのに何だろう?
何かあったかのか?心配になり、すぐにメッセージを読んだ。
「ゆかりSNS見て!Ken−Gが!脱退した!」
頭が真っ白になった。
「Ken−Gが?脱退?」
いや、そんなはずない。だって、二週間前に私が握手したKen−Gは、ミュージックビデオと同じ衣装を着て、笑顔で握手してくれた。
脱退なんて、嘘だ。そんなはずない。急いで公式ホームページを見た。
サイトのトップに【love!yの皆様へ大切なお知らせ】と書いてあったバナーを、震える指でタップした。
Ken−Gは脱退した。一身上の都合のため、とだけ書かれており、それ以外に理由は分からなかった。
韓国でも、日本でも人気が高まってきた中で、このタイミングでの脱退に、様々な憶測が流れた。しかし、一か月経っても真相はわからないままだった。
私も遥も、SNSを色々検索したり、過去の活動の動画や投稿を遡って、何か理由を探してみたが、結局何も分からなかった。
私は、推しの脱退を受け入れることが出来ないまま、中学3年生になった。
4人はクラスはみんなバラバラになってしまったが、昼休みはいつも集まっておしゃべりをした。
変わらず仲は良かったが、「今年は高校受験もあるし、推し活は減るかもなー」なんて言葉が4人の会話にも出てくるようになった。
4人の青春が終わるような気がして寂しかったが、それを言葉にしたら、本当に終わる気がしたから言わなかった。
5月になった。
一週間後は、球技大会だ。5時間目のロングホームルームで、チーム分けをする予定になっていた。
担任の川崎先生が、授業のはじめにこう言った。
「ホームルームの前に、転入生がいるから紹介するよ。5月からの転入で、しかも海外からだからみんな、サポートしてくれ。一条くん。さ、教室に入って。」
見覚えのある男の子が入ってきて挨拶した。
「彼は?!!!誰そ!!!!????」
思わず古語が出た。
「一条ケンジです。よろしくお願いします。」
ペコッと挨拶して、顔を上げた。
Ken−Gだった。わたしのクラスにKen−Gがやってきた。
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