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『クイーンズ・ギャンビット』が面白すぎたンゴ



一気見してしまいました~~~~。2020年に公開された作品とのことで、なぜ今まで知らんかった感がある…。ナゼ…。世の中にはほんと、面白い作品が溢れていますね。

チェスというモチーフは個人的に大好きです。キャロルの『鏡の国のアリス』に影響されてるかも。

Addictedっていうんかな。色んなものに依存しなければ生きていけない、あるいは、毒をもって自分の中の毒を抑えているような、自分の中の刃を研ぎ澄ませて自分を守っているような女の子の話でした。天才と狂人は紙一重って作中でも出てきた気がしますが、彼女の才能はまさにギフテッドというか。思考回路も常人では計り知れない領域に達している子だなぁと。

お母さんも狂ってたとのことですが、冒頭らへんでちらっとしか見てないけど、お母さんは研究者だったのかな。数学のPhDの論文の表紙が見えましたよね?? 論文のタイトルが単項式(Monomial)なんちゃらだった気がしますが、ベスがチェスの大会に出るための理由にされた単核症(Mononucleosis)(俗名キス病)ってなんか掛けられてたんかな。考えすぎか。

冒頭から心に刺さったところを語りだしたらキリがないんじゃけど、なんで海外のドラマってこんなにおもろいんですかね?? 日本のドラマでも光るものは時折あるので一概にくさすわけじゃないけど、見るに堪えんものが多すぎなんよな。。演技力?? 脚本?? カメラの回し方?? 何が足りんのかと考えて、資金力??ってなったけど。ネトフリ製のドラマは、頭一つ抜けてますよねほんま。やっぱパフォーマンスに敬意を表して対価を支払う精神というか、合理的というか。人の善意に頼らない、契約の明文化、ギブアンドテイク。無償労働の搾取に慣れた日本で同じことがはたしてできるんかなぁと思うてますが、是正できるものはしていかないとますます若者はテレビ離れになりますよ。

なんだろう。プロと素人の境界が曖昧な気がします。日本は。韓国の芸能界って「完璧」じゃないと、観客からのバッシングが半端ないそうですね。日本の芸能界は、未熟を良しとするというか。アイドルなんかも、ファンには推しを「育てる」みたいな概念が湧くそうですが。まあそれが日本の寛容さであり、甘さであるとも思います。

耳を塞ぎたくなる演技、思わず共感性羞恥で一時停止してしまう演技、半目でしかみれない演技。色々ありますけど。それで食ってくと決めてるならもっとしっかりしてくれないかって思います。素人が何様なんじゃ??って感じですが、腹を括った人と括れてない人、括っているつもりでも未熟な人の演技や声は、素人目、素人耳でもなんとなくわかります。

平均的な日本のドラマのセリフって、なんとなくリアリティがない気がしてなりません。いや、わからない。ワシが東京弁で育ってないからなだけかもしれんけど(たぶんそう笑)、セリフっぽいセリフが多いというか。まったく感情移入できんのよな。。こんなん現実世界で言う??ってセリフ多くないですか。セリフそのもの、というより、言い方ですね。語尾とか、抑揚とか、リエゾンとか。促音の付け方にしろ何にしろ。日本語のポテンシャルをもっと生かしてほしい。そんなアナウンサー役じゃないんだから、脚本をそのまま読んでる感、を感じると、一気に没入感がなくなるんですわ。正直、日本の子役でもここを限界突破できた子ってなかなか見ない気がします。

『クイーンズ・ギャンビット』は、ちょっと役者さんの名前もこれから憶えておきたいと思うのでここでメモします。

Beth Harmon
Anya Taylor-Joy

D. L. Townes
Jacob Fortune-Lloyd

Benny Watts
Thomas Sangster

Harry Beltik
Harry Melling


ベス、タウンズ、ベニー、ベルティックね。ってかベルティック役の方、どっかで見たことあるなって思ったら、ハリー・ポッターのダドリーやんけ!!っていう(笑)

結局タウンズとは一線を越えたんか??ってなったけど、なんでかな。セックスの描写も爽やかでええですよね。ベニーの「Do you still like my hair?」の言い方がほんま好きで、自分でも口の中で何回もセリフを繰り返してしまいましたわ(笑)

日本人はセックスをあまりにも日常と切り離して考えてる気がする。恥ずかしいもの、という括りにしているというか。不自然、のレッテルを貼っているというか。食欲、睡眠欲、性欲と並ぶ三大欲求ですが、日本人は食に対してはほんと貪欲よね(笑)いやわかるよほんま。日本は世界に誇るグルメ国家やと思うてるし、これからもそうであってほしいと思う。

ドラッグ、タバコ、酒。これらに入り浸って退廃的な生活をしているときのベスを見ていると、「そんなに自分を傷つけないでくれ…」となりました。ベスって、冷たいように見せかけて優しいですよね。ステップマザーのアルマに対してもagent commisionとして15%に上乗せしたときとか。彼女を労わる気持ちとか。

用務員のシャイベルさんのことも、ずっとインタビューで語ってたのに。$10返したんか??って思ってたけど、まだやったんやね。シャイベルさんが亡くなって孤児院を訪ねたとき、「絶対、ベスの活躍を綴った記事の切り抜きがある…絶対ある…それが物語の定跡というものさ…やっぱほらあったーーーーーー(号泣)」って感じで、ギャン泣きしました。ティッシュ箱を引き寄せました。わかってても泣いちゃうよね。

孤児院で『ジュリアス・シーザー』の上映会があってたのは、ほんとそれっぽかったです。シェイクスピア劇って卑猥な言葉も多いから、子どもに見せれる劇ってほんま限られてくるっていう。あの栄養剤と精神安定剤を配ってた人がいちいちシェイクスピア劇のセリフを引用しているのがおもろかったですね。ロミジュリの「Good night, good night! parting is such sweet sorrow, That I shall say good night till it be morrow.」とか。

特に60年代なんてネットもないし、娯楽も少なかったでしょうから。しかも敬虔なミッションスクールだと、なおのこと情報も統制されていたんでしょうね。そんな環境下で、チェスは、ベスにとってある種の「救い」だったんだと思います。

ベニーのあの、プライド高くて生意気な感じに在りし日のディカプリオみを感じてめっちゃドキドキしましたわ。しかもチェスも強いという。「Do you ever go over games in your head? When you're alone. Play all the way through them?」とベスが言ったのに対して、「Doesn't everybody?」って返してたのがカッコよすぎましたね。孤高や奇特をわかり合える人ってなかなか出会えないけど、よかったですね。

タウンズは、最初の公式戦の対局中でベスと目が合ったときに見せた笑顔に惚れました。ワシが(笑)
記者としてモスクワに現れたときは「王子様か~~~~い」ってなった。ほんま。白タイツ履いてバレエの舞台で踊ってそう。

ベルティックもほんま優しかったですよね。アルマを亡くしたベスに寄り添ってくれて。ようこれほどまでに違うタイプの男を次々と登場させてくれますわ(笑)視聴者は困っちゃいますよ選べなくて~~~(おい)


孤児院時代の友だちのジョリーンもほんまええキャラでしたね。やっぱ本盗ってもうたのあなたやったんやね(笑)モリソンの『青い眼が欲しい』を少し思い出しました。

1950~60年代って、公民権運動も真っ只中で。64年に公民権法制定。68年にキング牧師が暗殺…。最近みた映画に『Mississippi Burning』ってあるんですが、KKKのおぞましさを改めて上塗りしてくれた作品でした。


時折思います。生まれ落ちた時代や場所によっては、自分が社会の中で「見えない存在」だったら、あるいは迫害される存在だったとしたら、どう生きただろう、と。「人間じゃないもの」として扱われる存在だったら、毎日どう生きていただろう。例えば、南北戦争以前の黒人奴隷、インドの下位カースト民、新疆ウイグル自治区のウイグル人、ヒトラー政権下のユダヤ人、ポル・ポト政権の虐殺、ルワンダの虐殺などです。

いわゆる特権階級の人びとが羨ましくて、妬ましくて、忌み嫌ってくる人を憎んで、この世界に怒りを抱いて、自分の生まれを呪っただろうと思います。今みたいにネットが発達してたらなおさらそう思うかもしれない。

そういえば、『アメリカン・フィクション』を数か月前に見たの思い出しました。


でも、こういうところに、物語、が生まれるんだなと。それがエンタメ化されて、読者や観客に消費される。まるで自分の目で見て、経験したもののように追体験される。心が躍って、締めつけられるほど苦しくなって、沈む。なんだろう。そうやってわかりやすいエンタメに置き換えられたものを素直に楽しめる感情は取っておきたいと思う反面、そこに込められたアイロニーには気づける大人になっていたいとは思ひます。

『クイーンズ・ギャンビット』は2020年に公開されたとのことですが、もしロシアのウクライナ侵攻後に公開日が設定されていたのだとしたら、公開できなかったか、脚本の大幅な変更もあり得たかもしれませんね。2年後の2022年だったらまた色々難しかったんじゃないかと思います。

憶えている範囲で気になったシーンの一言感想を綴っていきます。

  • ベスの刺繍入った服捨ててしまうのひどすぎんか。せっかくお母さんが刺繍してくれてたのに。

  • 母親の功罪について。学力的に頭が良いだけじゃなく、賢い女性やったんやろけど、激情型やったんかな。育てる人間の精神がステイブルじゃないと子どもへの影響が大きいよね。

  • オールストン~~~~おま~~~一度言ったことを取り消す男ほどケツの穴のちっせえ奴はいないぜ…。やはり家の譲渡など大事なことは書面に残しておくべきですね。

  • 生理のタンポンやナプキンの使い方、処理の仕方って、ほんま、母親から教われないと、苦しいよな。。

  • 雑誌くすねたの店主さん気づいてたんやね。大きくなって、おつりとっといてって言えてよかったね。

  • スクールカースト上位っぽかった女子、ベビーカーに酒瓶たくさん載せてて、子育てのストレスはんぱないんやなって思った。

  • ベニーが「セックスはなしで」って言ったの、身体目当てとかじゃなく、チェスプレイヤーとして対等に見ているのが伝わって、よいと思った。まあ最終的にヤッてたのもよかった(おい笑)

  • 自分より能力が高い女性、しかも年下を眼の前にしたときに、男の本性が出る気がするンゴ。

  • 冷戦期って、こんなにソ連とアメリカって行き来できたんやってことにびっくりした。まあビザ発給に時間はかかったやろけど。

  • 窓から見えるモスクワの街並みがあまりにもCGというか、風景画ちっくで一瞬目を疑った。もうちょっとなんとかなったのでは??

  • ベスの化粧とか、衣装、髪型で、彼女の成長とか今の心情を効果的に表せていて、素晴らしいと思った。

  • 駒の進め方、あんなに憶えられてる俳優陣すごすぎない。明らかに1カットで憶えるにはヤバいところとかもあってすごいなって思った。


見てよかったなぁと思えるドラマに出逢ってよかったです。


全然話は変わりますが、『12人の怒れる男』をこの『クイーンズ・ギャンビット』の前に見ました。


脚本の力ってすごいなぁと思いました。というか俳優さんのお芝居も。「あれ、これって、演技だよな??」「ノンフィクションのドキュメンタリー映画じゃないよな??」って何度かなりました。芝居がかっていない芝居というか。ちゃんとセリフを「自分の役」に落とし込んでいるというか。日頃から、その「役」としてこの現実世界を生きているんじゃないかって錯覚してしまうくらい。画面の中だけじゃなくて、その登場人物の日常風景なんて見たことないはずなのに、見えた気がするのが、本当に驚きました。

額に浮かぶ汗、脇汗、背中、胸の汗。モノクロ映画なのに、見ているこっちにまで演者の熱気が伝わってくるような傑作映画でした。


そろそろ始動しなきゃいけない焦燥感に駆られつつ(メールの返信、報告書の作成、修士論文などなど)、色んな作品をインプットすることができて、幸せです。



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