メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ』第371号「単方」(内景篇・精)4


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 ◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆


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  第371号

    ○ 「単方」(内景篇・精)

       ◆ 原文
      ◆ 断句
      ◆ 読み下し
      ◆ 現代語訳
      ◆ 解説

      ◆ 編集後記


           

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 こんにちは。「単方」の「肉〓(くさかんむり從)蓉」です。
 

 ◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
      ・ページ数は底本の影印本のページ数)


 (「肉〓(くさかんむり從)蓉」p85 下段・内景篇・精)


  肉〓(くさかんむり從)蓉
 
     益精髓治男子泄精又治精敗面黒肉〓蓉(〓くさかんむり從)
     四兩水煮令爛細研入精羊肉分爲四度和
   五味及米煮
   粥空心服本草


 ▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)


 肉〓(くさかんむり從)蓉

  益精髓、治男子泄精、又治精敗面黒。

  肉〓(くさかんむり從)蓉四兩、水煮令爛、

  細研、入精羊肉、分爲四度、和五味及米、

  煮粥空心服。本草。


 ●語法・語釈●(主要な、または難解な語句の用法・意味)

 

 ▲訓読▲(読み下し)


 肉〓(くさかんむり從)蓉(にくじゅうよう)

  精髓(せいずい)を益(ま)し、

  男子(だんし)の泄精(せつせい)を治(ち)し、

  又(また)精敗(せいはい)して面(めん)

  黒(くろ)きを治(ち)す。

  肉〓(くさかんむり從)蓉(にくじゅうよう)四兩(しりょう)、

  水煮(みずに)して爛(ただら)がさしめ、

  細(こまか)に研(す)り、精羊肉(せいようにく)を入(い)れ、

  分(わけ)て四度(しど)と爲(な)し、五味(ごみ)及(およ)び

  米(こめ)に和(わ)して、粥(かゆ)と煮(に)て

  空心(くうしん)に服(ふく)す。本草(ほんぞう)。


 ■現代語訳■
  

 肉〓(くさかんむり從)蓉

  精髓を益し、男性の泄精を治し、

  また精が損傷して顔面が黒くなった者を治する。

  肉〓(くさかんむり從)蓉(にくじゅうよう)四両、

  水から煮て煮崩してから、細かく研り、

  精羊肉(せいようにく)を入れる。

  これを四つに分けて、調味料にて味を調えて米を混ぜ、

  粥を作り空腹時に服用する。『本草』


 ★ 解説 ★


 精の単方のうち、肉〓(くさかんむり從)蓉です。

 単方と言いながら羊肉を混ぜることが説かれていますが、この場合は処方の構成薬として用いられているというよりは、薬膳の材料的な用いられ方をしていると読めそうです。単方の生薬の用いられ方の一端がここによく表れているように思います。


 「五味」というのは「五味子」という生薬もあり、また味全体を代表させる言葉としても用例もありますが、この場合は日本でいう「さ・し・す・せ
 ・そ(砂糖、塩、酢、醤油、味噌)」のように、代表的な調味料、また五味を代表するような香辛料で味を調える、というような用いられ方をしているようですね。

 この用例は東医宝鑑中に主に同じように単方の中で用いられることが多く、この場合と同じく、単方での薬物、または薬膳に味付けをする意味合いでの用い方をされている証拠になりそうです。


 先行訳はいくつか問題があるのですが、最大の問題は、原文でこの生薬の効用を説いた「治男子泄精」の部分を「男子の泄精を助ける」としている点です。

 これはあまり良い訳とは言えず、なぜ良い訳と言えないと考えるのか、おわかりになるでしょうか?

 なぜなら、「助ける」では意味が二つにとれてしまうからですね。

 訳者さんはおそらく「助ける」に「救う」という意味合いを込めて採用したものと思います。つまり「男子の泄精を救う」という意味ですね。

 ところが、「助ける」には「助長する」という言葉もありますね。
 「泄精を助ける」、つまり精が漏れることを助長する、という意味です。
 この場合には意味が真逆になってしまいます。


 試みに手元の漢和辞典で「助」の意味を調べてみました。原文では番号やカタカナに丸が付いていますが、メルマガでは文字化けしますので省略し、また適宜例文などを省いて記載します。

 
 1.たす-ける.タス-ク。
 ア 力添えする。協力する。手伝う。
 イ 救済する。すくう。

 2.添える。ます(益す)


 訳者さんは1のイの「救済する。すくう」の意味で書いているはずです。ところが、私が読んだように、2の「ます」という意味もあるのですね。
 試みに「助長」で調べると、日本の用法として「悪い傾向を増強する」とありました。

 この意味の「助ける」と読んでしまうとまさに意味が真逆になってしまいます。


 言葉と言うものは自分がそう思ってもなかなか伝わらないのが普通で、文学などでしたら文章に含みを持たせて意味がいくつにも解釈できるような書き方をあえてするという手法も採用できるでしょうが、このような医学的な文章で意味が幾重に、このように正反対にさえ取れたら困るわけです。

 ですので記述に際してはなるべく意味が多重に取れないような書き方を心がける必要があるのですね。

 
 この場合は原文に「治」とあるように、素直に「治」を使えば何の問題もないのではと思います。

 さらに先行訳では続く「又治精敗面黒」の部分を省略してしまっています。原文では「治男子泄精、又治精敗面黒」つまり、


  治男子泄精

    又

  治精敗面黒


 と「治」を繰り返しながら字数を揃えて文辞を調えてあるのです。私の訳でも後半が説明調になっていて原文のニュアンスが伝わらないですが、「治」を二回繰り返すことだけは踏襲してあります。いかに原文が簡潔か、そのニュアンスを伝えることが難しいかがわかります。

 文辞的な問題のみならず、省略してしまってはこの生薬の効用のひとつを抹消してしまっていることになり、やはり良い措置とは絶対に言えないでしょう。

 少し脱線しましたが、先行訳をお持ちの方は、この部分と他の部分も、問題点をご考察くださればと思います。


 ◆ 編集後記

 「単方」の「肉〓(くさかんむり從)蓉」です。またひとつの生薬でお届けしました。しばらく基本はひとつで、原文があまり短いようなら複数でのお届けとしたいと思います。
                      (2020.06.20.第371号)
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