メルマガ『東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─』第374号「単方」(内景篇・精)8
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◇ 東医宝鑑(東醫寶鑑)とういほうかん─古典から東洋医学を学ぶ─ ◆
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第374号
○ 「単方」(内景篇・精)
◆ 原文
◆ 断句
◆ 読み下し
◆ 現代語訳
◆ 解説
◆ 新企画 珍訳・誤訳集 夢「安息香」
◆ 編集後記
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こんにちは。「単方」の「枸杞子」です。
◆原文◆(原本の文字組みのままを再現・ただし原本は縦組み
・ページ数は底本の影印本のページ数)
(「枸杞子」p86 上段・内景篇・精)
枸杞子
補益精氣作丸服
或浸酒服皆佳本草
▼断句▼(原文に句読点を挿入、改行は任意)
枸杞子
補益精氣。作丸服、或浸酒服、皆佳。本草。
●語法・語釈●(主要な、または難解な語句の用法・意味)
▲訓読▲(読み下し)
枸杞子(くこし)
精氣(せいき)を補益(ほえき)す。
丸(がん)と作(な)して服(ふく)し、
或(あるい)は酒(さけ)に浸(ひた)し服(ふく)すも、
皆(み)な佳(よ)し。本草(ほんぞう)。
■現代語訳■
枸杞子
精気を補益する。丸薬を作り服用し、
あるいは酒に浸して服用するものも、全て良い。
『本草』
★ 解説 ★
精の単方のうち、枸杞子です。
これも読みは全く問題ないでしょう。先行訳も「補益精氣」を「精を補強する」としているところに少々問題がありそうですが、他は問題なく、さすがに間違えようがない長さと内容と言えます。
◆ 新企画 珍訳・誤訳集
メルマガと並行して翻訳を進めていることは何度も書き、また前号では訳にあたって該当部分の先行訳も見る、と書きました。
さらに改めて先行訳の省略・誤訳の多さを実感するとも書きました。
そこで新企画として、先行訳がどのような訳をしているのかを検証するコーナーを作りたいと思います。
何度も書くようにこれは先行訳をあげつらう意図はなく、誤りを正し、真実を追及する姿勢からくる所業と見ていただけると幸いです。
先行訳をお持ちの方にはさらに有用な情報となるのではと思い、該当部分をご検討いただくことで、より深い読みができるのではと思います。
読む部分は気が付いたところ、特徴のあるところをランダムに光を当ててい来たいと思います。
気が付いたところ、誤訳や省略の部分をあまりにも多く、先行訳の省略や誤訳の部分を一覧にしたら、それだけで大仕事になってしまい、全てを取り上げることができませんので、読んで興味深いようなところを取り上げていくつもりです。
今回は「夢」の章の、単方の「安息香」を取り上げます。上の同じように、原文、断句、訓読を挙げて、さらに先行訳を記載してみます。
安息香
治婦人夜夢鬼交以雄黄
合爲丸燒熏丹穴永斷本草
治婦人夜夢鬼交。以雄黄合爲丸。燒熏丹穴。永斷。本草。
婦人(ふじん)夜(よる)に鬼交(きこう)を
夢(ゆめみ)るを治(ち)す。雄黄(ゆうおう)を以(もっ)て
合(ごう)して丸(がん)と爲(な)し、燒(やい)て
丹穴(たんけつ)を熏(くん)じ、永(なが)く斷(た)つ。
本草(ほんぞう)。
これを先行訳はこう訳しています。
婦人の悪夢を治す。雄黄を合はせて丸をつくり、焼いて燻製にする。
いかがでしょうか。どこがどのように問題があるか、この段階でおわかりになりますでしょうか。
改めて原文を、断句と訓読の読みを省いた文で記載します。
治婦人夜夢鬼交。以雄黄合爲丸。燒熏丹穴。永斷。本草。
婦人、夜に鬼交を夢るを治す。
雄黄を以て合して丸と爲し、燒て丹穴を熏じ、永く斷つ。
本草。
訓読だとそのまま読めるくらいにわかりやすいと思いますが、この文で、このままではわかりにくいキーワード的な単語は、「鬼交」「丹穴」でしょうか。
これを、キーワードはそのままで、素直に現代語に訳せば、
婦人で、夜に鬼と交わることを夢に見る者を治す。
雄黄と合して丸め、焼いて丹穴を熏じれば、
永く断つことができる。本草。
くらいになりそうです。改めて先行訳と対照させて記載してみます。
左が上で作った現代語訳、右が先行訳です。
婦人で、--- 婦人の
夜に鬼と交わることを夢に見る者を --- 悪夢を
治す。--- 治す。
雄黄と合して丸め、--- 雄黄を合はせて丸をつくり、
焼いて --- 焼いて
丹穴を ---(なし)
熏じれば、--- 燻製にする。
永く断つことができる。---(なし)
本草。---(なし)
比較するとどれだけ省略と誤りがあるかがよくわかります。問題は、
夜に鬼と交わることを夢に見る者を --- 悪夢を
丹穴を ---(なし)
熏じれば、--- 燻製にする。
永く断つことができる。---(なし)
本草。---(なし)
の部分ですね。他は元が間違いようがないほどの文ですのでさすがに大丈夫そうです。
まず、「鬼交(鬼と交わる)」は既に何度か読みましたね。この場合は見た人が婦人で、夢の中で鬼神と性交をした、ということです。
先行訳では「悪夢」となっていて、具体的な内容がわからず、悪夢一般となっています。
そして一番の眼目と言うべき「丹穴」がまるまる省略されています。これは女性器のことで、次の「熏じ」る対象がこの丹穴なのですね。
先行訳はこれを省略していて、なおかつ「熏じ」を「燻製にする」としているので、熏じる対象が安息香であるかのように読めてしまいます。というよりそれ以外に読みようが無い、訳者さんもそうしているであろう文になっています。
続く「永く断つことができる」はこの生薬の効用を強調する部分、さらに引用はこの東医宝鑑の特徴をなす重要な情報で、どちらも省略してはいけない部分でしょう。
このように、これだけの短い文でありながら、省略と誤りによって、原文の意図とは似ても似つかない内容になってしまっているのです。
訳者さんは、丹穴がわからなかったから省略したのか、それとも女性器と表現することを避けたのか、わかりませんが、どちらとしても原文の曲解で、内容を非常に歪曲していると言えます。
ところで、女性器を熏じるとは、どういうことでしょうか?
現在の韓国で、また日本でもあるようですが、よもぎ蒸しと言って、下に薬剤を置いて温めて蒸発させ、その上に便器のような形の、穴が開いた椅子に腰かけて、さらに体を肩から足元まで覆う、マントのようなものを被る、というような療法を見たことはありませんか?
あれは当然下着は付けずに座るもので、女性器への一定の効果を見込んでする方法なのですね。
ここでいう「熏じる」とは同様の手法と思われます。
なぜ女性器をこの薬剤で熏じると、性交する夢を見なくなるのか、実際に効き目があるのか、不明な点もありますが、ひとまず原文ではそう説いているわけで、それを正しく表現しないと、東医宝鑑の翻訳、ということにはなりません。
原文の情報が正しいかそうでないかは別として、原文をできるだけ正確に、文章としても内容としても、足し引きをせずに他の言語に置き換えることが翻訳という作業だと思うからです。
その点で、誤りと省略の多い先行訳は大いに問題があるように思い、これだけ短い文でこれほど多くの誤りと省略があるのですから、他の部分は推して知るべしで、これからも折に触れてこのような情報をお届けしたいと思っています。
◆ 編集後記
「単方」の「枸杞子」です。生薬ひとつで、後半にコラムを付けてお届けしました。
今までも先行訳の情報はお届けしてきましたが、原文を読んだ部分に付帯して記載する形でした。
今後は折に触れて、上記のように先行訳を糺す情報だけでも書いていきたいと思います。
(2020.07.19.第374号)
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