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東急ステイ飛騨高山のこと イントロダクション

2020年4月にJR高山駅前にオープンした「東急ステイ飛騨高山」の企画・デザイン・店舗運営までをさせていただきました。

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渋草柳造窯につくってもらったギャラリー

独立してからの大きな仕事のひとつでしたが新型コロナのタイミングでの開業になり、積極的な告知ができなかったので、改めてこの飛騨高山のプロジェクトについて、どんなことを考えて、向き合って、携わってきたのかをまとめておこうと思います。

https://www.tokyustay.co.jp/hotel/HTM/

この話は、そもそも2016年に「フレッシュラボ高山」とういう高山にあるスーパーマーケットの中のコミュニティスペースの企画設計をやらせてもらった縁で声がけしてもらいました。

FRESH_LAB-23のコピー

https://fresh-lab.jp/

フレッシュラボ高山も思い入れのあるプロジェクトなので、別途書きたいと思いますが、多くのリサーチを通して、飛騨高山という地域性、及び母体である高山を代表するスーパー「駿河屋魚一」の有形無形の資産を活かしつつ、地域の抱える課題を乗り越えていくものになるよう考えたプロジェクトです。

この頃から、東京に事務所を構えつつも、飛騨高山という場所についてよく考えるようになりました。そして、“東京と飛騨高山を行き来しているデザイナー”という点に着目していただき、このプロジェクトに携わることになりました。

結果的に、東急ステイという既存のビジネスホテル系の名前になりましたが、高まる観光需要に対応できるような新たなホテルとして企画されたものです。高山という地域自体の盛り上がりなくしてはホテルとしての上手くいかないという考えのもと高山の盛り上がりに少しでも貢献できればという思いからはじまったプロジェクトでもあります。

ホテルに泊まりながら飛騨高山を感じることのできるようにしたい、というのがオーダーでした。開発プロセスとしては、本当に紆余曲折あったのですが、僕がやったことは以下の3点に集約できると思います。

・リサーチを重ね飛騨高山の価値を独自に定義したうえで全てをデザインすること
・ホテルの開発自体に多くの地元民を巻き込むこと
・デザインプロセスにデジタル技術を取り入れること

実際にどんなことをやったのか。それぞれの取り組みについて、詳しく書いていきたいと思います。

リサーチを重ね、飛騨高山の価値を独自に定義したうえで、全てをデザインすること

2015年に初めて飛騨を訪れてから、年に数十回は通うようになり、いろんな場所やイベントに触れることで、その魅力を体感していたのですが、改めて「ホテルをつくる」という視点で捉えたときに、僕らは飛騨高山の工芸や工房をリストアップし訪問することからはじめました。

それは「リサーチ」とも言えるのですが、それ以上に高山駅の目の前に大きなホテルを作るにあたって、何を大事にしていくべきか自分達の言葉で言語化してブレずにプロジェクトを進めていくためでもありました。

食を除いて工房のリストは60程度におよび、ホテルという特性や規模などを考慮し、まず20弱を訪問しました。後述しますが、もともと知り合いだったところもあればそうでないところもありますし、一つの技術にカテゴライズされていても、専門性は多岐に渡っていて、地域にいくつも工房があるパターンもありました。

例えば、飛騨において有名なものの一つに「飛騨春慶」という漆の技術がありますが、市内にいくつも工房があり、木地師さんや塗り師さん、それらを束ねる問屋さんなどがいて、誰に会うかで同じカテゴリーでも話し方が違うこともあります。また、私と年の近しい職人さんの中には、まだ修行中の方もいらっしゃいました。

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オークビレッジさんの管理する森の中のツリーハウスとブランコ
初めて打ち合わせに行った日は、森の中を1時間以上散歩しました。

僕らのようなの新プロジェクトのヒアリングに対応していただいた方々には感謝しかありません。内心では、僕らみたいな新しいプレーヤーにも興味を持ってくれる人の方が、これからなにか新しいものを考えながらつくりあげていくプロジェクトにおいては、いい関係性が築けるのではないかとも思っていました。

さまざまな工房を訪問させていただきながら、もちろん個々の工芸・作品はそれぞれ素晴らしいのですが、僕はその工房(作業風景)自体や、或いはその原材料を育てている原風景としての畑、さらにはそこで働く人々の生活様式や振る舞いの方に美しさや興味を持つようになりました。そして、それらがこの地域の価値なのではないかと思うようになったのです。

例えば、飛騨市河合町で作られている「山中和紙」は、和紙の原材料である楮を自ら育てて、その楮を使って和紙を作ります。今では国産100%の楮和紙はほとんどないようです。

山中和紙は、例えば1年に1回でも甚大な自然災害が起こってしまえば、その年の和紙の生産量はほとんど見込めないでしょう。その様子を追いかけると1年間でようやく全プロセスが浮かび上がります。山中和紙は、11月に楮の収穫、その後、楮を蒸して皮を剥ぎ、雪の上に晒して漂白する“寒ざらし”を行なった後に、冬の冷たい水を使って手すきで和紙をつくります。

山間部に朝霧が立ち込める楮の畑、雪の上で漂白される楮、そのどれもがとても美しい景色でとても心洗われました。また、河合町の冬の水は本当に冷たく、1分も手をつけていられるかどうか......という冷たさのなか、淡々と紙を漉く所作はこれぞ職人芸というものでした。

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朝6時、楮畑が霧に包まれる風景

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近隣に植えた漆の木から漆を採取している風景
10年かけて国産漆が取れるように活動している

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渋草柳造窯の先生がろくろを回す風景

リサーチを重ねて、工芸や作品の魅力だけでなく、僕は原風景としての畑、さらにはそこで働く人々の生活様式や振る舞いの方に美しさや興味を持つようになりました。
そうした視点で、訪れた工房や出会った職人のことを振り返ると、彼らに共通していたのは、原材料からモノ作りをしている人たち、ということでした。

ホテルの開発という視点に置き換えると、飛騨高山という場所に、外(東京)の資本で開発が行われる際に、原材料の栽培や製造から含めてものづくりの全てにおいてトレーサビリティがとれるようにすることが鍵なのではないかと思いました。ホテルのどこをどう切り取っても飛騨とつながれることにつながりますし、開発費が地域内で流通・循環されていくことは、双方にとっていいことだと思いました。

そこで本プロジェクトにおいて、飛騨高山の価値を自分たちなりに下記のように定めました。

ものづくりのための材料を育てる風景こそが、
飛騨の風景であり、価値である

和紙をつくるときは楮(コウゾ)から。
革細工を作るときは牛から。
木の家具を作るときは森から。

高山には“材”から向かい合いものづくりをしている人が多くいる。材から向き合うことは畑や森と向き合うことでもあり、自然と向き合うことでもある。自然というコントロールできないものと向き合い、原料となる“材”を生み出すことは、安定供給を求められる経済活動の流れに乗りづらい時もある。
本プロジェクトでは、飛騨高山の価値を、木材や食材などの“材”から向き合いものづくりを進めるつくり手たちの経験や、維持する森や田園の風景とする。
そのつくり手たちの声に耳を傾けながら、オリジナルプロダクトを作ることでつくり手たちがさらに活躍できることを目指す。地元の人が聞いてくれた時にも同意してくれるものにしたい。

上記は最後の報告書にも載せた文章です。

最後の工程である加工やパッケージングだけこの地域で行われていても意味がないことは、少し考えれば当たり前なのですが、ホテル開発においてこれらを細部までやり切れることができたのは、少なからず僕が誇りに思っているところでもあります。

地域おこしの名目で召喚されたデザイナーが、おいしいものをみつけて、デザインされた小分けパッケージ作ったりして「僕はいいものがあったからちょっと手を加えただけです」みたいな関わり方はしたくない、という思いは最初からありました。

ここまでが「リサーチを重ね、飛騨高山の価値を独自に定義したうえで全てをデザインすること」の価値定義までを書きました。

その次については、地元民の巻き込みについて書いた後に紹介しようと思います。

ホテルの開発プロセスに多くの地元民を巻き込むこと

このプロジェクトを繋いでくれたきっかけは、フレッシュラボ高山を運営されている地元のスーパー駿河屋魚一の社長さんなのですが、ホテルの開発の仕事はフレッシュラボ高山の設計を一緒にやった浅野さんと受けました。

彼といろいろ企画を練り、飛騨高山の工房を回ることにした時に、僕らの特性を考え、地域の様々な方々とのハブ的な存在として白石さんにジョインしてもらいました(彼を知る人であれば賛同してもらえると思いますが、その素晴らしコミュニケーション能力のおかけでこのプロジェクトがとても円滑にすすめることができました)。

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(中央が白石さん、右が浅野さん、真冬の飛騨河合町で)

飛騨高山は季節ごとに表情を変え、それぞれ特徴があるので1年以上かけてリサーチや撮影をする必要がありました。スチール撮影には各地で活躍されている五十嵐さん、ムービーの撮影は高山に拠点を構える高嶋さんに協力してもらいました。結果的にお二人のクオリティの高さにかなり助けられました。

チームでたくさんの工房を訪ねていく中で、ありがたいことに和紙・木工・牛革・春慶塗・さしこ・渋草焼きなど、ホテルの内部を試行錯誤しながら作りあげて行ってくれそうな方々と出会うことができました。工房の方々には、客室のアートワークや時計、館内サインなど、ホテルを構成するアイテムを手がけてもらいました。
職人の方々に手がけてもらうアイテムの選び方は

・1泊する中で、必ず目で探すもの、手に触れるもの
・アイテムの発注数は、1個から数百個までばらつきを持たせること

「一回使ってもらえば、この良さがきっとわかってもらえるはず」ってどこかで聞いたようなセリフですが、ホテルは一晩過ごす中で強制的にそれを体験してもらうことができるのはひとつの特徴だと思います。実際にいくつかのホテルに泊まり、宿泊者が「目で探すもの、目に入るもの、手で触れるもの」を洗い出した上で何が作れるのかを探りました。

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また個数や大きさについては、工房ごとにその規模や工程によって、数個単位の発注がいいところや、数百個以上の発注のほうが動きやすいところなど、バラバラな動きに対応できることも考慮しておきました。

例えば、客室に置くリモコントレーは実際の部屋数以上の個数が必要で、大きさもリモコンより少し大きい程度です。一方、階数表示は各階1個で、大きめのものが必要です。もちろん、耐久性は求められる中で、大きさや個数、手に触れる触れないなど様々な使用条件のものを洗い出して、そそれぞれの工房との相性を見極めるようにしました。


また、各階に設けられたギャラリーという部分も担当させて頂きました。
3〜8階の6フロア分なのですが、各階ひと部屋程度の広さです。

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飛騨さしこの階のギャラリー 奥には総さしこ柄のベンチ

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渋草柳造窯の階 割れた陶器片をダイナミックにアクリル封入した障子風間仕切りによる空間 中央には陶器でできた盆栽のある畳ベンチを設置

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飛騨春慶の階 真鍮と組み合わせた春慶塗り格子状ベンチと天吊り装飾

「ものづくりのための材料からつくっている」ということを伝えるために各階ギャラリーのデザインをすすめていきました。ギャラリー部分については浅野さんがとても頑張ってくれました。

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例えば、一般的にさしこに使われる糸は、5本の糸を撚って1本にするそうですが、飛騨さしこはより模様を浮き立たせるために6本で1本を作っています。さらに風景を指す場合には糸を半分に裂いて3本の状態で使ったりするそうです。

ホテルでは、そうした糸の力強さを表現するために、糸を垂らしてライティングしたりというような工夫を各フロアでしています。

また、各階ギャラリーは、待合室として使うことができるように、ベンチとしての機能も確保しています。

各階ギャラリーはエレベーター横の空間なので、ほとんどの宿泊者が、この空間に目を向けるようになっています。また、宿泊階以外のフロアも見られるようにエレベーターの設定をしました。ただ、次回宿泊時に前と違う風景に出会えるもいいと思っています。

また、個人的に、他では見られない取り組みとしてはオリジナルのカードキーがあげられます。

日本三大祭りのひとつ、高山祭の衣装を手がける飛騨染さんにオリジナルの暖簾を作ってもらい、それと同じカードキーを製作しました。チェックイン時に性別に応じてカードキーを渡すことで、温泉大浴場へのアクセシビリティに配慮しました。

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カードキーのデザインソースとデザインデータ

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その他、リモコントレーやスタッフバッチ、ホテルの各種利用説明や規約などをまとめるバインダー、階数表示のサインなど様々なアイテムを地元の工房に作ってもらいました。

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5階の階数表示は、珍しい緑色の春景塗り
木の板をもらい、こちらでCNC加工した後に漆を塗ってもらいました。
それぞれの裏側にデジタル技術が活用されていたりもします(また後でこれについては書こうと思います)。

リサーチを重ね、飛騨高山の価値を独自に定義したうえで全てをデザインすること (後半)

話は戻って、デザインを行うことについてです。飛騨高山の価値を僕らなりに再定義をして空間やプロダクトをデザインしていくことはもちろんなのですが、ここではそれ以外のことについて記述したいと思います。

飛騨高山は欧米人の訪問者の比率が高くインバウンドの参考事例としてよく知られていた場所ですが、開発当時の飛騨高山の観光統計やレポートを見てみると国内からの訪問者も多く来ています。その多くは中部圏を中心としたエリアで中高年の夫婦(ファミリー)訪問回数は2回以上というカテゴリーが約7割を占めていました。

例えば、ある60代の夫婦が1泊2日で飛騨高山を訪れて帰ったとします。その旅行がいいものであれば、きっとご近所さんや同世代の友人夫婦に旅行の話をするでしょう。その人たちも(ホテルの)メインターゲットである可能性は十分に高いはずです。話の中にホテルの話も出てきてくれれば、次の顧客になり得るかもしれません(というか、そういうことは既に起きているようです)。

そこで、ホテル宿泊中の体験動線として

・ホテルの各所に散りばめた、材料から全て飛騨高山で材料から作られているものの背景やストーリーを伝え、よりこの地域での観光密度を上げること

・協業した工房の方々と一緒に「おみやげ」も作ることで、旅行者がお土産話をするときのネタも持って帰ってもらうこと

の2つをデザインをしました。

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まず背景やストーリーを伝えるために、ベタかもしれませんが、オリジナルのペーパー(冊子)を作りました。編集者としても活躍する白石さんを中心に、今回グラフィック周りをお願いした三星さん、そしてカメラマンの五十嵐さんのおかげて、とてもいいものができあがりました。

実際に、ホテルから徒歩圏内にあるショップやショールームには、「ホテルで実物を見て興味を持ったので来ました」というお客さんが多くいらっしゃるようです(あるお店では、ホテルから訪れるお客さんが多いようで店内にホテルの写真が飾ってありました)。

ホテルで工芸の優れている点やこだわりなどをインプットした上でお店を訪れると、お客さんのみどころも深まり、購買意識も高まるようで、とてもいい流れが生まれているようです。

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また、ホテルの1階にはショップを作りました。このショップはレセプション横にあり、全面ガラス張りで、JR高山駅前のロータリーから見ることができます。高山は1、2時間に一度しか特急電車が来ないので電車待ちの時間が長くなることも考慮して、ショップはカフェ併設型にしています。そしてこのショップの商品選定、及び納品は地元のスーパー駿河屋魚一さんにお願いしました。この仕組みによって、継続的に地元の企業にホテルの一部を担っていただくことができました。

ショップ中央にある縦長ディスプレイでは、1年以上にわたり工房を回って撮影したムービーが流れています。このムービーはショートバージョンとロングバージョンの2パターンがあり、この記事の冒頭に貼ってあるものはショート版です。

様々なところでこのムービーは活躍しているのですが、客室に入った瞬間に、設置してあるテレビから映像が流れるようにしてあるのでなかなかインパクトがあるようです。1階のショップで流している映像と合わせて、多くの人に目に留めてもらっています。

ショップでは工芸品だけでなく、食料品を中心に取り扱っています。食品の選定においてもものづくりの視点にこだわり、パッケージに飛騨高山と印刷しただけのような商品は置かない方針としてもらっています。

工芸品ですが、ホテルにオリジナルでデザインしたものをそのまま展開できれば一番いいのですが、ホテルで求められるシーンと日常生活の中で求められるそれとは違うことが多いので改めて検討しながら進めました。

オリジナル工芸品の開発については現在も進行中なので、次の記事「デザインプロセスにデジタル技術を取り入れること」と合わせてまとめようと思います。(つづく)