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席は離れても、心は一つに(4)

「ほんと、あいつら、ちゃんとしろよってもうイライラした!」

おっしゃる通り。

「なんで自分達の卒業式なのにふざけようとするのかね。意味わからん!」

おっしゃる通り。

「視界に入っているだけでイライラが高まってきたよ。」

ごもっとも。

「ほとんどのみんなが頑張っているっていうのに何であんなことが平気で出来るのかが理解できん。」

全くです。

と、卒業式の学年練習初日後の給食時間、仲良しさんクラスの子ども達は、

3・4時間目をやり切った安心感から、思い思いに感想を述べている。

やはり気持ちが持って行かれていたのは、交流学級の中にいる数名の、

落ち着かない系、緊張感を持てない系の子ども達にだったようで、

そこは、こちらの面々、ととろん先生との始まり前の授業の中で、

『卒業式をなぜ頑張ってほしいのか。』

について、その気持ちの部分をしっかりと持って臨んでいる。

そのため、気持ちが態度に表れるが、悪い方向に出ている子ども達に、

本当に、イライラも募ったのだろうと感じた。

12歳は、もう分別の付けられる人間である。

その前提で見つめた時に、そのふざけた行為、落ち着けない態度は、

無意識にどうにかなって抑えられないものではなく、

儀式的行事の所作の練習など、くどくど長い時間やってられるかという、

そんな気持ちから意識的に出してきている行動なのかもしれない。

またもし、その落ち着かない行動が、真に落ち着けない衝動であれば、

これほど不幸なことは無く、その子達は本来、

支援を受けたほうが良い特性を備えていたにもかかわらず、

周りの大人のその子への見方が、

『特別支援を考えたほうが良いのでは。』という意識がないままに、

小学校を卒業する段階まで放っておかれてしまったのだから。

なんにせよ、そんなふざけた態度の子ども達も見られた練習だったが、

仲良しさんクラスの子ども達は、終始集中を切らさず、

卒業証書をもらう所作や、その前後の動き方を学習していた。

この初日の頑張りだけで、もう花丸満点だ。

「先生、俺、もらい方の練習もう少しやっておきたい。」

「僕も、それ思ってた。何回か繰り返しやっておきたい。」

緊張感の張りつめた中で行われる本番では、

ぱっと見なんてことのない所作も、どう忘れるかわからない。

子ども達の内側から、【この最後の試練をやり切ってやるぞ】

そんな意欲があふれ出している様子を見て、

ああ、この子達は本当に、この一年間ですごく成長したのだなと、

改めて見せてもらえたのだった。

「よし、じゃあ昼休みに、体育館に行って練習しようか。」

そういうと子ども達は、

「やったぁ!やろうやろう。」

と大喜び。卒業式の練習を喜んで自主練するなんて。

この子達が当日に、自信をもって臨めるように、最後まで寄り添うぞ。

こちらも元気をまた一つもらえた気分だった。


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