国語辞典サーフィン第二版

国語辞典サーフィン第二版

国語辞典サーフィン

放送日:2022/11/03

#学び #勉強

ごきげんようサンキュータツオです。
突然ですが、きょうあなたはどんなカバンを持って出かけましたか?
エコバッグを持ってスーパーへ、もしくはリュックサックを背負ってハイキング、ポシェットぶら下げお散歩へ。用途によって選ぶカバンは変わってきますよね。

では、国語辞典はどうでしょう?
同じ辞書をずっと使っていませんか?
国語辞典なんてどれも同じ! と思ってはいないでしょうか?

実は国語辞典にはそれぞれ編者のこだわり、編集方針があって1つ1つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。
さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!


【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー

タツオ:改めましてサンキュータツオです。わたくし漫才コンビ「米粒写経」として活動している芸人ですが、日本語の専門家でもあります。現在、一橋大学や早稲田大学でも非常勤講師を務めています。国語辞典のコレクターでもあり、国語辞典の本も出版させていただいております。

実は7月18日の海の日、海の日にちなんで「国語辞典サーフィン」という、1回こっきりの特番をやったんです。ちょっとニッチすぎる番組を放送したんですけれども、大好評だったようで、「文化の日」のきょう、もう1回やろうじゃないかということになって、「タイトルはどうする?」って考えに考えたあげく、「国語辞典サーフィン」・・・。そのままの、いまだにちょっと秋なのにサーフィンしてるっていう感じの番組名になりましたが、今回の正式なタイトルは「国語辞典サーフィン第二版」。国語辞典だから第二版なわけです。きょうは“出版祝い“です。そんなこの番組、前回に続きこの方といっしょにお届けします。柘植:アナウンサーの柘植恵水です。よろしくお願いします。タツオ先生お久しぶりです。タツオ:夏にお会いして、もう2度と会えないと思ってました。柘植:第二版ですよ。うれしいですね。タツオ:柘植さん、この機会にも国語辞典情報をアップデートしてくれている訳ですよね。柘植:も、もちろんですよ(笑) なじみのある国語辞典を、実は使いこなせていないんだと、私自身も勉強になりました。7月の放送を聴いたリスナーの方からもたくさん反響をいただきましたよ。タツオ:ありがとうございます。今回も新たな情報を仕入れていただきたいと思います。国語辞典サーフィンスクール、開校です!

おじさんが好む音楽?

タツオ:まち行く人たちにこんな質問をぶつけてみました。
「もしも、あなたが国語辞典なら、この言葉、何と説明しますか?」
みなさんがどの言葉について話しているのか想像しながらお聴きください。

「スピーカーに片足を乗せて観客を指さしている歌手」
「ジャンジャン、バチバチバチみたいな感じで元気が出る音楽」
「つねに人がはしゃいでいる」
「激しい音楽」
「おじさんが好む音楽」タツオ:
おじさんが好む音楽ってすごい情報ですね。何だと思います?
正解は「ロックンロール」です。柘植:ロックンロールはもう、おじさんの音楽になっちゃったの?タツオ:若い人も聴きますけど「ロックンロール」という言葉と「ロック」って別なんじゃないですか。柘植:私なんか内田裕也さんしか思い浮かばないです(笑)。タツオ:その認識の仕方が(笑)。柘植:「ロックンロールで内田裕也さん」とか、前回、辞書では固有名詞を使っちゃいけないっておしゃっていましたよね。タツオ:内田裕也さん以前に「ビートルズはどうした?」っていう話になりますよ。では、各国語辞典では「ロックンロール」をどう説明しているのか。例えば、一番オーソドックスな岩波国語辞典 第八版では・・・

「1950年代にアメリカで流行し始め、世界中に広まったポピュラー音楽、黒人のリズム アンド ブルースに白人のカントリー ミュージックの要素が加わったもの」タツオ:年代まで特定されています。しかも黒人のリズムアンドブルースに白人のカントリーミュージックの要素が加わったルーツまで説明していますよ。「これ正解じゃん!」って思うじゃないですか。では、三省堂国語辞典 第八版では・・・

「エレキギターの一般化で生まれた、ビートのきいた、ノリのいいポピュラー音楽(に合わせたダンス)。(1950年代半ばから流行)」柘植:岩波は歴史的な起源を紹介していて、三省堂はエレキギターなんですね。タツオ:テクノロジーがあって、そのあとの音楽だと紹介していますね。新明解国語辞典 第八版では・・・

「リズム アンド ブルースとカントリーミュージックの影響で生まれた、軽快でテンポのよいリズムを特徴とする音楽。またそれに合わせて熱狂的にからだを揺り動かして踊るダンス。略してロック。(1950年代に流行)」タツオ:柘植さんはロックンロールを浴びていた、ビートルズに失神した世代ですか?柘植:もうちょっとあとですね(笑)。でも、エレキギターとかノリがいいって言われた方が確かに分かるかな。タツオ:これが明鏡国語辞典の第三版になりますと、これらの記述に超えて「八ビートの強烈なリズムを特徴とする」と音楽的な特徴まで書いてくれています。辞典によってこれだけ違うんですね。まあ、誰かがロックンロールを定義してくれたわけではないので、何となく、確実に1950年代は歴史的に分かっていて、じゃあその歴史の要素をどれだけ入れるかとか、いやテクノロジーがあったら広がったんでしょうとか、音楽の特徴を拾って行こうよ、なんていう各国語辞典の努力が感じられますよね。

ちなみにロックロックンロールを違うと書いてある辞典もあるんです。岩波国語辞典 第八版のロックは「若者の意識を反映した多様な歌詞と、強いビート、大きな音量が特徴」柘植:ロックは反骨精神みたいな感じですね。タツオ:新明解国語辞典になると「ロックンロールから派生した、グループのバンド演奏主体の音楽」。明鏡国語辞典は「ロックンロールから派生したもので、電子音楽を強調したサウンドと強いビートを特徴とする。エレキギター・エレキベース・ドラムス・ボーカルから成る小編成のバンドで演奏されることが多い」。ロックンロールとロックを使い分けている辞書だってわかるんです。柘植:私なんかふつうに「ロックだよね!」とか使っていますけどね。タツオ:激しい生き方をしてる人を「ロックだよね」とか言うけど、そのロックは電子楽器を強調したサウンドなの?(笑)柘植:みなさんのお宅の辞書のロックが、どう書かれているか調べてください。タツオ:辞書は2冊以上持ってください。

ホクホク

タツオ:「ホクホク」といったらどう説明しますか?柘植:ちょっとうれしい、おこづかいを貰ったときの気持ち(笑)。あとサツマイモがホクホク!タツオ:確かにいろいろな辞典ではひとつ目が「うれしくてたまらないさま」とか「満足して喜ぶ様子」とか「思わぬ幸運に恵まれて内心うれしくてたまらない様子」。表に出てなくても内心って新明解国語辞典では表現していますが、2つ目の食べ物のホクホクはどうしましょう?柘植:いも類をふかしたときのさま(笑)。タツオ:岩波国語辞典第八版では「ふかしイモなどの、やわらかく崩れそうなさま」。ふかしただけじゃダメで、ガッツリふかすとやわらかくて崩れそう、それがホクホク。三省堂国語辞典は「(煮たカボチャ・ジャガイモなどが)水け・ねばりけがなく口あたりがいいようす」。水けのなさを条件に入れているんですね。柘植:最近はやりのサツマイモは、ちょっとしっとりしてますね。タツオ:明鏡国語辞典だと「ふかしたての芋などが、水分が少なくて味にこくがあるさま」。明鏡は「ふかしたて」って書いてあるんですよ。時間をちゃんと入れているんです。柘植:ゆげが伝わってきますね。タツオ:味にコクがあるとか、やはりホクホクはポジティブに使いますね。

擬音語

タツオ:僕が教えている留学生にとって、擬音語はとてもむずかしいそうです。というのは、(擬音語には)根拠がないんですよ。「何でそういう音なんですか?」って聞かれても「そうだから」としか言えない。外国の人には絶対に聞こえない。
“クッカドゥードゥルドゥー”って聞こえているのに“コケコッコー”じゃないでしょ。例えば、好きな異性の前でドキドキすると言ったときに、「“ドキドキ”って何ですか?」って。留学生にはわからないんです。柘植:同じ人間だけどドキドキは違うのですね。タツオ:今、柘植さんは胸に手を当ててドキドキって言いましたけど、「心臓の音ってドキドキなんですか?」っていうことなんですよ。では、「“バクバク”と“ドキドキ”はどう違うんですか?」ってなるんですよ。音の聞こえ方は、しゃべる人の認識によって心臓はバクバクもするし、ドキドキもするんです。ちょっと具合が悪いと「バクバク」で、トキメキがあると「ドキドキ」なんです。テストの前の緊張の「ドキドキ」もそうですね。そういう擬音語は、記述の仕方が非常にむずかしいんです。柘植:ホクホクも国が違えば「何?そのサツマイモをふかしたのって」ってなりますよね。タツオ:根拠がない分、意味が分からない言葉とか音だけの言葉は記述がむずかしいんです。柘植:ホクホクなんてふつうに使っていますが、あえて知っている言葉を調べてみると、辞典によって違うんですね。タツオ:これが国語辞典サーフィンの極意でございます。それによって自分の考え方やセンスの似てる辞書が分かるので、まず自分だったら何て説明するかと考えてから辞書を引いてみると、「この辞書とは意見が合うな」とか参考になるかもしれません。

付録

タツオ:「付録」では、調べる以外の国語辞典の楽しみ方を紹介してまいります。

  • 1)“版”違いを楽しもう

タツオ:岩波や新明解は第八版、明鏡は三版。つまり三版があるということは、1、2、3とアップデートされているということです。8というと、もう7回アップデートされていることなんです。初版と最新版は全然内容が違うんですよ。なぜなら言葉は生き物なので、その時代の時流や、考え方によっても意味や使い方が変わってきています。なので当然、辞書の記述も変わっていくことなんです。柘植:前回「ヤバイ」って言葉を取り上げてくださいましたね。もともとは悪い意味だったものが、だんだん市民権を得たじゃないですけど、よい意味としても広まってきましたね。タツオ:国語辞典の話をすると、ノスタルジーも込みで「お父さんが学生時代に使っていた辞書を私も使ってます」とかおっしゃる方もいるんですけれど、古い辞書と、現役の学生さんが使っている最新の辞書を読み比べるとかなりおもしろいと思いますよ。例えば「女」という項目。どう説明しますか?柘植:説明するにはむずかしいですね。タツオ:1960年の三省堂国語辞典の初版では「人のうちで、やさしくて、子供を生み、そだてる人」。そうなると、「イクメンだっているじゃん! お父さんだって育児参加しているじゃん!」っていうか、「女の人が育てるって限定しないでよ!」ってなりますよね。柘植:「産むも産まないも自由でしょ!」という時代ですからね。タツオ:これが最新の第八版によりますと、三省堂国語辞典も考え方を変えています。「人間のうち、子を生むための器官を持って生まれた人(の性別)。(生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分は この性別だと感じている人も ふくむ)」。ジェンダーにまで言及した今っぽい記述ですよね。柘植:精神面も含めてね。この表記を考える編集者さんすごいですよね。タツオ:確かに今の時代、男・女って(性差により役割を限定するようなことは)言っちゃいけないけど、辞書的にはちゃんと説明しなくちゃいけない。そのときに何て説明するのが、今の時代を一番反映できるだろうかということなんです。

すごい昔の辞書だけじゃなくても結構、その前の版と今回の版で違うのもあります。「頑張ったなぁ」っていう感じのやつ。僕が注目しているのは岩波国語辞典。もっとも保守的なまじめな辞典です。この辞書の「パスタ」の項目ですが、第七版では「イタリア料理に使う、小麦粉をこねて作った食品の総称。スパゲッティ・マカロニなど」でしたが、第八版では考えがほんの少し変わりました。「イタリア料理に使う、小麦粉をこねて作った食品の総称。スパゲッティ、マカロニ、ペンネなど」柘植:ペンネ!(笑)タツオ:ペンネを入れてきました! ラザニアはまだ早かったんでしょうね(笑)。
きっと1文字入れる削るかで大騒ぎだったのでしょうね。柘植:それを発見したタツオさんもすごいです。タツオ:これが最新版を買ったときの楽しみ方です。新しいの買ったらぜひ試していただきたい。

  • 2)参考情報に注目

タツオ:言葉の意味以外に、その言葉の語源や、いつごろ使われ始めたのか、発音や数え方などいろんな情報がギュッと詰まっています。国語辞典の言葉の意味の説明のそのあとに、三角マークみたいな感じでちょっとこの情報も “おすそわけ” みたいな感じで入っているのが参考情報です。

新明解国語辞典には「数え方」が掲載されています。日本語というのは、この数え方、専門的には「助数詞」というのですが、助数詞が非常に豊富な言語です。1個、1匹、1頭といろいろありますよね。おはしも最近は1つという人もいますが1膳ですよね。イスだったら1脚ですね。
では柘植さん、ウサギはどうでしょうか?柘植:1羽タツオ:では「山」は?柘植:ひとやま?タツオ:ミカンをひと山買うみたいな感じですね(笑)。柘植:山なんて数えたことないですよ。ちょっと調べてみますね。「山」を探せばいいんですね。ありました。「座(ざ)」、「峰(ほう)」、「山(ざん)」「岳(がく)」。さまざまな数え方があるんですね。タツオ:助数詞の研究では、高い山を「1座」とかするんです。登山家が「今年は5座しか登れなかったな」とか言うんです。どうしてそんな言い方をするかというと、助数詞を言うだけで、「何」を省略できるんです。「おはし1膳取って」というより「1膳取って」というだけでおはしのことだとわかるんです。「5座」だけで山だってわかるんです。ではテストはどう数えますか?柘植:中間テストとかのテストですよね。1回ですか?タツオ:テストだと回数はありますね。答案用紙を指す1枚もありますよね。助数詞をつけないと、テストのどういう状況をイメージしているのか伝わらないんですよ。なので、数え方というのは日本語において非常に重要な位置を占めているんです。それを新明解国語辞典はほとんどの名詞につけています。柘植:意外と数え方って悩みますもんね。タツオ:日本は八百万(ヤオヨロズ)の神の国なんて言いますが、神様の数え方ってわかりますか?柘植:神様は数えてはいけません(笑)。タツオ:神様は「柱(はしら)」なんです。神様は我々を支えてくれているんです。こうした数え方を知っておくと、言葉の歴史にも思いをはせることもできます。柘植:あ~、神様の数え方、誰かに教えたい!(笑)

  • 3)品格欄

タツオ:明鏡国語辞典の最新版(第三版)には「品格欄」があります。この言葉を品格ある言葉に変えると“こうなるぞ”と書かれています。例えば「食う」を、ちょっと上品な言い方にする場合、調べると品格のある表現が出てきます。ふだん使いの言葉を知っていれば、その言葉の改まった場面でも使える類語を探せるという便利機能が明鏡にはついています。柘植:例えば「嫌う」でも、「厭(いと)う」とか「忌(い)む」「疎(うと)む」「疎んじる」「嫌悪」などが書かれています。品格欄っておもしろいですね。タツオ:「すごい」はどうですか?柘植:「いたく感じ入った」。すごい元気は「至って元気です」。「人口がすごい低下している」ではなく「著しく低下している」。「凄まじい土煙だ」「甚だ困難だ」。すごいむずかしいじゃなくて「甚だ困難です~」って。タツオ:それはそれでムカつくなぁ(笑)。
「今日のテストどうだった?」「甚だ困難だったな!」って言われても・・・。柘植:言葉のバリエーションが増えますね。「すごい」ばかり使うんじゃなくて、「いたく感じ入りました」と言うだけで、この人ちょっと違うなって思われそうですね。タツオ:みんな18歳とか22歳になっていきなり就職活動の面接行った時に「どういう言葉を使えばいいのか?」、やはり習っていないからつまずいちゃうんですよ。そういう人にもぜひ手に取っていただきたいのがこの品格欄です。いろいろな辞典にいろんな参考情報があるので、自分がどういう情報を欲しているのか知っておく必要がありますね。柘植:本当に辞書は読み物ですね。どこを開いても楽しい。すさまじく勉強になりました。


タツオ:国語辞典サーフィン第三版は、11月23日(水祝)勤労感謝の日の夜7時20分からです。きょうとはまた違った国語辞典の遊び方、魅力を紹介しますのでぜひ来てください。23日にお会いしましょう。待ってるよ! サンキュータツオでした。


【放送】
2022/11/03 「国語辞典サーフィン」

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