見出し画像

なんとなくの未来予想


こんにちは。

8時間睡眠を基準として、睡眠量を減らしたり増やしたりすることで日中のパフォーマンスを検証していたとしぞーです。

僕の場合、睡眠時間が増えることによるマイナスはほとんどなく(むしろ10時間睡眠ぐらいがちょうど良かったりする。採用はしないが)一方で1時間でも睡眠が少なくなると予想以上の影響が現れることがわかりました。
体感としては今までも同様のことを感じていたのですが、実際のデータ(注1)として確認してみるとそういうことが如実に現れますね。

みなさんももし暇があれば、ぜひご自身の睡眠の適正量を測ってみましょう!

(注1)
実際に体調やパフォーマンスを図る指標として
・FreeStyleリブレによる血糖上昇推移
・日中の心拍の推移
・タイピング速度とミスの分布(寿司打)
・単一作業における集中継続時間
・クレペリン検査アプリで処理能力確認
などを参考データとしました。


さて。本題に入ります。

今日は「未来予測」の話。

これまで10年間個人としてビジネスをしてきて、なんだかんだ平和に暮らせています。

そして、所々の判断において、ある程度の未来予測をするわけですが、それがことごとく良い方向に動いている気がします。


ざっと例を挙げると

・「これからフリーランスの時代が来る」と予想し起業したこと

・YouTubeやnoteを多くの人より早く始めていたこと(YouTubeに至ってはHIKAKINさんとほとんど同期です。伸びていないのはご愛嬌)

・暗号通貨第一次バブルにちゃっかり乗る(その後はノータッチ)

・おそらく情報業界でも相当早い段階でオンラインサロン(みたいなもの)をリリースした(今はやっていない)

・「世の中の流れ的に非接触でしょ」とビジネスから人との物理的接触を減らした→その後コロナ禍

・「これからは山でしょ。田舎でしょ」ということで田舎(山)に住宅を購入→その後すぐにコロナ禍

ってな感じ。


これが行動力がある人間の所業ならば「数うちゃ当たるでやってりゃこうやって結果が出るものもあるでしょ」って話になるんですけど、僕の場合あんまり行動力がないので、そういう意味では判断したことがそれなりの確率で予想した通りに結果を出してくれています。

もちろん、たまたまですよ。
未来予知の能力があるなんて口が裂けても言えないし思ってもいない。
同時にロジックを用いて正確な未来予測をしているわけでもない。
あくまでも自分の感覚(本当に感覚)を信じてそのとおりに生きてきた結果、たまたまいい感じに世の中が動いてくれているってだけなんです。

ただ、この「自分の感覚を信じて行動に矜持を持つ」というのが僕の人生指針だったりしますので、今後もそうやって漠然と未来を予想しつつそれに寄りかかって生きていこうと考えているわけです。

そこで、今回は「今漠然と思い描いている未来」と「それに伴ってどんな行動をしようと考えているか?」について書いていきたいと思っています。

信じるか信じないかはあなた次第。
何かの参考になれば嬉しいです^^


音声でも喋りました。


Twitterやってます。


ブログもやってます。



大きな流れ1 AI


まず考えなければいけないのは「AI」の存在でしょう。

少し前に「AIによって将来なくなる仕事」についての研究結果が話題になりましたよね。

野村総合研究所と英オックスフォード大学との共同研究によれば「日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に」なると予想されています。

この話題を考える際によくありがちな勘違いは「AIがあるとき急にある仕事を奪ってしまう」という感覚です。
「AIが仕事を奪う」という字面だけを見ると、いずれそういったXデーが来て(シンギュラリティ的な)その瞬間に奪われる仕事をしている人たちが路頭に迷う。みたいな印象を受けますが、実態はそうではありません。
AIは既に多くの人の仕事を少しずつ奪っています。

*わかりやすく表現するために、ここではAIの定義を拡大解釈して「テクノロジー一般」として話を進めます。

例えば転売系のビジネスで言えば、ぼくがプレイしていた10年前にはこれといったリサーチツールはありませんでした。
だから、そこで求められていた能力は「商品を開拓する力」だったわけです。
それから数年後、さまざまなリサーチツールが現れたことによって、求められる力は「商品を開拓する力」ではなく「数字を分析してルール調整する力」に変わってきたのです。(もちろん今でも「商品を開拓する力」は必要ですよ!)
これって客観的に見ると「商品を開拓する力」は持っているけど「数字を分析してルール調整する力」は持っていない人の仕事をリサーチツールが奪ったと表現できるわけですよね。

同じように、様々な分野でテクノロジーが発達してきていて、それに伴って徐々にそれまであった仕事の形が微妙に変わってきているのです。

もっと分かりやすい例でいうと非接触レジスターですよね。
コロナ禍において急激に発達した文化の一つである非接触レジスターは人件費の大幅な削減に貢献するテクノロジーです。
この変化によってレジ打ちという仕事が世の中からなくなっていくのは想像に難くないと思います。

こんな感じで、これまでに人間が担ってきた仕事のあらゆる部分をテクノロジーが奪っていきます。そしてAIの特徴である「自己学習」がそこにプラスされることでそのスピードが加速度的に速くなってきている。これが現在だと思います。

もちろん、奪われやすい仕事とそうではない仕事の違いはあるでしょう。しかし、「完全に奪われない仕事」はなく、どんな仕事も少なからず何かしらの形でAIの影響を受けてしまうのです。

ですから、我々はそれを加味した上で身の振り方を考えていかなければならない。AIの領域から逃げるように行動するのではなく、積極的にAIと共存するような未来を模索する。それが今求められる行動だと思っています。



大きな流れ2 二極化


もう一つの大きな流れとしては二極化の超顕在化でしょう。

国際NGOオックスファムの2018年の報告書によると、2017年に創出された富の80%以上が上位1%の富裕層の手に渡り、37億人にものぼる貧困層の手元にはそのうちの1%も渡っていないと言っています。

日本に関しても「一億総中流」と呼ばれた時代が懐かしいほどに格差が広がり、上流層と下流層の生活容態は広がりを見せるばかりです。

ビジネスにおいてもそれが顕著になってきていて、下流層向けのビジネスと上流層向けのビジネスがその戦略において分かりやすく見分けがつくようになってきています。(OEMなどのビジネスモデルにおいては今後上流層向けの戦略を採用するのが一般的になっていきますぞ)

また、個人の問題だけではなくビジネスの世界でも二極化はすごいスピードで顕在しています。これは説明の必要はないでしょうね。超大型プラットフォーマーがあらゆるビジネスを食い尽くしてより巨大化している現状は、誰の目にも明らかです。

そして、この二極化の傾向は今後より顕著に、そしてより早いスピードで進みます。


綺麗な三角形のヒエラルキーがあって、そのどの部分の椅子に座るか?というゲームがこれまでの世界だったのだとしたら、今後の世界は超絶レアな椅子に座る人以外はみんな地べたで雑魚寝のような感じになっていくのでしょう。(正当にAIが進化すれば、下層の生活水準はそれなりのものにはなるはずではある。)

今後の二極化の図


多分、この流れは止まりません。

少なくともぼく個人は「それを前提に人生設計をしていかないといけない」と感じています。


二極化分布のどこに自分を置くか?


そこで重要なのが「二極化する世界で何を目指すのか?」です。

上流を目指すのであれば、AIを利用してイノベーションを起こす側にならないといけません。そう考えると可能性があるのはAIに関しての特別な技術や知識を武装すること。または、自身の事業をどこまでも大きくして仕掛ける側に回り続けることです。
どちらにしてもかなりの茨の道(それだけに目指す価値もあるとは思います)

一方、下流層になることを見越して行動するならば、その行動方針は大きく二つに絞れます。

一つは「低コストで暮らすためのマインドとハウツーを身につけること」です。

仮に今後より強烈な二極化がやってくるとしても、これだけ人権意識が発達した世の中において下流層が人間的生活を営めないレベルまで搾取されることは考えられません。
そのような状況になれば流石に調整力が働いて、上流層に何かしらのペナルティが施されるはずです。(もしそうならないならばその時点で民主主義は破綻していて、独裁制か何かになっているということ)
だから、下流層がぎりぎり同意できるような生活水準は担保された上で格差が限界まで広がっていくと考えるのが妥当でしょう。
つまり、下流層にいるからといって食えないわけではない。
そういう意味で未来は、選択の組み合わせによっては食えなくなってしまう現代よりも安定した世界なのかもしれません。

そんな状況において、どうやったら毎日をハッピーに過ごせるのか?
贅沢を是としない精神、日常に喜びを見出せる視点、同様の思想を持つ仲間などなど、豊かではない生活の中でも楽しく過ごすための技術があります。
それを今のうちから身に付けていく。

何か、後ろ向きな行動指針だと思われそうですが、ぼく個人としてはこの行動指針ってとても理にかなっている素晴らしいものだと思います。


もう一つは「下流層の中でも何かを仕掛けて行動する」ことです。

十分に長い時間をかければ「下流層の中でも何かを仕掛けて行動する」こと自体が不可能なぐらい、その層の生活容態が固定される可能性があります。
そうなったら何をするとかいうレベルではなくなるのですが、きっとそのレベルに達するのはぼくらの次の次の世代以降の話だと思います。
少なくとも我々が生きているうちにそこまでの固定化は起こらないでしょうから、二極化した下流層の中でもある程度の遊びがある状態が続くと思われます。

ある程度のセーフティネットが敷かれた上で、少しでも生活の質を向上させるべく行動し、同時に日常に喜びを感じながら生きていく。
僕個人の感覚では、上流を目指して四苦八苦するよりも、よっぽど自由な生き方がこれだと感じています。

個人ビジネスは、この生き方に一番近い場所にあります。



未来に求められる「能力」


では、そんな未来において、ぼくらに求められる能力とはなんでしょうか?

先ほども書いたとおり、今後あらゆる「能力」がAIに奪われていきます。
「奪われる」ということは「上回られる」と同義です。
(厳密にいうと純粋に上回られるパターンと、コストも総合して上回られるパターンがある)

つまり、AIの潜在的な可能性を考えたときに、今後伸びるであろう能力に関する仕事は軒並み奪われてしまうわけです。
じゃあ奪われない仕事ってなんなのか?

一つ一つの技術や能力について詳細に検討することも興味深いのですが、それをするには時間がありませんので、ここでは抽象的な領域について検討したいと思います。

まずはじめに「人間とAIの違い」を考えてみましょう。

人間には体がありますが、AIには体がありません。
しかし、後付けでAI用の体を用意することは十分に可能であり、その技術は日進月歩です。「体がある」は大した優位性にはなりえません。

そう考えるとポイントは「脳」にありそうです。
人間の脳にあって、AIにないもの。

計算などに代表される処理能力ではすでにAIに負けていますよね。
だから、それで対抗しようと思っても無駄。

インプットの量も、アウトプットの量も逆立ちしても勝てません。

しかし(少なくとも現段階では)明らかに人間の脳しか持っていない特別な機能が存在します。

それが「ランダム性」または「無意識性」です。

有名な話ですが、AIに純粋なランダムは作れません。
例えば「数字を無作為に選んで表示する」みたいなプログラムを作ることはできません。
擬似ランダム関数というものを使って「数字を無作為に選んで表示するように見せる」ことはできるのですが、それはあくまでもある種の計算結果でしかないのです。

しかし、人間はこの無作為が得意です。
むしろランダムな判断をしているときの方が(主観としては)多いのではないでしょうか?

実はこの「ランダム性」が非常に重要でして、これがあるからこそ

・入力したインプットの数々を「ランダム(無意識)」に忘れるし
・保存してある情報を「ランダム(無意識)」に組み合わせるし
・それによって急におかしなアウトプットが現れるし
・ときにそれがイノベーションにつながるし
・その総体が一筋縄ではいかない人間の社会というカオスを作っているし

といった具合に「人間らしさ」を生み出しているのです。

そして、AIはこのランダム性がとことん苦手です。
同様に(多分)AIに無意識はありません。

だから、鍵はそこにあると思うんですよね。


AIに奪われない仕事というと、よく「営業」とか「教師」とか「カウンセラー」とか「コンサルタント」などが挙げられたりします。
これらの仕事に共有するのは「コミュニケーション」です。
コミュニケーションにおいては上記の「ランダム性」が非常に強力な効果を発揮します。また、話は逸れますが、コミュニケーションの相手が「人間か人間じゃないか?」って普通は大問題じゃないですか。そういう意味でもコミュニケーションにおいてはAIよりもだいぶ人間に分があるんですね。
(その辺りの価値観も十分に時間が経てば変化するんですけどね)


逆にいうと、それ以外の要素に関しては全てAIに取って代わられる可能性があります。それぞれの技術や能力によってその「タイミング」は違うでしょうけど、いずれは全てAIの方が高性能になる。

そういう意味で「未来において求められる能力」は

AIにはない「ランダム性」「無意識性」を必要とするコミュニケーションにおける何か

なんじゃないかと考えることができそうです。

これをもう少し噛み砕いて表現すると「アウトプットの能力」と言い換えても良いと思います。

(もちろん、インプットがないとアウトプットが発生しませんから、インプットも大事です。でも、インプット単体で考えるとAIに勝てる要素があまりありません。インプットはとても重要なものの、AIとの差別化を図る直接の要因はアウトプットだと思われます。)


目の前の困っている人にどんな言葉をかけたら良いか?

今仲良くなりたい人とどんな会話をすれば良いか?

ブログで記事を書く際に「何を」「どうやって」書けば気持ちが伝わるか?

想いを絵や音楽で表現するためにはどうやったら良いか?


想像してみてください。
このような要素において、AIが人間を上回る未来が見えますか?
少なくともぼくはそう簡単に超えられてたまるかよって思いますし、少なくとも一定期間は越えられないと確信しています。
(いずれは越えるんでしょうけどね。そうなったらいよいよ人間の存在意義はないかもしれません)


だから、これからの時代に求められる能力は「コミュニケーションに付随するアウトプットの能力」です。
(上記のとおり、ここでいうコミュニケーションはとても広い文脈を持っています。会話から芸術まで、人間が何かを表現する場合の全てが含まれます。)

少なくともぼくはそれを信じていて、それに準じて生きています。



ぼくのこと


そんなこんなで、ぼく自身は「コミュニケーションに付随するアウトプットの能力」を高めたいなと思いつつ、同時に「少ないコストで幸せに暮らすためには」を模索しながら毎日を過ごしております。


具体的には

・こうやって定期的に自分の考えを(間違っていたとしても)記事としてまとめてみたり音声にしてみたりする
・同業者(クライアントさん含む)とのやりとりを絶やさない(チャットは月に1000回以上、会話は多分20時間以上ぐらい)
・もう一つのネット人格を作って、そこでも別種の内容について同様の活動をする
・アウトプットを絶やさないためにアホみたいにインプットする(月に大体本を30冊は読みます)

という感じで、自身のアウトプットを磨きつつ

・自分が何を喜んで、何を欲するのかを検証する
・毎日気持ちよく過ごすために最適な体の状態を模索する
・生活圏(人間関係含む)を徹底的に整理して快適な状態を探す
・必要以上のものを持たない
・必要以上のものを求めない

という感じで、下流層にカテゴライズされても楽しく生きるハウツーを蓄積させていっています。


そもそも、このような意識で暮らす毎日がクソほど楽しいので、満足を通り越して昇天しそうです。

その上で「多分自分がやっていることは、未来を考慮しても正しい」と自信を持っています。

この自信ってのが大事なんですよね。
合っているとか、間違っているとか、そんなことはもはやどうでも良い。
自分が信じる何かがあってそれを信じられている状態がそもそも幸福の大前提なんじゃないかって思っています。


だから、皆さんにもそんな「自分自身が信じる未来」と「そこから導出される今やるべきこと」を持って欲しい。

ほんで、その参考になる何かを提供できれば最高だなと思って、ぼくはこの情報発信をしています。10年間ずっと。


そんな意味で、今回の記事も参考にしてくれると嬉しいです^^

それではまた次回!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?