見出し画像

青春18きっぷの活用は意外と難しいと言う話 ~大阪新潟間の移動を例に~

まえがき

青春18きっぷ。
1日辺り2410円で(特急列車や新幹線を除けば)日本中のJR線を自由に乗り回せるこのきっぷは、うまく使えば東京から九州、大阪から仙台……といったかなり長距離の移動を2410円でこなせることができる事などから、「格安旅行手段の切り札」のひとつとして幅広い層の人に親しまれています。かく言う自分も大阪で金欠大学生をしていた頃は実家のある宇都宮までの帰省手段として幾度となく使用するなど随分と世話になりましたし、友人や知人(いわゆる「鉄道オタク」「電車好き」「でんぐるま・ひろし」の類で無い人物も含む)が青春18きっぷで全国各地へ旅立つ姿も長期休暇になる度に見掛けたものでした。

さて、そんな青春18きっぷですが、「特急列車や新幹線を除く日本中のJR線を1日中自由に乗り回せる」と言う比較的シンプルな基本ルール(一部例外除く)ながら、実際に使ってみると路線網や時刻の制約故に意外と活用がめんどくさい事でも知られます。今回は大阪から新潟への移動を例に青春18きっぷ特有のめんどくささや乗換案内の精度について簡単に掘り下げていきます。なお、いわゆる「鉄道オタク」で無い方にもある程度ご理解いただけるようにやや冗長なお話になっておりますので、詳しい方は是非ともテキトーに読み飛ばしていただければと思います。

大阪から新潟までのルートを探る

大阪から新潟まで(快速などを含む)普通列車で行こう!となった場合、紙の時刻表を読める(かつ手元に最新の時刻表を常備している)人を除けば、適当な乗換案内サイトを開き「大阪から新潟、飛行機・新幹線・特急を使わない」と言った条件で検索するところから始まることがほとんどだと思います。大阪から新潟ぐらいの距離だとどうせ丸一日かかるので出発時刻は始発を指定するとして、一般的な乗換案内サイトでその条件を検索すると以下のルートが出てきます(平日ダイヤ。なお以下に出てくる時刻はすべて2021年8月現在の平日ダイヤとします)

大阪→新潟
7時45分発→20時40分着(12時間55分)
大阪→敦賀→福井→金沢→富山→泊→直江津→長岡→新潟

土地勘が無いと馴染みの薄い地名が出てくるのでパッと見わかりにくいですが、大阪から新快速に飛び乗り福井県の敦賀に向かい、そこから日本海沿岸をひたすら新潟まで突き進むルート(以下、日本海ルート)です。ちょっと見た感じでは普通列車と快速列車をひたすら乗り継ぐルートで特に問題点は見受けられなさそうですが、このルートにはひとつの罠が仕掛けられています。

それが上の行程表で太線で示した金沢→富山→泊→直江津間(石川県から富山県を経由し新潟県の西端まで)です。これをご覧になっている人のうち使い慣れている方や鉄道オタクの方は既にお気づきかと思われていますが、実はこのルートは以下のように区分けをすることができます。

大阪→金沢:JR
金沢→直江津:私鉄(IRいしかわ・あいの風とやま・えちごトキめき)
直江津→新潟:JR

ご覧の通り金沢から直江津の間は3つの私鉄に分かれており、JR線ではありません。青春18きっぷは先の通り新幹線や特急列車を除く日本中のJR線を自由に乗り回せるきっぷですから、このルートで行こうとすると金沢と直江津の間は別途通常のきっぷを購入しなければなりません。そのお値段は3780円。青春18きっぷの2410円よりも高くつき、交通費の削減と言う効果が大きく損なわれることがおわかりになるかと思います。なお、厳密に言うと途中の津幡で途中下車すれば若干運賃を浮かすことが出来ますが、まあ焼け石に水なので考慮しないこととします。個人的な話ですが、実際に(青春18きっぷを使って)乗り換え案内で出てきたこのルートに突撃しようとした知人を過去に止めた経験があるので、なかなかに注意が必要です。

と、ここまで書くと詳しい方から「じゃあJR線のみを使って行ける別ルートを探せば良いのでは無いか」とご指摘が届きそうです。実際に一部の乗換案内サイトでは、JR線の普通列車のみを使用したルートを検索できる「青春18きっぷ検索」と言った機能が用意されており、今度はその機能を使って調べてみましょう。先程と同条件で検索すると今度は以下のルートが出てきます。

大阪→新潟
7時45分発→0時20分着(16時間35分)
大阪→米原→大垣→豊橋→浜松→島田→熱海→平塚→高崎→水上→長岡→新潟

こちらは大阪から東京方面まで東進し、そこから北西に方向を変え群馬県を経由して新潟県へ入るルート(以下、群馬ルート)です。このルートを使うとたしかにJR線のみで新潟県入りすることができるのですが、今度は0時20分と言う着時刻が問題となります。

と言うのも青春18きっぷにおける「1日」とは暦日、すなわち0時0分から23時59分まで(厳密に言うと日付が変わって最初の停車駅までは有効)なので、到着時刻が日付をまたぐと日付が変わった地点からの運賃が別途必要になります。もちろん翌日以降も使う予定があればそのままもう1日分の青春18きっぷを使用すれば良いだけなのであまり実害はありませんが、そうでない場合は日付が変わる新津駅から新潟駅までの運賃330円を別途支払う必要が出てきます。まあ先程の3780円に比べれば微々たるものですが、それでもちょっともったいない気がしますし、実はこれも最安値ではありません。

また、ここからはかなり主観が入りますが、そもそも(比較的速度が早い列車を乗り継ぐルートとは言え)乗継が多く、地図を見ればわかる通りかなり遠回りです。結果として16時間35分と言う長い所要時間がかかり、その時間帯も朝早くから終電ギリギリまでかかることから、実際にやろうとするとちょっと辛そうです。また出発時刻を多少早めればある程度カバーできるとは言え、到着が終電ギリギリになるとどこかで遅延が発生した際のリカバリーが難しくなると言う側面もあるため、あまりこのルートでの旅行は気乗りしない……と言うのが正直なところです。

では、これらのルートに比べて予算を抑えることができ、なおかつ先の東京経由のルートより所要時間も抑えられる「最適解」とは何なのでしょうか。このルートを出してくれる乗換案内に心当たりはなりませんが、実は以下のようなルートがその答えとなります。

大阪→新潟
7時03分発→21時27分着(14時間24分)
大阪→米原→大垣→名古屋→中津川→塩尻→長野→越後川口→長岡→新潟

大阪からまず名古屋に抜けそこから長野へ、そして信濃川沿いに新潟県へと突入するルート(以下、長野ルート)です。このルートを使用すると、詳しくは後述しますが青春18きっぷ1日分2410円+260円で新潟県までたどり着くことができ、先の330円と比較しわずか70円の差ではあるものの、最安ルートとなります。少しややこしくなったので地図にするとこのような図式になります。

画像_2021-08-12_000956

と、ここで疑問が生じます。1日乗り放題のはずなのに突然出てくる「260円」って何なんでしょう。そして最適解のはずなのにどの乗換案内サイトでも出てこないのはなぜでしょう。
実はこの2つの疑問には明確な接点があります。以下解説します。

なぜ「最適解」を乗換案内が出してくれないか

まず、一般的な乗換案内では概ね所要時間が最短になるルートルートを算出します。まあ、敢えて遠回りで面倒なルートで移動する理由はあまりないですから当然ですよね。快適性や移動時間を旅行として楽しめるか……と言った尺度もありますが、そうした条件は数字で評価しにくいので乗換案内サイトに算出させるのは困難でしょう。せいぜい乗り換えの回数が少ないルートを算出させるのが精一杯です。

話を元に戻すと、上記3ルートの所要時間は以下のようになります。

日本海ルート:12時間55分
群馬ルート:16時間35分
長野ルート:14時間24分

所要時間的な最適解を追求するならば、当然その最適解は「日本海ルート」(12時間55分)であり、乗換案内サイトの算出基準に基づけば日本海ルートが「算出されるべきルート」なのは明らかです。

では、「青春18きっぷ検索」はなぜ最適解を出してくれないのでしょう。これは先の謎の260円が絡んできます。注目すべきは「長野ルート」の長野→越後川口の間です。この区間は1本の列車ですが厳密に言うと以下のような区分けをすることができます。

長野→豊野:私鉄(しなの鉄道)
豊野→越後川口:JR

そうです。先程の「日本海ルート」と同様にこのルートにも若干ですが私鉄区間が存在するのです。もっとも、長野から豊野の間は「日本海ルート」の金沢から直江津の間に比べて圧倒的に距離が短いので追加の運賃もわずかに260円。「日本海ルート」とは雲泥の差なのでこれなら経済的な負担も小さいです。

ですがこのわずかな区間の存在が「青春18きっぷ検索」を狂わせます。なぜなら「青春18きっぷ検索」では、当たり前ですが青春18きっぷで乗れる交通手段、すなわち日本中のJR線の普通列車のみを検索対象としています。先述の通り長野から豊野の間はJR線では無いので青春18きっぷは使えず、当然「青春18きっぷ検索」の検索対象に含まれません。また、言うまでも無く先の「日本海ルート」も同様にJR線で無い区間(ちなみに北陸新幹線を除くと新潟県から富山県に向かう唯一の鉄道ルートでもあります)が絡むので「青春18きっぷ検索」には引っかかりません。青春18きっぷでは新潟県から直接富山県には向かえず、長野県入りも長野から豊野の間のせいで無理(新潟県~長野県間にはこの他新潟県・糸魚川から長野県・松本に出る大糸線がありますが、これも糸魚川辺りでJR線で無い区間が絡むので利用できません)です。そうなると、青春18きっぷのみで向かう場合は群馬県・福島県・山形県のいずれかからどうにかして新潟県に乗り込む必要があり、その中でも大阪から最短ルートになる群馬県経由が「青春18きっぷ検索」の出す答えとなります。これが先に述べた「群馬ルート」の正体です。ここで先程の図をもう一度見てみましょう。

画像_2021-08-12_001044

この図ではJR線を赤色、JR以外の路線を緑色で表記していますが、見ての通り、最短ルートである「日本海ルート」では青春18きっぷが使えない緑色の区間が長いこと、「長野ルート」ではわずかに赤色のJR線がつながらず、赤色の区間だけを辿ろうとすると「群馬ルート」を利用せざるを得ないことがわかるかと思われます。

また、新潟県周辺の路線網を見ると以下の通りになります。

画像_2021-08-12_002243

これを見ると赤色のJR線だけを通ると新潟県から富山県や長野県には直接抜けられず、JR線だけを通るルートで新潟県から直接抜けられるのは群馬県や福島県、あるいは山形県と言った地域になることがわかります。大阪と新潟を行き来するのに福島県や山形県を経由するのは著しく遠回りなので、JR線のみを経由する場合特段の事情が無ければ群馬県を経由するのが最短となります。

さて、これまでの話をまとめると、以下の通りになります。

・通常の乗換案内が出す答えは所要時間が最短になる「日本海ルート」
・青春18きっぷのみを使用したルートを出す乗換案内が出す答えはJR線が繋がる群馬県方面を経由する「群馬ルート」

こうまとめると、所要時間が「日本海ルート」より長く「群馬ルート」と違ってJR線でない区間が絡む「長野ルート」は機械的な検索では最適解にならずなかなか出てこないことがわかります。しかしながら、先述の通り青春18きっぷを使う場合は「長野ルート」が最適解となるのです。このルートを乗換案内で出すためには途中の経由駅を指定できる乗換案内で「長野ルート」が経由する駅、たとえば戸狩野沢温泉駅(長野と越後川口の間の駅です)辺りを経由駅として指定する必要がありますが、予備知識が無い状態でそのような検索条件をひねり出すのは難しいでしょう。

以上、青春18きっぷをまともに使いこなすためには乗換案内以外の方法で経路探索を行うことができる能力がそれなりに必要となる……と言う話でした。実際のところ大抵の場合は「青春18きっぷ検索」や一般の乗換案内でも問題の無いルートが出てくるはずです。「青春18きっぷ検索」オンリーだとカバー出来ない区間は意外とたくさん(名古屋→伊勢市、博多→唐津など)あるのですが、そうした区間のほとんどは「一般的な」ルート故に乗換案内を叩けば何とか出てくるはずです。そういう意味では今回の大阪→新潟の事例は乗換案内も「青春18きっぷ検索」も最適解を出せず、予備知識が無いと正しいルートに辿り着けないかなり特異な事例だとは言えます。ただ、それ以外のパターンでも例えば「途中の駅でお昼ごはんを食べたい」とか「遠方からの乗継客が多い列車を避けて空いてる列車に乗りたい」みたいな話になると一気に話がややこしくなるので、やはり青春18きっぷで旅行をする事を考えるならば、ある程度時刻を自力で確認する必要性があるのかな……と個人的には思います。
今回は敢えて制約の大きなルートを見ましたが、青春18きっぷの「日本中の普通列車を概ね自由に乗り回せる」と言う特性はとても制約が少なく、うまく活用すればかなり自由な行程を組むことができます。ただし、自由過ぎる故に上のように地理感覚や路線網、時刻について色々と考える必要性が出てきます。例えば同じ大阪から新潟までの移動と言う例を使うと、これが高速バスや飛行機ならば何も考えずに(実際はなんだかんだでそれなりに考慮すべき要素がありますが)大阪発新潟行きの便を予約すれば後は椅子に身を委ねるだけで新潟にたどり着くことができます。しかし、青春18きっぷならば上のように考えることが多いものの、裏を返せば様々なルートを楽しんだり、あるいは道中で寄り道したり……と言った自由度の高い行程を組みやすいと言う特性があります。かかる予算や日程を考慮しながら、色々な手段を比較検討できるようになれば旅行の幅が広がります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?