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なんで漫画家になった

なんで漫画家になった。本当に謎です。説明する時間がない時は「運ですね」とか「運命がそうしたっぽいですね」とか言っています。何のこっちゃという感じだとは思いますが、そういう人生の運用の方も多いのではないでしょうか…。

とりあえず、普通「運来い!!!」と思いながら暴れても漫画家になったりはしないと思うので、自分が大体どういうプロセスを経て漫画家になったのか、説明したいと思います。

明らかに「運だろ」という場所には☆を付けておきます。私はラッキーなので。

●生まれてから大学(21歳くらい)まで


いわゆる「絵が上手い子」ポジションの獲得に成功。そのポジションが欲しかっただけなので特に向上心とかがあったわけではなく、毎日練習したりデッサンの勉強をしたりしていたわけでもない。「うまい」と言われれば満足だったので、モチーフもかなりぞんざいに扱っていた。あと普通に下手だった。

親からは「公務員試験受けたら?」などと言われるが、特に受けない。


●大学を休学のち中退

四年時に中退。周囲からはかなり反対されたが、「行くのが面倒臭すぎる(これは鬱などの症状だと思います)」上にちょうどその頃特定疾患の難病を発症していて、この身体では正社員で働くことがそもそも無理だろうという感覚があったので、やめた。あと現在の夫とまあ結婚するだろうという予感があった。(☆つまり別に働かなくてよい)


●21〜23歳(会社員の夫と同棲・結婚)

夫と同棲を始めた直後に交友関係などに疲れすぎてもう何もしたくなくなり、絵とかも「家で描こ♪絵うまい人だし」と思ってたけど全然描かなくなったので一旦画材を全て捨てる。「面白がられたい」「みんなにウケたい」「すごい人になりたい」みたいな気持ちが結婚によって一旦ゼロになり、「とにかく安寧な暮らしをしたい」「健康でいたい」という気持ちを強く持つようになる。パートを2つほど掛け持ちし、フルタイムよりやや少ないくらいの年収を得ていた。
そしてろくに主婦業をせずゲームにハマり(☆夫が買ってきたゲーム)、ファンアートを急に、毎日描き始める。ファンアートを描くのが楽しすぎて2つやっていたパートのうち1つをやめる。この頃から「うまいでしょ」のスタンスで描くのをやめる。「見た人にどう伝わるか」が自分の中で重要に、いきなりなる。
「漫画は無理っしょ」と思っていたがオタク特有の周囲が乗せてくれるアレで描き始める。ハマる。「ネーム」「プロット」の概念と制作のスタイルが何となく理解でき、段々「なんか一から自分で話を作ってみたいな」と思うようになり、創作漫画を描き始めてみる。

☆クリエイターの友人達がプロデューサーを名乗るおじさんに搾取されているところをリアルタイムで目撃する。ここで言外の失礼、絵の相場、対人ストレスの負担のデカさを学び、気をつけようと思いました。


●〜24歳 BADDUCKSをひたすらに執筆。

処女作が構想の段階で既に長編になってしまったので当初は飽きないか心配で仕方がなかった。でも楽しいので特に飽きたりはしなかった。noteに載せたりして即売会で本を売る。家計を圧迫しない程度には本が売れていたのでとりあえず完結までやり切ることにする。
途中編集者から声がかかるも、未完のまま読切とか描けないよ(描いたことないし)と思ってとりあえず見守らせる。


●25歳 BADDUCKSが完結する。


声をかけてくれていた編集の人にネームを見せて読切掲載の予定を組むも、なんかやり取りの後の頭痛がすごかったのでその日のうちにポシャる。(完結していたのに特に何も感想とか言ってくれなかったので)

BADDUCKS完結後も漫画を描き続けたいというモチベーションはあったが、漫画と金が交換できる安定した環境が保証されない状態で商業に踏み出したくなさすぎてとんでもなく慎重だった(のちに不安障害なども発覚しますが、それぐらい慎重でよかったと個人的には思います)。

当時はまだ「(金銭的に)やってもやらなくてもいいけど描こうと思えばいくらでも描ける」という状態だったので、その状態が崩れたら恐らく描かなくなるだろうなと思いました。ので自分の体や精神が安定してやっていける条件を絞って掲載先を探そうと決めていました。

賞とかに応募したら何かしらのレールに乗せられて自分の思う通りに制作できなそうで怖かったのでそういうのはしませんでした。野心をモチベーションに何かしてまともなことが起きたためしがないという経験則と、あと別にそこまですごくないしなという認識があったので。


●27歳 仕事できそうな場所を探す

読切描いたことないな、と思って読切を3本ほど世に放つ。(同人誌)完成させた漫画が一本しかないってかなり致命的だなと思ったのでとりあえず「作風」みたいなものが伝わるようにしておこうと思った。
BADDUCKSと短編を読んで声をかけてくれた編集の人たちの中から、自分にとって無理がなさそうな相手と媒体を選んで契約に至る。



という感じです。「ここに作品を並べたい!」的に目指していた雑誌は特になかったので(好きな作家さんが連載している雑誌、はありましたが)、なんとなく、連載とかしたら雑誌の雰囲気に圧されそうだなと思っていたところ、雑誌連載なしで単行本を出してくれる出版社さんからお声がかかったので(☆)、今はそちらメインでお世話になっております。

声をかけてくれた人全員と何か仕事をしたというわけではありません。
わたしは神経質で偏屈なので、編集の人や媒体はもう「作家側が選ぶ必要がある」くらいに思っています。

自分の作品を差し出すというのは命を手渡すに等しい行為だと思いますが、その過程で少しでも「ぞんざいに扱われてるな」とか「言いくるめようとされてるな」とか「舐められてるな」とか思ったら、それはもう続かないです。

作品を発表しているとどうしても褒めてくれる人に恩を返さねばという気持ちが発生しちゃうんですが、それは友人やファンの人との付き合いでやればよくて、仕事にしたいなら本当に「その人が自分に何をしてくれたか」「どれだけ正直に物事を伝えてくれているか」というのが重要になってくると思います。


まとめ

というわけで「なんで漫画家になった」ですが、「暇にしてたら急に漫画を描くのにハマって仕事にできないかなと思っていたところで、のびのびと漫画を描きながらお金をくれそうなところをようやく見つけたから満を辞して漫画家になった」ということです。夫が働いていたというのも精神的に全く苦痛が生じない状態で描けたので半分くらいはそのお陰です。

あと、同人活動しながら「入稿とかイベントでの頒布とか告知とか、楽しいけど疲れすぎる やりたくない もっと漫画や絵だけ描いていたい」と思ったのも要因の一つです。

商業のいいところは、原稿とお金を交換してもらえるところだと思います。そして出版や告知をやってもらえる。ありがたい話です。なので、その仲介となってくれる編集者は、自分にとって苦痛のない相手を選ぶのが一番いいかなと思います。


以上です。

ご参考までにというか、興味があった皆さんが「へー」と思ってくれれば幸いです。

武田登竜門

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