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第7話 「日本百名山 鳥海山」(秋田県)

自転車日本一周旅 〜人生大切なことはすべて旅で学んだ〜

「日本百名山 鳥海山」

自転車旅は国道8号線を日本海沿って富山県を北に進む。途中、新潟県上越市の直江津港から佐渡島の小木港に渡り、佐渡島を一周し、両津港から新潟港へ。
仕切り直して自転車旅は、国道7号線を新潟市、山形県、秋田県、青森市に向かって、北に爆進中。
梅雨に入る前に梅雨のない北海道に上陸するのだ。
日本海沿いに点在するユースホステルを中心に宿泊し、道の駅、キャンプ場で野営し、北上を続ける自転車旅。

本日は秋田県象潟市にあるYH(ユースホステル)象潟青年の家に宿泊。
チェクイン前の14時にY Hに到着。中途半端な時間にも関わらず、YHの管理人さんが、快く受け入れて下さった。
管理人さんは、僕と同じぐらいの年齢の女性だった。大変だったね、と受付を済ませた後、シャワーを使わせてくれた。
汗を流してさっぱりとし、新聞でも読もうとフロントへ行く。女性がソファーに腰掛けている。どこかで見かけた後ろ姿だ。

「お疲れ様です。」

軽く挨拶を交わして顔を見合わせた瞬間。

「あっ!」

「あっ!」

思わずお互い指を差し合って、再会に驚いた。
先日、佐渡島のグリーンビレッジY Hで一緒になった女性だったのだ。
自転車で沖縄から北海道まで自転車日本縦断中の京都出身の佐々木さんというチャリダーだ。
沖縄を出発した彼女は、早速牧草地でアルバイトをして旅の資金を稼いだと教えてくれた。そして僕が沖縄に滞在した時のアルバイトの手配までしてくれたのだ。住み込み3食付きで、日給五千円、1ヶ月で15万円はいける、と佐渡島Y Hで旅の情報をくれたのだった。
「また、どこかで会えたらええな。」とお互いの自転車旅の健闘を称え合って別れた。それからわずか1週間、別のYHで偶然再会する。
自力旅では度々そういう展開が待っている。
YHとは人との出会いを演出してくれる旅人の宿なのだ。

夕食後、YHの管理人さん、佐々木さんの三人で話す。

「でもまた再会するなんて、驚きですよね。でもまぁ、偶然といえば偶然だけど、進む方角が一緒だから、当然といえば当然だけどね。」

オレも佐々木さんも、北海道の宗谷岬を目指しているのだ。

「日本海沿いにあるYHは限られているから、そら重なるわな」

走る道も同じ国道7号線、8号線をお互いのペースで北上しているのだ。

「それより田野さん、今日見ました?左手に日本海の大海原。右手に鳥海山は優雅でしたよね。」

「あの富士山みたいな、まだ雪をかぶっている山。鳥海山というのか。」

「そうですよ、東北地方でも一番か二番目に高い山ですよ。ここから眺める鳥海山もいいですよ。よく登山のお客様も泊まられますよ。」

管理人さんは鳥海山の登山情報も提供してくれた。

「やっぱりYHは居心地がいいですね。格安で美味しい料理が食べれて、旅情報がたくさん得られる。出会いもあるし。」

オレと佐々木さんは、これまで宿泊したYHの素晴らしさを管理人さんに話した。

「そういってもらえると仕事にやり甲斐がで湧くわ。ありがとう。」

と管理人さんは、素直に喜んでくれた。
管理人さんは、以前大阪にいたそうだが、4月からYHで働いているらしかった。
ここの象潟青年の家には、たくさん旅人が訪れるようだ。自分も同じように旅に出たい心境になることがよくある。でも物理的に無理だから、旅人へ頑張れってエールを送っているのよ、と笑顔で話してくれた。
最近の旅の出来事、鳥海山や旅の情報交換をして夜は更けていったのだった。

翌朝、オレは急遽予定を変更した。
自転車旅は一旦休止し、山形県と秋田県の県境にそびえる鳥海山の登山をすることにした。
時間に縛られない自由な旅なのだ。
食堂の窓から見える鳥海山は気まぐれだ。すっかりを顔を出していたかと思えば数分後には雲に覆われて山の姿はなくなる。
さすが、日本百名山だ。
日本百名山とは、文筆家で登山家だった深田久弥氏が実際に登頂し、日本の素晴らしい山を100座選び主題とした山岳随筆集だ。
名著「日本の百名山」の一節には「名峰と呼ばれるにはいろいろの見地があるが、山容秀麗という資格では、島海山は他に落ちない」と書き記されている。
百名山選定基準の第一条件は、人には人格があるように、山には「山格」のようなものがあるとし、誰が見ても立派な山だと感嘆する山であること。その他に、山の個性や歴史などが重視されている。芸術作品のように山容、現象など他の山にはない顕著な個性を持っていることも選定基準に挙げられている。
そんな選び抜かれた素晴らしい山が身近にあるのなら、是非この目に焼き付ける必要があるだろう。
さらに、鳥海山には、奇観「影鳥海」なる現象が存在する。
それは早朝、突如、日本海上に出現する。出羽富士の異名を持つ鳥海山(2236メートル)が東から昇る朝日を浴び、日本海にシルエットが浮かび上がる現象だ。それにはいくつかの自然条件に恵まれることが必要で、巨大な三角型の山容全体が写し出されるのは特に珍しいとされている。
面白そうなことにすぐに反応できるか。それが面白い未来を引き寄せるコツである。


自転車をYHに預けて、寝袋、着替え一式を背負って、1泊2日の鳥海山登山に出発。
自力旅には登山装備なるものは必要ない。
必要なのは好奇心と体力だ。
通常の登山なら、自家用車、もしくは公共機関を利用して4合目の大平山荘展望台までいく。そこの国民宿舎大平山荘か、山小屋で一泊し、翌朝登山を開始し、昼頃登頂する。夕刻に4合目の大平展望台まで戻り、帰路に着く。
オレが選んだ登山方法は、電車と徒歩を選択した。
11時象潟駅発の電車で、登山口最寄の「吹浦駅」へ。
吹浦駅は日本海付近の海抜0メートル地点。
そこから鳥海山4合目の大平山荘展望台まで約18キロの道のりだ。
その展望台に国民宿舎と山小屋があるとの情報を昨夜、ゲットした。
吹浦駅から大平山荘展望台まではシーズンオフで公共バスは運行していない。
徒歩という自力か、タクシーの動力、もしくは、奥の手ヒッチハイクを選択するか。
4合目までは、鳥海ブルーラインと呼ばれる観光山岳道路が完備されており、一本道だ。
海抜0mの海岸付近から標高1000mを超える高さまで高度を徐々に上げていく醍醐味を味わいたい。
徒歩を選択する。
4時間ほどのハイキングだ。
いつも歩く道を離れ、未踏の森に飛び込み、新しいものを探せ。
遠く離れた大きな鳥海山に自力で歩み寄り頂に立つというロマンは、自分に自信がつく。大きなことを成し遂げることができる千載一遇のチャンスなのだ。
とにかく先が長いぞ、と気合を入れて吹浦駅を出発。鳥海山の峰を目指して、鳥海ブルーラインの一本道を歩き進める。
海抜0mを出発してテッペン目指して歩み続ける。
現在地から目的地までの夢の叶え方を体感できるチャンスだ。
夢に向かって一歩を踏み出せば、歩いた距離だけ確実に夢に近づく。
目的を持って、諦めず、前を向いて進みさえしていればいずれ夢は実現する。
道中には、  登り坂、歩道のないでこぼこ道、向かい風、回り道などの厳しい局面もある。
しかし素晴らしい風景、力を出し切った後の身体を潤す食物のありがたさ、何よりやりきったという充実感が約束される。
自力旅には、人生の喜怒哀楽、素晴らしさが転がっているのだ。
元大リーガーのイチロー選手の言葉をかりるなら

「夢をつかむことというのは、一気にはできません。
小さなことを積み重ねることで、いつの日か、信じられないような力を出せるようになっていきます。」

チリも積もれば山となる。
山も分ければチリとなる。

大きな夢も一歩から。
振り返れば、その足跡が可視化できる鳥海山。
そんなことを思いながら、なだらかな上り坂を歩き続ける。1キロずつ減っていく案内表示を指折り数えながら、ヘアピンカーブを繰り返し繰り返し少しずつ少しずつ距離を稼いでいく。
登山の目標は山頂と決まっている。
しかし人生の面白さはその山頂ではなく、道中の山の中腹にある。

歩き続けること約3時間30分。やっとのことで4合目の大平山小屋という場所に到着したのが17時30分。
すぐ前の国民宿舎へ。
玄関に、手書きの張り紙があった。
「6月3日 登山口付近でクマが目撃されました。注意してください。」とあり、ビビる。
宿舎で入浴。夕食玉子丼500円。
その後、庄内平野が一望できる標高1000mの大平展望台から見た日本海に沈む夕陽は素晴らしい眺めだった。
今まで見たことがないような雄大な夕陽だった。
少しずつ少しずつ沈む夕陽が大海原を赤く染めていく。
広く見渡せる海岸線。時間がゆっくりと流れていく。ああ、この夕日が見れてよかった。
沈む夕日が照らす海岸線。


あの海岸線からここまで自力で歩いて来たのだ。
山小屋に戻り寝袋に包まる。
山小屋は気持ちが悪い。明かりもなく嫌なところだった。宿泊費330円。
深夜、暴走族がやってきて前の駐車場でブイブイやって寝付くことができない。

翌朝5時30分アラームで目覚める。しかしまだ眠たい。7時まで寝る。
身支度を整えて登山へ。
登山道を熊に遭遇しないかビクビクしながら登っていく。
雲行きが怪しくなってきた。そうかと思ったら晴れ渡る。気ままな山の気象だ。
昨日歩き続けた疲労も隠せない。
登山道はどこからクマが現れてもおかしくない雰囲気。
予想どおり積雪が身長を超え登山道を防ぐ。
進む道がわからない。
お手上げ状態。もしかしたら遭難してしまう。熊に出会ってしまう。ブルーな気分になる。
結局、途中で登山は断念する。

登山するなら装備を備えること。賢い準備が明るい未来を作るのだ。
道をよく間違える人が、一番よく道を覚えるもの。

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