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第13話「知床半島」(道東)

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜


野宿、キャンプ場、ライダーハウス、とほ宿を転々としながら自転車旅は、世界遺産「知床半島」にやってきた。
日本最後の秘境の一つである知床半島は、オホーツク海に面した北海道の右側に突出した長さ70km、基部の幅が25kmの狭長な半島だ。この狭いエリアに約500頭のヒグマが生息している。手付かずの自然が残っている魅力的なエリアだ。
地図上の知床半島を真っ二つに割った左側が、ウトロという町。
右側が昆布などで有名な羅臼(らうす)という町。

まず秘湯「カムイワッカの滝」温泉に行く。
カムイワッカの滝は知床半島の中程にあり、ウトロの町から半島に20kmの距離だ。
カムイとは、神のような崇高な存在との意味。
ワッカとは、水の意味であるが、あまりにも硫黄成分を多く含んでいるため生物が生息できない「魔の水」と解釈されているそうだ。
神々が潜む聖域で生物が生息できないような大自然の中にある天然温泉なのだ。

ウトロにある「しれとこ自然村」というキャンプ場で一緒になった青年たちと天然温泉カムイワッカの滝に向かう。
自然村からヒッチハイク。
親切な旅行者の車に便乗させてもらう。
友達を作る方法は、友達のように話すこと。すると友達になれる。
エゾジカやキタキツネに遭遇しながら温泉の入口へ。
入り口というか、沢の流れ全てが温泉になっている。
急な沢を登っていく。
流れる沢は、知床半島の中央にある活火山の硫黄山から流れ出る温泉の川で、海岸までの連続した沢になっている。
滑りやすい沢を登ること30分。
天然の滝つぼが湯船になっていた。
かなり硫黄臭のキツい酸っぱい温泉だった。

さぁ、次はいよいよ知床峠だ。
知床半島を横切る知床横断道路は、全長27kmのロング&ワインディングロードだ。東の最果て大自然の中を走る道ゆえに積雪の影響で開通期間は4月から10月までに限られている。
しれとこ自然村から自転車で知床峠越えを目指し、ペダルを漕ぐ。
上りが14kmに渡って続く。
「峠は足つき無し」をモットーに日本の海沿いの名だたる峠の数々を走破してきた。
知床峠も例外なく、峠頂上まで自転車から降りずにペダルを漕ぎ続ける。
霧がすごい。水滴でメガネがくもり、視界が悪くなる。
途中、斜里のクリオネキャンプ場でご一緒した小松さんが軽自動車で通り過ぎ、ピースサインでお互いエール交換する。
この小松さんは元自衛官で自転車でオーストラリアを一周したことがある強者なのだ。
クリオネキャンプ場で小松さんに教えてもらった人生教訓を思い出す。

「田野さん、知ってました?
人生は10段変速の自転車のようなものなんですよ。
自分が持っているものの大半は使っていないんです。

スヌーピーの生みの親チャールズ・シュルツさんの言葉ですがね。」

「そうですね。確かに、僕のマウンテンバイクは前輪が3段で後輪が8段の24段変速ですが、実際に使うギアの組み合わせは、3パターンぐらいですね。変速を重くするか、軽くするかぐらいで、普段は適当にギアチェンジしているぐらいですね。」

「田野さん、それはもったいないですよ。自転車を人生に置き換えたらどうでしょうか。人生で、自分の持っているものの大半を使えてないとすれば、これはもったいないですね。」

小松さんが言うには、人間の脳細胞は140億個あるらしい。
そして、生涯でそのうちの数パーセントしか使わないで死ぬそうだ。
財布に1万円札が入っているのに、缶コーヒーを1本買うぐらいで満足しているようなもの。
たった数パーセントしか使わずに死んでしまうのは、人間の意識に問題があるという。
それは、「限界を自分が勝手に決めている」からだ。
「オーストラリア一周してみる?」と小松さんから聞かれると、
「英語が話せませんから。」
「行ったことがありませんから。」
「魅力的なんですが、かなりやばそうですよね。」
などと、あれこれ出来ない理由をいっぱい並べる自分がいる。
限界は、全て、自分で決めてしまうものなのだそうだ。

「いいですか、田野さん。自分に出来ない、と思ってしまえば、そこがその人の限界なんです。
他の人があれこれ言っても、最終的に決めるのは、自分の心。
でもね。その限界を少しでも広げるコツがあるんですよ。」

「なんですか。そのコツ。一体何ですか。教えてください。」

なんだか高額セミナーを無料で受講している気分だ。

「限界を突破する方法は2つあります。
まず一つ、『否定的な言葉を使わないこと。』出来ない、あかん、もうだめだ、など言わないこと。
2つ目、『他の人が出来るのなら自分にも出来るはずだと考えること。』

小松さんが出来たんだから俺も出来るさ。俺に出来ないわけがない、と信じるのです。
自分の限界は自分で決められるんです。
自分が限界と認めない限り、限界なんてこの世には存在しないのです。
人生最高の一日を作り上げる基本は、自分の限界を認めず、力の限りに完全燃焼し今日一日を熱く熱く熱く生きること。
これが、『生き切る』という境地なんです。」

ペダルをひたすら漕ぎ続ける。
知床峠山頂まではなだらかな上りの傾斜道が続く、交通量も少なく道路幅にゆとりがある。
けれどしんどい。
苦しいと思うのは逃げずに頑張っている証拠。
一番騙しやすい人間は自分自身。苦しいのは気のせいだ。
他人と戦うな。ライバルと戦うな。対戦相手はいつも自分の妥協。
自分に負けた時が本当の負けだ。
あと少しだけでいい。頑張ってみろ。
あと少しだけでいい。苦しんでみろ。
自分の限界を認めず、この瞬間だけでも、力の限りに完全燃焼するのだ。

「生き切る」

なんてストロングな言葉なんだ。
その境地を俺は今、味わっている。
呪文のように繰り返し自分に言い聞かせて、せっせとペダルを漕ぎ続けること2時間。
ようやく最高地点到着。
最高地点「知床峠」の石碑で記念写真を収めた。
周囲は知床国立公園で手つかずの自然が広がる絶景ポイントなので、最高地点知床峠からは、眼前に羅臼岳、遠方に国後島やオホーツク海を望むことができるのだが、あいにくの天候で全く視界はきかなかった。

さぁ、ここ標高738m地点から羅臼側へ13kmの下り坂が始まる。
上りに2時間を擁した知床峠だが、下りは15分間のダウンヒルだ。ヘアピンカーブなどの急カーブが連続する下り道路ではあるが、できるだけブレーキはかけずに風を切って走る。
直線の下り坂は時速70kmの世界だ。
自転車の両輪横に大量にくくりつけた荷物の一部が車輪に絡まってしまうとあの世行きだな、と思いながらも、上り坂の苦しみの元は取らねばと下り坂を満喫する。
下りはわずか15分。しかしこの時間と空間の間には、自転車ならではの濃密な「におい」があるのだ。
たとえば、漁師町の近くを通れば魚や磯の臭いがする。
森の中を走れば、木々の匂いがする。
都市部の国道トンネルを走ると排気ガス臭まみれになる。
標高700メートルを超える標高から一気に海抜0mを目指す時速60〜70Kmの世界は、湿度も気温も天候もどんどん変わる。標高を下げるに連れ、空気の質が変わる。まさに風を切って走る。
今、冷たい空気が全身を包んだ次の瞬間、生温かい柔らかい空気が吹き抜ける。
と思った瞬間、霧雨のような細かい水滴がプチプチと身体に当たる。
時空を超える早送り人生が五感を刺激するのだ。
この一瞬一瞬の積み重ねこそが人生なのだ。
人生最高の一日を作り上げる基本は、自分の限界を認めず、力の限りに完全燃焼し今日一日を熱く熱く熱く生きること。
今、今、今を如何に充実させるか。これが、『生き切る』という境地だ。

自転車旅が教える人生の教訓なのだ。

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