【寓話】蓼食う虫も食わぬもの

昔々、中近東のある地方に旧家があった。

その家には、太古の昔から、世の神秘を記した宗教書が伝わっていた。

その家の主である男はしばしばその神聖なる書を取り出しては熱心に研究していた。

その男は、その本の文章を読むことが出来たが、その内容は極端に難しく、何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。

しかし、その男はいずれその真意を理解しようと、日夜解読の研究を続けていた。

そんなある日のこと、その神聖なる書が虫に食われることを心配したその男は、それを紙に包んで保管することにした。

しかし、その数日後、その男がいつものようにその書を読もうとして取り出してみると、包み紙が虫に食われていた。

男が慌ててその中身の書を確認すると、幸いにも書の方は全く虫に食われていなかった。

そこで、男はその神聖な書を読み終わると、今度は羊の皮で包んで置いておいた。

しかし、今度はその羊の皮が食い破られてしまった。

おどろいた男が中身の書を手に取ると、またもや中身だけが虫に食われていなかった。

その男は不思議なこともあるものだと思い、今度はその書をより分厚い牛の皮で包んで置いておいた。

すると、三度、包みは食い破られていたが、やはり中の神聖な書は無事であった。

さすがにおどろいたその男はその神聖な書を持って、近所に住むひとりのダルビッシュの元を尋ねた。

そして、そのダルビッシュに事の顛末を話して聞かせて、言った。

「世の中には不思議なこともあるものですな。

異教徒のあなたは認めないかもしれませんが、うちに代々伝わるこの書こそが真の神聖な書に違いありません。」

すると、そのダルビッシュは言った。

「では、わしがお前にその虫たちの会話を聞く能力を与えてやるから、そいつらの会話を聞いて、その原因を確かめるがよい。」

そこで、その男は、その書を持って帰ると、それを上質の紙に包んでふたたびいつもの場所に置いておいた。

すると、その夜、また虫たちが出てきて、その包み紙を食べてしまった。

しかし、例によって、その虫たちは中の書には口を付けなかった。

男がその様子を陰からこっそりと見ていると、虫たちが会話を始めた。

「今日の包み紙も旨かったな。」

「ああ、いつもよりも上質の紙で包まれていたぜ。」

「しかし、肝心の中身の本はさすがに食う気がしないな。」

「そうだな。何しろ、アレは賞味期限が切れているからな。」

男はその会話を聞くと、異教徒の腰帯を断ち切って、ダルビッシュの元に弟子入りした。

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