弟 エピソード1
2年前の12月、デイケアから電話があった。
「弟さんが、具合が悪くなりました。今救急車を要請しています」
これで何回目だろう。路上で意識を失ったり、アルコールと薬を同時に摂取し心臓がパクパクしたらしい。て、その時は自分で電話していた。
救急車にはデイケアのスタッフが一緒に乗り込んでくれて、私は自分の車で病院に行った。入院手続きを済ませ、弟は病室に、私はちょっと遅れてナースセンターの前にいた。そこで医師に話しかけられた。
「弟さんに家族はいますか」
「いますが遠方です。今は連絡もとりあっていないようです」
「精密検査の結果、よくない数値がでました」
今回は脳梗塞ではなく、脳出血だった。それと癌が見つかり、すでに骨にも転移してると言う。
レントゲン写真を見せて説明してくれた。背骨にそって、黒い点々がたくさんある。首の下あたりにまで広がっていた。
「これが癌細胞なんですね」
「弟にも事実を知らせてください」私はそうお願いした。事実を繕ったら、嘘を言わないといけなくなる。私にはそんな余裕はなかった。
これで俺は姉さより早く死ねるよ」
と弟は言った。
「お母さんが逝くときには、おじいちゃんもおじさんもお父さんも連れて行ってよ」
娘からは何度も念をおされていた。仕事を掛け持ちし、5人の子供を育てている娘には、余裕がないのだと私も承知している。
通院で抗がん剤を投与して、それから1年8か月生きた。この病院の緩和ケア病棟で一生を終えた。家族に電話するも、出なかったし、メールでも返事はもらえなかった。だから妻子は弟が死んだことも今も知らない。