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180824 VIXX Lost Fantasia オリックス劇場

これを書き始めたのは8/24の深夜。単にレポのためだったのだけれど、いつの間にか自分の話になってしまっていて、つまり有益なものではない。時間が止まってほしいと思っているのに、最後まで書いたらわたしは東京に着いてしまっていた。明日の公演が終わらないでほしい人間が書いた文章です。
セトリを見る限り、この公演で泣いてしまうんだろうと思っていたパートはたくさんあった。結論から言うと泣いたのはご新規様1名歓迎です!とVCRで呪いの人形の時期の歌番組で1位になった映像をみたときにちょっとだけだった。
推しがコンサートでぶっ通しで踊るのをみるのはこれが初めて、席もそこまで近くなくてずっと双眼鏡でみていた。最初はこれまで何度となくみたファンカムよりも少し力を抜いているように思えて、その理由が分からなくてちょっと物足りなかった。ところで今回のソロコーナーはそれぞれの考えた内容で次のコンセプト、曲へのつなぎとなるパートをそれぞれのメンバーが担うというものだった。ラビくんは持ち曲をそんなに歌うしそんなに踊るんだ…やり過ぎ(できてる)だよと思わせるものを。ホンビンくんは歌じゃなくてダンスを。ちなみに향の前だから緊張したと言っていたけど、わたしには「自分は普段編曲の過程にはあまり携わらないが、今回はあそこはこうして、ここはこうしてという風に口出しして作り、韓国でやったのとも構成を変えました」(うろ覚え)と話してくれた。レオくんはダンス。彼、話してるときはふにゃふにゃ担当なはずなのになぜいつもこういうことをさせられる?と思ってみました。基本的に彼にはそういう思いしか持ってない。ケンくんはButterfly Effectをソロで。言うまでもなく歌がうまい。その後始まるバラードmixの導入にぴったり。ヒョギはLove me doを引き継いでソロで踊る。6人でやった後に1人で同じ曲の続きを踊るのってどうなんだろう。これは今持った感想。
最後にエンくん、Hydeの前にソロ。その後のご本人による明るくテキパキした解説によると、ジキルとハイドがテーマの曲へのイントロダクションだから人間の二面性を表すつもりでやったということだった。MCで怖かったでしょう?と聞かれて、それどころじゃなかったし、いやあんまり…(レオくんは怖がってた)と思ってごめん。怖いというよりかは踊るのをみられるうれしさが勝つ。本人が振付を考えているので、それに触れられるのがまたうれしくて、何より「みたかったNのダンス」だったので泣くどころではなく双眼鏡を覗きながらすごくわくわくした。みたかったのはいつもの澄ました顔じゃなくて、目を細めて笑った顔じゃなくて、体の限界とか表現の限界とかそういうものに抗っているような気迫を帯びた踊り。もしかしてこれまでは、このソロで最高値を出すためのものだったのかもしれないと思った。最初から最後まで双眼鏡でみていて、このソロがあと1回しかみられないのは悲しいと思ったし、映像でも世に出ないのは非常に惜しいと思った。さらに言えば、彼が踊る姿をこの先みられるのは少し先になってしまうんだろうなあとこれを書いている今気付いてしまい、途方にくれている。どうしたらいいのか。彼が舞台を愛して、踊る自分に誇りを持っていること、何より自分と自分が生み出すものや関わるものに惜しみない愛を注ぐことがわたしにとってすごく理想的だからきっと彼のことがこんなに好きなんだろうなあと思う。
彼に出会う前より、少しだけど間違いなく自分を好きになったし自分に何かをしてあげたいと思うことが多くなった。何か、牧師や僧侶に対する告白みたいである。昔から、自分のやることや人生を他人の人生のかかれた絵本を読んでいるみたいだと思うことがあった。他人の目を通して自分を見ることが多く、自分ではうまくやったと思うことも相手の思い通りではなく叱られたりした。きっとわたしは自分のことを正当に評価ができない。褒められて舞い上がり自分を過大評価したり、人と比べて、もちろん比べることは悪ではないけれど、自分は劣っているのだと決めつけたり、そういうことを頻繁にしてきた気がする。えんくんやキーくんのことが好きなのは、きっと自分を客観的にみて、正当に評価して、そのおかげで自分のみせ方を知って、だからこそ本人の満足のいく姿である(ようにわたしには思える)からだと思う。自分を客観的にみることと自分のことをわたしという個人の手元に引き寄せることは全く違うようだけれど、わたしがこれまで書いたことを踏まえればそれは1セットで存在しているように思える。ややこしいことを、と自分でも考えながら思ったけれど伊丹から羽田に向かう飛行機が着陸態勢に入ったタイミングでこんなことを思い知らされて、ぼろぼろ泣いた。緊張していたのが解けたからなのかもしれないし、感情を動かす余裕があったからかもしれない。それでもとにかく、えんくんのふるまいに触れて、そのパフォーマンスも合わせてわたしは彼を好きになった。今こうやって長たらしく文章を書いて泣いているのは、今この瞬間は、感傷じゃなくて運命だと思う。ずっと彼に対して運命のひとだと言い続けていて、普段からみてくれているひとたちからしたら本当に気持ち悪いよねさむいよねと思ってはいるけれど、わたしの中での彼の存在に他に名前がつけられなくて使い続けている。誰に言ってるかわからないけど、ゆるしてください。
さて彼だけじゃなく、メンバー全員が明日もすてきな姿でけがなく最後までやりきることを祈りつつこの文章をおしまいにします。しあわせになりましょう。

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