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発達障害児の子育て〜妊娠出産から自立まで〜

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自閉症スペクトラム、ADHD、軽度知的障害、発達性協調運動障害、トゥレット症これらの障害のある長男の子育て20年の振り返り。
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2021年2月の記事一覧

発達性協調運動障害とASD他モロモロの息子20歳の今。

今日は発達性協調運動障害+ASD+ADHD+軽度知的障害+トゥレット症候群の息子の今の様子について書きたいと思います。 発達性協調運動障害とは、簡単にいうと恐ろしく不器用。詳しくいうと、手先の微細運動と、体を使った粗大運動にも不器用さを持っています。今まで苦労した印象深い苦手動作は、母乳が吸えない、ストローが吸えない、麺類がすすれない、歩き方のぎこちなさ、自転車の練習、箸の使い方、鉛筆の持ち方、縄跳びが1回も飛べない、鼻をかめない、靴紐が結べない、ベルトができない、ネクタイ

【発達障害の長男#3】息子への会話は、私の壁打ちに終わる。

これは3年生で正式に診断が下りる随分前の3歳ごろまでのお話です。 長男が生まれて、初の育児に戸惑いながら、「ひよこクラブ」をバイブルに子育てに奮闘した。妊娠中に旦那の実家近くに引っ越し、慣れない土地にて25歳のまだ若かった私は孤独に育児をしていた。 旦那の仕事は当時SEで、毎日終電帰りだった。仕事の後に上司の付き合いで飲みに行って終電のことも結構あった。子供ができても尚、以前と変わらない生活をする旦那に嫉妬もしたが、週に何度か夜中の授乳(うちはミルク)当番をやってくれたり

【発達障害の長男#2】出産の話。予期せぬ帝王切開。

さて、妊娠生活も残り2ヶ月足らずとなった2月から再びの入院生活となった。 10月から始まった「安静生活」もゴールが見え始めていたが、私の心配事は 赤ちゃんの体重だった。推定体重がいくつだったかは覚えていないが、とにかく予定日までに2000g超えるだろうか、、と言われていた。臨月を迎えようとしているのに、2キロなかったのだろう。 24時間点滴はしつつ、頻繁にエコー検査を行い、推定体重を出し、入院生活はすぎて行った。そして、いよいよ退院の許可が下りた。退院する時は出産後なんだろ

【発達障害の長男#1】妊娠中の話

世の中ミレニアム騒ぎだった2000年の7月に一人目の妊娠が発覚。当時私はまだ24歳。嬉しいよりは戸惑いの方が多かった。なぜならまだ今の旦那とは結婚していなかったから。いわゆる「授かり婚?」。当時は「デキ婚」と言われた。とはいえ、それを機に結婚し、大慌てで小さい式を挙げ、仕事は引き続きプログラマーとして働きながら妊娠生活を送っていた。 そんな妊娠生活が5ヶ月目に入った頃、いつものように検診に行くと、「切迫流産」だと言われた。即入院。トイレも行けず、24時間点滴をし、とにかく絶