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300字小説まとめ/tononecoZine

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300字ショートショートのまとめです
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#300ss

【300字小説】朝には溶けてしまえるように

 彼女の小さなアパートに、一晩中ほのかな灯りが点いているのを、そっと夜が見ていた。  どうやら今夜、ひとつの恋が終わったらしい。長い長い電話は、話し合いだけで済んでしまった穏やかな別れ話。感情的なやりとりはなくとも、心はぐったりと重く疲れている。ソファにもたれたまま動けず、眠れない彼女。瞳から滲んでは流れる涙の複雑な美しさを、真夜中の静謐な空気が受け止めた。  やっと涙の枯れ果てた頃には、もう朝が近かった。陽の光が少しずつアパートを照らし始める。夜通しやわらかく明るかった

【300字小説】美しい靴底

 近所に新しく靴屋ができた。けれどまだ開店しているところをみたことがない。いつも「皮をなめしています」とか「靴紐を紡いでいます」とか、何らかの理由で店を閉めている。  その店が気になりすぎてとうとう昨晩夢をみた。店主であろう人物が接客をしてくれて「新作の、哀しいけれど美しいレインブーツがおすすめです」と言う。  差し出されたのは、こげ茶色の上品なレインブーツだった。靴底を見るように促され、そっと裏返すと一面うすピンク色だ。よく見るとそれは無数の桜の花びらを模しているようで、

【300字小説】彼方からのプレイリスト

 とっくのとうに別れた恋人のプレイリストを、未だに時々再生してしまう。未練があるとかではないのだけれど、何となく聴いてしまうのだ。音楽に罪はない。  「forU」なんて気取ったタイトルのそれは、知り合ったばかりの頃彼がわたしのために作ってくれたものだった。    お別れしてからだいぶ時間が経つのに、最近になって新しい曲が追加されていることに気づいた。それはどこか外国の知らない曲で「ピクニックしよう」みたいなことを歌っている。  いよいよ春の訪れを感じる今日みたいな日にぴったり