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300字小説まとめ/tononecoZine

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300字ショートショートのまとめです
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2024年4月の記事一覧

【300字小説】花冷えの夜

 残業で帰りがだいぶ遅くなってしまい、コンビニで適当な夕飯を買って家路を急ぐ。春の夜はまだまだ冷える。ふと大学生くらいの男女3人組とすれ違う。なんとなくあのボブの彼女は、学生時代のわたしに似ている気がした。  とたん、過ぎた日々に意識が引っ張られる。訪れなかった未来を懐かしみ、いたずらに想いを馳せる。恋人同士になれなかったわたしたち、選ばなかった仕事、引っ越さなかった街。始まらなかった物語は、ふとした瞬間そのしっぽを思わせぶりにちらつかせる。それらは永遠の憧れとしてわたしの

【300字小説】人さらいの季節

 春はひとを連れ去る。あまりに容易に、その風の強さに任せ、次々と連れて行ってしまう。  残されたわたしたちは突然のことに泣いて泣いて、あまりに泣いて涙が枯れて、ただ呆然とするばかり。ぼんやりしたまま天を仰いで、春に消えたあの人を想う。  するとやがて流した涙のお返しみたいに、春の雨が降り注ぐ。それはあたたかくやわらかく、地上のわたしたちの頬をなぜる。何かしなくてはと、ほんのり甘いお茶を淹れて、喉を潤し息を吸う。  戻らねばならぬ生活が、ほらまたすぐそこに在る。ほんのひと時