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その5 美しく、溺れ、分からないもの

最近読んで印象的だった本。

『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子
 書店でタイトルを見かけるたびずっと気になっていて、この自粛期間中にやっと読めた。校正者の主人公と年上の男性、三束さんの恋の話。祈るような気持ちで読んでいて、こんな終わり方あるんだ、と色々な感情が交錯して涙が出た。
 一見もっともらしいことを熱弁する「友人」の危うさ(信用できない語り手に近くてぞわぞわした)とか、感情の起伏がうすい主人公の、すべての感情は自分から湧き上がったものではなく外から植えつけられたのではないか、という思いとか、さらりと読み流せない端々が美しい言葉で書かれる。
 早稲田文学女性号の巻頭文を今もたびたび読み返すくらい、川上さんの文章やご本人が好きだけど、肝心の小説は未読で、先に作家を知ってしまうと小説に入りこめない現象を恐れていた。でも杞憂だった。ツイッターでも活躍されているのを眺めていると、もうこの世にいない作家の本を楽しむこととは別の、今この時を生きている作家の本を読む良さを思う。
 

『紙の動物園』ケン・リュウ
 これも読まなきゃとずっと思っていて、ようやく文庫を買って読んだ。表題作は数ページの短編なのだけど、久しぶりに涙で溺れそうなくらい泣いた。感動をあおる文章はひとつもないのに。
 中国で生まれ、少年時代にアメリカに移住した作者のアイデンティティも作品に色濃く出ている。今、アメリカで差別の問題が再び持ち上がっていて、日本人のわたしは、人を差別しないなんて呼吸するように当たり前のことなのに、で片づけてしまいがちだ。この短い物語を読むだけでも、それがどんなに傲慢なことか思い知る。「人間」とか「〜人」などという大きな括りの下には当たり前だけどごく普通に生活するひとりひとりがいる。頭では分かっていても、大枠や表層だけで理解しがちというか……なんだか上手く書けない。
 あまりに溺れてしまったので、なんとなく尻込みしてまだいくつかしか読めていない。ケン・リュウ編纂の中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』もとてもとてもお勧めです。


『うどん、きつねつきの』高山羽根子
 不思議な短編。SFの賞を受賞しているけれど、ジャンルはよく分からない。物語もぼやっとしか分からない。けれど何かじんわりした言葉にできないものが残る。
 高山さんの『ビースト・ストランディング』(GENESIS所収)もとても好きだった。空から降ってくる怪獣を女の子がリフティングする、という奇想天外な物語なのだけど、場面の一つひとつが映画を観たのかと思うくらいはっきり脳裏に焼き付いていて、不意にその映像がフラッシュバックして気持ちがわあっとなる。なぜこの作品が自分にとってそうなるのかもまったく分からないのだけど、本を読む醍醐味のひとつだなあとしみじみする。続編出ないかなあ。高山さんの他の作品を読むのも楽しみ。

 誰かの読了後の感想を読むのもとても好きなので、どんなジャンルでもいいからみんなどんどん垂れ流してほしい。そして積読が増えていくのが嬉しい。

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