その10 贅沢な時間
ミステリを読むのが好きだ。ミステリファンからしたら浅すぎて話にならないくらいしか読んでいないので、小声でこそっと言うくらいの好き。
書店に行くととりあえず東京創元社と早川書房の棚に行く。なるべく前情報なく読みたいので、あらすじは薄目で見る。登場人物欄は楽しいけれど意外性がなくなるから見ちゃだめ。
ミステリなら何でも好きかというとそうでもなくて、凝ったトリックやハードボイルドには興味がないし、猟奇趣味やサイコパスな人物が犯人だと突然がっかりしてしまう。あとミステリと思って読んでいたらファンタジーやSFに切り替わってしまうのもフェアじゃなくて凄く苦手。科学捜査も趣がないから、指紋や血液型や粗い死亡推定時刻が分かるくらいの粗さでいい。なので第二次世界大戦後すぐくらいのお話が好きです。
好きな作家を3人あげるならアガサ・クリスティ、クレイグ・ライス、パット・マガー。彼女たちの物語を読んでいる間は、物がごちゃごちゃあるけど不思議と落ち着けて、面白い噂話や昔話を聞かせてくれる老婦人の家にお邪魔しているような贅沢な時間を過ごせる。人はあっさり殺されてゆくし、探偵は不自然に殺しと遭遇するのだけど、あの様式美を堪能しながら人々の暮らしとか人間の機微とかを愉しむのです。幸い記憶力が心配なくらいないので、時間を空ければ何度も新鮮に楽しめる。
言わずと知れたクリスティは『オリエント急行~』『そして誰も~』『アクロイド殺し』『カーテン』などの有名どころはやはりとんでもないし忘れられないけど、『予告殺人』『複数の時計』『パディントン発4時50分』とかが牧歌的ながらじわじわ怖くて好き。ABC殺人事件も上の有名どころの括りだと思うけどとても上手くて好きだな。
クレイグ・ライスは酔いどれ弁護士マローンと、美人で快活なヘレン、ヘレンの夫で憎めないジェイクの粋などたばた劇を読んでいるととても幸せな気分になる。『こびと殺人事件』が一番好きだけど、マローンシリーズではない『スイートホーム殺人事件』も良いです。
パット・マガーは犯人探しではなく『被害者を探せ!』や、夫殺しをした妻が迎える客人の中に探偵が紛れている『探偵を探せ!』とか、アイディアが面白い。『七人のおば』が一番好きだな。
最近読んだピーター・スワンソン『ケイトが恐れるすべて』はミステリというよりサスペンスなのだろうけど、凄く面白かった。前作の『そしてミランダを殺す』より好きだったな。魅力的なアパートメントとか、章の終わりのぞっとするところとか(向こうから誰かが見ている、とか本当に怖くて……深夜読んでたら怖くて大変だった)、細かいことがきちんと後で回収されていくところとか。犯人はあれでしたが。
あと、本筋もいいけれど、主人公がいつもつくるサーモンのパスタの材料を買いに出かける、とか、二日酔で頭が割れそうだからイブプロフェンを飲む、とか、ふと恋に落ちかける、とか人が生活しているさまを読むのがやっぱり楽しい。ミステリは謎解きと一緒に生きることの豊かさを味わえるから好きなのだと思う。
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