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Daylight Walz

鍵盤の前に立ち尽くしている。

十数年前は踊るようにショパンを奏でていたはずだ。いまはどうだ。まるで歩き始めた一歳児、すぐにつまづく。赤ん坊のように泣き出したくなるほどに、おぼつかない足取り。

十数年前にこよなく愛した楽曲、ワルツ第7番嬰ハ短調 作品64-2。ポーランドの民族舞踊マズルカを主題とするこのピアノ独奏曲は、光と影を纏った旋律で聴く人を幻惑する。哀愁を帯びた情熱の調べ。通っていたピアノ教室の先生は「あなた、ショパンが乗り移ったように弾くのね。」と評した。そう。僕はショパンが得意だった。

目を閉じて、若かりし日の華麗なステップを思い出そうと脳に血を巡らせる。右手は軽やかに舞う。1オクターブ高く跳んだ小指が着地する。射抜くような目。滑らかな曲線を描く唇。無邪気にくるくると舞って、憂いを含んだ眼差しで聴く者に妖しい笑みを投げかける。左手はずっしりと。奔放な右手を受け止める。

鍵盤の前でため息をつく。

どう頑張っても長年ピアノから離れていた両手は優美に踊れそうにない。降参だ。ショパンの楽譜を閉じて『バッハ ピアノ小品集』を開く。初級のピアノ曲が集められている楽譜を譜面台に置き、一曲目から順に弾いていく。時々音を外すことはあるが一曲を弾きとおすことはできる。いい調子だ。

端正なリズムを刻むバロックの和音が部屋を満たす。18世紀にバッハが妻アンナ・マグダレーナのために集めた練習曲が、21世紀のいま、カリフォルニアで鍵盤を叩く指をほぐす。

社交ダンスを嗜む友人が言っていた。複雑に見えるワルツの動きも分解してしまえばステップの組み合わせに過ぎない。ウィスク、ホイスク、シャッセ from PP、ナチュラルスピンターン、リバースターン。基本のステップを組み合わせ、舞踊の形が組み上がる。優美さは基本の型を習得したのちに現れる。ショパンのワルツも同じだ。基本の型を習得しなおすべきだ。大丈夫。やり直すことは恥ずかしくない。過去の輝かしい姿は一旦忘れて、愚直にやっていこう。

眩しい昼の光の中。足元を確認しながらワルツのステップを踏む。ロウソクの灯りゆらめく舞踏会。妖艶に舞ったあの日に再会するために。

ワン・ツー・スリー。


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#書き手のための変奏曲 です。

新しい表現を試しそれぞれの文章を磨き上げる旅に出ようというこの企画で、私は #noter文体模写 にチャレンジすることにしました。

「十数年ぶりにピアノを弾いたら、得意だったショパンが全然弾けなくなっていてバッハばかり弾いている。」
この日常の一コマをあのnoterさんだったらどういう角度で切り取って、どういう筆致で描くだろう、というのをやってみます。模写をしている間はキーを打つ指のテンポが変わるし、PCを覗き込む自分の表情もなんだかいつもと違う気がします。
シリーズ化するよー。難しそー。


今回の文体のオリジナルはどなたか、みなさんお分かりになりましたでしょうか。分かりましたね。
耽美な表現が特徴的な嶋津亮太さんでした。

嶋津さんご自身が日頃から意図的にnoteの書き方を変えていらっしゃいます。抽象的な表現やモノローグの割合であったり、一文の長さや段落の構成であったり、複数のnoteを比べて読むとそれぞれ違いがあるのがわかります。
違う調子で書かれていても、なお滲み出る嶋津さんらしさ。
そのエッセンスを抽出して、ぎゅっと煮詰めて模写をしてみました。
うまくできただろうか??

次回の文体模写は誰でしょうか。お楽しみに〜。

♡を押すと小動物が出ます。