ジャニス・イアンのことー女性ヴォーカルについて

 昔から女性ヴォーカルが好きだった。
 洋楽ならローラ・ニーロ、ジョニ・ミッチェル、キャロル・キング、シェリル・クロウ、ボニー・レイットなどなど。邦楽ならユーミン、五輪真弓(歌謡路線以前)、山本潤子、古内東子、土岐麻子、吉田美奈子などなど。中島みゆきはあまり聴かなかったのは、多分演歌や女の情念系みたいなのが少々苦手だったからか。まあこのへんはただの好みの問題で、特に深い理由はないかもしれない。昔、よく聴いたけどいつのまにか聴かなくなったものも多いし、たった1枚だけ愛聴盤のように時々引っ張り出して聴くものもある。
 多分、1990年代あたり以後の人でメジャーな人はほとんど聴いていない。椎名林檎も出始めはよく聴いたけどいつの間にか聴かなくなった。同じパターンはスーパーフライとか。凄い熱量の人が出てきたなと思って最初の頃は出ればCDを買い求めていたけど、いつのまにか聴かなくなった。車のiPodでかかるとなんとなく飛ばしてしまう。そういえばaikoはベスト盤見たいのを何枚か持っているけど、今はやっぱり聴かない。
 まあ年齢のせいもあり、昔のもので十分みたいな感じになっている。音楽的趣向の保守的傾向。そういってしまえば身も蓋もないけど、多分そういうことだ。だんだんと新しいものを受容しなくなっている。毎月3本は新しい映画を観ましょうと言ったのは淀川長治先生だ。古いものよりも新しいものの方が価値あると誰かが言ったような気もするが、さて誰が仰ったのか。
 ジャニス・イアンのCDは地元の市立図書館で見つけた。懐かしい。

 2枚組である。彼女のことを知ったのはいつ頃だろう。多分、ヒットした「17歳の頃」を聴いたのだと思う。彼女の歌は自伝的というか私小説っぽい。多分、歌詞の意味性が重要だ。なぜか知らないが「17歳の頃」も一生懸命英訳しながら聴いたような気がする。
 多分、「17歳の頃」の次のシングルだったと思うが、「I would like to dance」も中ヒットした。その曲が当時購読していた学生向け英字新聞に載っていた。歌詞と一緒にちょっと難しい語句の解説がついていた。多分、そっちが先で訳詞をしてそれから「17歳の頃」に行ったような気がする。
 両方ともパッとしない、さえない女の子の心情をうたったもの。それが多分、同じようにパッとしない、さえない男の子だった自分には投影されたのかもしれない。当時の自分はもう情けないくらいにさえない、コンプレックスに満ちた男の子だった。もう一度若い頃に戻るとしても、17歳の頃はまっぴらごめんと思うくらいさえない生活だった。
 受験に失敗して三流高校に通い、いちおう受験勉強して大学で人生を取り返そうともがいていた。男子校で華やかな同世代の女の子とはあまり縁もなかったし、映画とジャズ喫茶に逃避していた。今思い返しても赤面もののさえない子どもだった。
 そういう男の子にさえない女の子のさえない思いをうたうジャニス・イアンはけっこう滲みた。まあそういうことだ。

At ugly girls like me, at seventeen
それはまさしく「At ugly boys like me,at seventeen」だった。 

 

 そして「I would like to dance」。これは実は今回借りてきたベスト盤には入っていなかった。ベスト盤にも入らないのかとちょっと残念。アップテンポで少しラテンテイストの曲なので、日本的なジャニス・イアンの受容という点ではちょっと違うということになってしまったのか。YouTubeで当時の彼女のライブのフルバージョンを見たことがあるが、アップテンポということもありラストかその前くらいにこの曲を持ってきていた。一応最後にノリノリな雰囲気で盛り上げるのに最適という選曲なのだろう。もっともこの曲の歌詞も「17歳の頃」と同じように暗い。
 「17歳の頃」がどちらかといえば、24歳くらいの今の自分が、17歳の頃を振り返るみたいな、どこか突き放したというか客観性を帯びているのに対して、「I would like to dance」はより直截な感じで、暗い、黒い、女の子の思いがストレートかつ意味深に吐露というか、吐き出しているような印象がある。それが明るい曲調とのギャップと相まって複雑な思いになる。お気楽なダンスミュージックに暗い思いを歌い込む。ジャニス・イアンは多分元祖こじらせ系女子ヴォーカルみたいな感じもしないでもない。
 まあこじらせを詩に昇華させて歌い上げるという点でいえば、ローラ・ニーロだって、ジョニ・ミッチェルだって変わりはない。彼女たちに共通するのはというと、多分、単に情念歌いましたみたいなウェットな部分だけではないこと。どこかで突き放して自分や周囲、社会を見つめる部分を備えている。そう彼女たちには作家性があり、自己の思いや視点を詩に昇華させる。そしてウェットとか真逆な部分、そう彼女たちは実はハード・ボイルドなのではないかと、これはちょっとした思いつき。
 さらにいえば、ローラ・ニーロやジャニス・イアンが心情吐露、私小説的な部分を強く帯びているのに対して、同じように体験(主に恋愛から)をもとにした歌詞(=詩)から出発したジョニ・ミッチェルはハードでシニカル、より象徴性を帯びた歌詞へと変わっていったような気もする。次々と男性ミュージシャンと浮名を流した彼女には、どこか肉食的な雰囲気があるし、女性性に留まらないような部分を感じたりもする。まあこれはまた別の話。
 とりあえず「I would like to dance」は借りてきたベスト盤にはなかったので、1曲だけアップルだかアマゾンでポチることにした。そして高校生の頃に英字新聞を訳した体験があるためか、この曲が実は一番好きかもしれない。

Look at me, I would like to dance
I've a book illustrating the stance
And I can't get my head to go where I lead with my toes
Feel so low
私を見て、踊りたいの
ダンスの本も持っている
でもうまく踊れない
落ち込んでいく

 

 まあ適当だけどそんな感じか。ダンスパーティにも行けない、行っても壁の花になってしまうさえない少女の思い。この頃のジャニス・イアンはさえない少女のこじれた心情を歌にし続けていたんだろうか。

 ジャニス・イアンはもともと15歳の頃に異人種間の恋愛を歌った「Society's Child」がセンセーショナルにヒットした神童だった。でも1967年というセンシティブな時代にあって異人種の恋愛を10代の少女が歌うということの反響はすさまじく、その後しばらくは低迷状態になったとも。70年代にはまずソングライターとしてロバート・フラックに提供した「ジェシイ」が大ヒットし、そこから2枚のアルバムと「17歳の頃」のヒットで復活した。
 多分、その後はひょっとしたら本国以上に日本でヒットした歌手だったのではないかと思う。山田太一のテレビドラマ「岸辺のアラバマ」もとい「岸辺のアルバム」のテーマ曲がヒットした。あのドラマはリアルには観ていなかったが、元になった多摩川の決壊と流されていく住宅の映像はいまだに覚えている。あれはインパクトがあったな。
 ドラマは良妻賢母な八千草薫が竹脇無我の不倫、そして家族の崩壊と最後に多摩川の決壊というそんな流れだっただろうか。あのドラマにピアノをフユーチャーしたジャニス・イアンの「Will you dance?」がテーマとなっていた。

  結局のところジャニス・イアンといえば「17歳の頃」、「I would like to dance」、「Will you dance?」の3曲だけかもしれないなと思ったりもする。一応iTunesに取り込んだけど、スマホや車には多分この3曲だけ入れることになるだろうか。
 「ジェシイ」も好きな曲ではある。ジャニスのベスト盤にも本人バージョンが入っているがスローな雰囲気はロバート・フラックのものと同一だ。でも個人的にはもう少しテンポアップした方が好き。そう自分が好きなのはジョーン・バエズのバージョンだったりする。これは昔コピーして歌ったりもした。ギターはほぼこのパターンで男性が歌うと、どこかジム・クロウチの「 Time in a Bottle」風になって割と気に入っていた。


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