娘の解と私の解
娘の夏休みの宿題を丸付けする毎日。
試しに3桁のひっ算を、私もちゃんと計算しながら丸つけしていたけど、
だんだん面倒くさくなって、電卓で計算するようになってしまった(笑)
こんなに便利な機器があるんだから、使わない手はないよねー!
漢字だってぶっちゃけ、大人になったらあんまり書くことないし。
検索すれば出てくるし、読めれば書けなくてもいいんじゃないか?
とさえ思うけど…。
まあ、これが今の学校教育なのでね。
とりあえず間違いは辞書で調べさせるようにはしてる。
分かんないところは、どうやって調べて分かるようにするか、も
お勉強の一つ、ということに。
(ただ自分が楽したいだけということでもある)
そんな中で、一つ壁にぶち当たった。
算数で、先生の模範解答とは違う解を導き出した娘。
どうしてこの答えにしたの?と尋ねると、
問題の盲点をついた返答をする。
ああ、確かに…。と納得して、
一旦は×にしていたところを〇にした。
ついでに「お母さん的には〇です」とコメントも書いておいた(笑)
娘は、誇らしげだったけれど、
後から考えると、本当は、先生はこういう解が欲しいんだろうなという察する力を養う機会を逃したのかもしれない…。
でも、算数だし、論理的思考力という意味では娘の説明する内容の方が納得できるし…。
”子供にどういう力をつけてほしいか”
に重点を置いた教育をしたらいいんだろうけど、
自分はそれが定まってないから、悩んでしまうのかも。
答えは出ていないけど、こんな壁は、今後何度もぶつかるのかもしれない。
その時々で少しずつ、私の解を求められたらいいなあ。