ティボルトのナイフとその象徴

突然ですがティボルトのナイフについて語ります。なおこの文章中で登場するキャストは全てB日程を前提としていますのであらかじめご了承ください。有り体に言うと瀬央さんのティボルトについての怪文書です。


ティボルトは「俺の強い味方 それはこのナイフ」とナイフを閃かせて見せるが、ナイフだけであれば、マーキューシオはもちろん、何ならロミオですら所持している。それでも、ティボルトのナイフがあのようにピックアップされるのは、ティボルトのナイフは彼にとっての象徴だからではないかと。
‪私は、ティボルトのナイフは彼の勇気の象徴じゃないかと思っています。彼がナイフを取り出すのは、「ヴェローナ」の場面と決闘の場面、あとは仮面舞踏会でロミオ達を追い払おうとする場面(他にもあったらすみません)。時系列的にはヴェローナ→仮面舞踏会→決闘なわけですが、まずヴェローナではそのナイフが「俺の強い味方」であると提示される。そして仮面舞踏会でのナイフは、ジュリエットにちょっかいを出す敵(モンタギュー)を追い払うためだけに使用され、誰かを傷付けることはない。そして、続く「本当の俺じゃない」では、「幼い頃は勇気あふれるヒーローになる夢を見ていた」という告白がある。この場面までのナイフは彼にとって、いわば神の加護を受けた勇者の剣のような、勇気をくれるお守りのような、そういう存在だったのではないかと思う。
そして、決闘の場面ではついにそのナイフで人を殺す時が来る。彼はその時に、マーキューシオと共に、自身の柔らかい部分にあったその幼い頃の夢まで刺し殺してしまったのではないかと思う。たしかに、「人を殺す」ということは、一つの勇気の究極の行為かもしれない。けれども果たしてその行為は、「勇気溢れるヒーロー」に相応しい振る舞いだったのだろうか?誰かを守るためではなく、己の怒り、激情のために人を殺す。‬その驚き、興奮、動揺が、マーキューシオを刺した後の直後の芝居に表れていたのではないかと思う。そしてその後、寄ってくる女を両手に侍らせ、受け取った酒を飲み、そして一度目は飲みこぼす。その後も何度も何度も酒を口にする。彼は、人を殺しながら、誰より自分が驚いていたのではないのだろうか。しかし、キャピュレットのリーダーとして、それを見せることは許されない。いかにも余裕綽々とした様子を見せなければ。そういった思いが、彼の胸の内に嵐のように吹き荒れていたのではないだろうか。ついには自分自身で自分の憧れを殺してしまったティボルト。もし彼がそのまま生き延びていたとしたら、いったいどうなっていたのだろうか。大人達に歪められ、気がつくと拳を振り上げ戦い始めている。そんな彼は、マーキューシオを殺したことで、とうとう引き返しては来れない場所まで追いやられてしまったように見えた。
そして、彼はロミオに復讐され殺される。マーキューシオはロミオとティボルトに支えられていた反面、ティボルトは刺されたあと誰にも支えて貰えない。ただ冷たい階段に身を横たえ、短く呻き声を上げたかと思えばそれで息絶えてしまう。きっとキャピュレットの若者たちは、誰も「ティボルトが死ぬ」ということを考えたことがなかったのだろうと思う。ローマの戦士のように勇敢で頼もしく、そして荒々しい、一人で敵に立ち向かって行くティボルト。そんな彼が、敵の卑怯な一撃で地に臥すなど!(どうでもいいですけどあそこのロミオの殺意がすごい。全身の体重かけて刺しに行ってる。裁判でも確定的殺意が認められるレベル)
ティボルトはもはや「勇気溢れるヒーロー」ではなかったかもしれない。それは本人も承知のことだったのだと思う。しかし、キャピュレットの若者にとっては、確かに彼はヒーローだったのだろう。そして、ヒーローであるが故に、誰も、彼が傷付き倒れ、そして時には命を落とすのだと言うことを、分かってはいなかったのではないだろうか。モンタギューの三人が三人で自認する世界の王だとしたら、彼はキャピュレットの若者にとって、たった一人の「世界の王」だった。それが、彼にとっては孤独の玉座だったとしても。

【補足】
書いた後に思い出したんですけど「憎しみ」の前のキャピュレット夫人とのやり取りで「俺には戦の神マルスが付いている」ってナイフを翳してますね。やはりティボルトにとってナイフはそういった存在なんだろうなと。そして、対するモンタギューチームはマーキューシオがナイフをおもちゃのように扱っている。もしかするとティボルトにとってのナイフは、勇気の象徴であると同時に「そのように意味付けしなければ恐ろしくて持っていられない物」だったのかもしれない。マーキューシオやロミオはそんな意味付けなどなくとも当たり前のようにナイフを持っている中、ティボルトだけが過剰にナイフに意味を与えているように見える。だからティボルトは「格好つけた臆病者」と揶揄されるのかも

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