摩訶不思議な夜


 代々木駅から5分、とその紹介文は、うたっていた。
どうやらマンションの一室らしい。

 
 そのマンションがどういう設定なのか推測すると
事務所だと思う。
東京にある事務所。なにしろ外国人のその講師は、忙しい人なので世界中にこうした事務所があって飛び回っているらしい。

 その忙しい彼女が、日本で講義をするというので、
代々木にあるマンションの一室を目指していった。

 代々木駅から5分。まだ、時間があるだろうと、1時間前にハンバーガーショップに入った。
 ハンバーガーにかぶりつきながらGPSでマンションの住所を確認。

 まあ、5分で無理でも10分以内に着くだろう、と踏んだ。

 代々木に土地勘があるか、といえば、なくはない。以前の仕事で、プレゼンに訪れた会社だとか、新宿から歩いて明治神宮へ行ったとか、その程度ではあるのだが。

 とはいえ、時間に遅れるのを好まず、慎重を期する方なので、そのマンションの場所を先に確認しておこうと40分前にはハンバーガーショップを後にした。


ここのはずだが…。


確かに住所にマンションはあった。しかし、マンションの名前が違う。ポストに講師の事務所名もない。

マンション名は、
ダイアモンドコンフォート
なのに
代々木の住所にあるのは
コンフォート。

ダイアモンドが、ない。
おかしい。

これは、どういうことだろう。外国人である彼女は、
情報の記入を間違えたのか?

さまざまな憶測が頭の中を駆け巡ったが、おもいたって、GPSの検索に住所+マンション名を選択していれてみた。
ここで、ビックリしたのだが、携帯に届いた住所表示が変わった。
代々木でなく弥生町になっていた。そしてマンション名は、ダイアモンドコンフォート。

どういうことだろう。
キツネに化かされたような…。

もしかして、この講義は、いちげんさんが訪れてはいけない場所なのではないだろうか。

ありうる。

 なにしろ、彼女は、超有名人、めったにお目にかかれる人物ではない。しかも、普通の能力者ではなかった。


 私など、訪れてはいけない講義だったのかもしれない。とおもいつつも、本当に弥生町にダイアモンドコンフォートはあるのか?という別の興味が湧いてきて、せっかくだから訪れてみようと思った。

 普通、この時点で、怪しいから諦めるとおもうが、
そういう点において、私は普通ではない。

 この講義、無料のビックリサプライズ情報でたまたま手にいれただけだったので、だれを責めるわけにもいかないのだ。

 情報表示が間違えたところで、返金があるわけではないし。では、なぜその情報がでまわったのだ?これはなんだ?


この摩訶不思議な夜はなんだ?


この夜の意図はなんだ?


 ちょっと普通ではない私は、そのまま、GPSをすすめて走り出した。
 時間はまだある、講義の開始までに。


 決して代々木駅から5分ではない、その場所に向かって住宅街を抜け、高級マンションを抜け、高速をくぐり、大通りを横切り、走る。


 その時、わたしの頭の中では、別の物語が展開されていた。

 なにがしかの闇の勢力による陰謀展開、あるいは、超有名人の彼女の講義を受けるためには、
この試練を乗り越えてたどり着いたものだけが受けることができる、とか?


 闇の勢力インボウロンでは、
そのダイアモンドコンフォートは、超有名講師の講義などではなく、
殺人死体遺棄現場であって、そこに用意された犯人として、この私が用意される、というもので…。


いやはや、いきなりミステリー。


 あるいは、選民思想?なのか、ただであるがゆえに
このビックサプライズ講義は、なにかの選考課題。



 名探偵コナンなのか、ヤマト宅急便のバイトなのか、私は、知らない道を暗闇の中、走っていた。


 そして、いくつもの路地を曲がり続けてGPSの指し示すその場所に

ダイアモンドコンフォートはあった。


いやはや、実在したよ。
え?もしかして、この場所で講義があるのか?


しかし、時計は開始時間を8分過ぎていた。
そして、そこにたどり着くまでに展開されていた自分の頭の中のインボウロンが私をとどまらせてもいた。

ありえないよな。

とおもいつつも、ありえないことがあるのがこの世の中で、とも思う。

 
講義が開始されているということは、世界に向けてZOOMでも放映が開始されており、そういうことからも、わたしは、この会場に入っていくことができなかった。

 事務所に時間が間に合わなかったので帰りますとメールをし、そのまま、その場所を後にした。



 新宿駅の方が近かったので、そのまま、新宿駅西口を目指した。
単に都庁の高層ビルに向かって歩いていっただけだが。


 流れ行くヘッドライトが、川のようで、コロナで人もまばらな牛丼屋の明かりが眩しくて、新宿公園の葉っぱが、必要以上にみずみずしくて…


 こんな夜に、汗かきながら走り回り、一体何をやっているんだ?と自分のことを省みる。


帰りの電車の中で
車窓から街の明かりを眺めながら、ふとそばに誰かいる気配を感じた。


 みえない存在のアノヒトなのか。
なぜ、そこにいるのか、ここにいるのか、関係があるのか、わからないが、まあいいよ、とおもった。


https://youtu.be/X8TCB9s1kRs

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