好きになってもいいのかな

好きってなんだろう。好きは量や誰かと比べるものではなくて、心の中の小箱の中に、傷つかないように、大事にしまっておいた方が良いのだろうか(パンドラの箱に残ったという希望のように)。

わたしは会社の女の子を好きになった事がある。その人はわたしと誕生日が偶然同じだった。さらに乗ってる車の車種と色が全く同じだった。自動車通勤の弊社は暗黙の了解で、誰かと車種や色が被らないようにするのが通例だが、その人は入社前に買ったので仕方がない。それにしてもビビった。
その事で色々冷やかされた。今日は真知子(仮名)さんの誕生日だねー!あっそういやお前もか、とか、これは運命だからもう付き合っちゃえよ!とか先輩に適当な事を言われた。あと、わたしの名前の半分の漢字が真知子さんとは同じだった。

真知子さんはまあ明るくはない感じで、眼鏡かけててクソまじめを絵に描いたような人だった。同期の女性の人は芸能人?というくらい顔が小さくてギャルだったので絶大な支持を得ていたが、真知子さんも一部の評論家の間で「眼鏡はずすと絶対かわいい」「ダイヤの原石だ」などど言われていたりした。確かに小柄で色白で、ほくろの多い感じがたしかに別嬪要素はあるなとは思った。

同僚が、真知子さんを気に入っていた。それは誰の目にも明らかで、大した用もないのに職場に行ってはなしかけたりしていた。ただひとつ、わたしは見たくないシーンがあった。彼女に触るのだ。冗談を言ったあとになんでやねん、っていう感じで触る。話の最後にそれじゃ!って感じでポンと触る。別に海外ではだからなんだ、という事なのだが、とてもモヤモヤした気分になった。
次第に行動はエスカレートし、彼女が仕事終わる帰宅時を待ち伏せる様になった。更衣室から出てきて帰る途中のロビーで待ってて、お疲れ様ーと言って15分くらい雑談。彼女も良い人だったので普通におしゃべりをする。

それはあまりにあからさまなので、正直よく思わない人は多かった。付き合っちゃえよ!の適当な先輩からはあれは真知子さんが気の毒だ、明らかに嫌がっている、おまえなんとかしろよ!とか言われた。そんな事言われても。わたしは雑談が絶望的に下手くそなので、真知子さんとは業務の話くらいしかしなかった。正直あまり真知子さんは自分から話すタイプじゃなかったので、わたしが話す事で少し何かが分散されるのではと思った。
しかし彼女の休憩時間にあからさまにあわせたりするのは同僚と同じになってしまうので(ていうか仕事的に無理)、たまたま休憩室が一緒の時は頑張って同じテーブルに座って、よくわからない話をした。彼女は眼鏡越しの目で私をみて、なんだそれはという話をうんうんと聞いてくれた。
わたしは真知子さんを好きになってしまった。

そうなるともう彼女の職場に仕事の話しに行く時も緊張してしまって仕方がなかった。嫌われてはいないか、なんなら好意をもってくれてるだろうか、雑談なんて挟んだら真面目な彼女はどう思うのだろうか。ていうか彼氏はそもそもいるんだろうか。などと色々考えると仕事が手につかず鬼の様な上司に罵倒されるので、心を無にしようと心がけていた。

付き合っちゃえよの先輩には真知子さんが好きな事は話してた。ある日その先輩が、真知子さん彼氏いないらしいぞ、お前とお食事でもどうだと聞いたらまんざらでもなかったぞ、と言ってきた。何という事を。もうお誘いするしかないではないか。嬉しかったが、お膳立てされてるのがだらしないと思った。

真知子さんと夕飯を食べに行った。ネットでどこにそのパワーあったのかというくらいめちゃくちゃ店を探して、彼女の家方面で一軒決めた。その店は彼女は知ってて、高校の頃よく来てたそうだ。
何の話をしたか忘れてしまった。彼女は猫が好きだとの事で、何か動物飼ってますか?と聞かれて親が動物嫌いだから飼ってなかったなーそういえば後輩の須賀君(仮名)も猫好きらしいよーなどとなんで俺は自分の事ではなく他の人の話ばかりしているのだ、と思った。
実際、わたしには話すことなんて何もなかった。毎日会社と家の往復で、特に打ち込んだ趣味もなく、土日は部屋の掃除と必需品の買い物で終わる日々で、話したいことなんて何もなかった。

帰りがけ、また誘っても良いですか、と言ったら良いですよ、と言ってくれた。ただ、その後メールをしてもかえってこず、唯一「いまはもう少し待ってください」とだけ返信があった。

その後、何もなかった。しつこく聞くのは多分ダメだろうと思ったのでもうその話はしなかった。そうこうするうちにわたしは仕事でアジアの某国に赴任する事が決まり、バタバタと日本を後にした。

赴任直後に日本で大きな地震があり、甚大な被害が出た。わたしは信じられない気持ちで、ただただNHKの国際放送から流れるニュースと映像を見つめていた。

わたしは新しい街にくるととにかく全貌を把握したい、と思う方なのでとにかく街を歩いた。汗だくになりながら、バイクの洪水のなかを、木や草が繁殖して通れない歩道を、切れた電線を撤去せずに新しいのをつけるからぐっちゃぐちゃに電柱に巻きついている風景を眺めながら、歩いた。

それから数年。ある日いつものように出張者がやってきて、仕事帰りに夕飯を共にした。湖沿いのインドカレー屋でワイン飲みながら仕事とか最近の話とかしながら食事を楽しんだ。
鬼のような元上司もその時きていた。以前は罵倒しかされなかったのだが、最近はなんかこっちに来てからかわったね、頑張ってるな、などと声をかけてくれるようになっていた。わたし超頑張ってたので少し嬉しかった。

その上司「あのさ、すごいニュースがあるんだが」とおもむろに切り出した。すぐにわたしにとって良い話ではないような気がした。「須賀君、こんど結婚するんだって。相手誰だと思う?」

みんなで片っ端から会社の女性の名前を挙げるが、みんな当たらない。名前を出しては、その年の差は犯罪だろ、とか馬鹿野郎〇〇さんは既婚者だ、とか言いながら盛り上がった。
わたしは覚悟を決めて言った
「真知子さんですか」
上司「おー、鋭いね。そう、真知子さん」
そのあとの話は上の空だった。
震災でみんな食べ物がなくなってしまったのだけど須賀君は料理が趣味で家に食材が沢山あったので、色々作って会社でみんなに振る舞ったりしていた。
上司「そんなの、好きになっちゃうに決まってるよな〜
わたしも、決まってますよね、って言った。

その頃もうわたしは大体街が分かってしまったのもあり、散歩もせずに休日は部屋でYouTubeばかり見ていた。当時Perfumeが好きだったのだが、三人祭りという対バンイベントに新潟のアイドルを呼んだとネットニュースで見た。Perfumeが売れる前、切磋琢磨したグループらしい。見てみるかと思い、検索で出てきたMVを見てみた。

見とれてしまった。アイドルはAKBや乃木坂、もしくはももクロしか知らなかったのだが、こんなに可愛いアイドルが地方都市にいるのか、と衝撃だった。3人が思い思いのルートで東京を目指して歩くMV。
「好きになってもいいのかな?」と言っている。わたしなどのようなものが、好きになっても良いのか。もう少ししたら、日本に帰れる。帰ったら、必ずNegiccoのライブを見に行こう、そう思った。

(あとで「あの頃。」という映画で主人公がモー娘。にハマるきっかけのシーンを見て、あっ同じじゃん、って思い笑ってしまった。)

帰国後、会社の人の退職するので送別会があった。須賀くんの奥さんも当時お世話になったとの事で来るという。大分時間も過ぎていたので心は落ち着いていたが、やはり緊張した。会ったが、眼鏡姿は相変わらずだった。席は離れていたし、目を合わせる事も話す事もほぼなかったが、最後に外でお疲れ様でしたーの時、目が合った。

なんと表現して良いのかわからないが、悲しそうな、もしくは怯えたような目をしていた。その時、ああこれで全部忘れる事ができる、と思った。
わたしは真知子さんとコミュニケーションをろくに取らなかったし、好きである事も伝えなかった。私も、あの同僚も、大して変わらなかった。

わたしは、何かを好きになろうと思った。たとえ誰がなんと言おうとも(実際は言われると凹むが)。できるかどうかなどわからないが、やらないとできないのだから。



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