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独創力について

こんにちは。最近のベルリンはついこないだまで冬服を未だに着込んでいたのにここ数日は完全に夏日。よく言う話ですが、春がほんと短い。というか季節の変わり目が凄く急。体調崩しそう。

とまぁなんか最近Youtubeでこの動画を見て、凄く面白くて自分の作曲に対する姿勢みたいな物にも凄く学ぶものがあるな~と思ったので、それについて自分のためにも思った事を書いておきたいなと思ったので書いときます。

【爆問学問】爆笑問題のニッポンの教養 爆笑問題×京大 独創力!
https://youtu.be/CIKTCsePKrw

まぁ動画の中で独創力というものについて、色々議論されているんですが、まぁそもそも独創力っていう物自体がフワッとしてるし、答えが決まってるものでは無いと思うんですが(というか決まってないから面白いんだけど)、自分自身を見た時にそもそも僕はあまり0から1を生みだすという意味では全く独創的な人間ではなくて、どちらかと言えば、今ある1とかを2とか3とかにするのが好きなんです。かたや、オリジナルな物を作ろうとして頑張ってる人達もいて。まぁ厳密に言えば、音楽の世界で今から1を生みだすって途方もなく難しい話だと思うんですけど、気概の話として。

でも自分自身の音を振り返ってみると、今の自分の音ってドラムンベースっていう枠の中で頑張って面白いものを作ろうっていう感じなんですよね。でも最近感じるのが、その目指す面白い物ってその枠の中にいて表現しきれるものなのかな?と。結局その枠に戻ってくるかもしれないけど、一回その枠を壊してみるのも大事なんじゃないかな?と。

この考え自体は以前から考えてはいるんですが、体現するのってホント難しくて、人って無意識の中でホントに勝手に枠とかルールを作っちゃってて、それを自分で気付いて変えていくってホント難しいんですよね。動画内でもあるけど、自分で独創的だ!って思った事は、結局何かの枠とかホントにオリジナルな事じゃなかったりしたりして・・・。大人になればなるほどそういう枠に囲われていきやすいと思うし。まぁあとリアルな話でいえば、生活もあるしね・・・。
とまぁ、例えば子供の時ってヤクルトとかあの駄菓子屋で売ってたやっすいコーラとかソーダ味のプラスチックに入ってる飲み物とかを開け口からじゃなくて、何故かケツの方からかぶりついて、飲んだりしたじゃないですか?あれとか、ホント意味分からんし、アホなんだけど、あーゆー事を大人になると自然としなくなっていっちゃうな~と。まぁ面倒臭い事いうと、その飲み方も誰かから聞いて学んでやってた事でしょ?独創的じゃないよね?みたいな事も言えちゃうんですけど。
でも、なんにしろ子供の時ってホント独創力しかないというか、なんというか。色んな遊びを発見してたよな~って。

音楽もやればやるほど、自分のやり方とかルールみたいなのが出来ていって、それがその人の音、というシグネチャーにもなりうるけど、そういう概念って段々、その人にとって武器だったのに気づくと自分の首をしめてる、みたいな事にもなると思うんですよ。だから、有名なアーティストが名前を変えて心機一転もう一回やり始める、みたいなのもよくあるし。
人からの評価を得ると嬉しいし、自分がやってきた音が認められた気がするし、良い事なんだけど、結局人って同じ所に留まらないし、常にちょっとずつ変わっていって、自分自身とアーティストという面の自分が段々剥離してくるというのかな?そうなっていって結構病んでしまう人も多い気がする。
うん。
まぁホントの自分自身と社会的な面での自分でも同じ事が言えると思う。日本の場合はこのギャップに心を病んでしまう人が多いような気がする。

まぁちょっと話戻して、何か独創力っていうと、凄いこう、フィーリングの話な気がして、持ってる人と持ってない人っていう考え方を僕自身は以前はしていて、自分は独創力があるタイプじゃないから、色々と計算しながらやろうって思ってたんですよね。というか今もそうかな。まぁ計算してやることも独創と言える事もあるけど。でもこの動画見たり、最近の考えの中では、さっきの子供の頃の話に通ずるけど、みんな多分そもそも独創力があったんだけど、大人になるにつれて、勉強だの社会での倫理観だの、友人関係のどうのこうのだの、そういうの経てより現実的な、というか生きる上で便利な能力を得ようとする、というか。そんでそれを使って生きようって多くの人はなると思うんですよね。だから正直、一つの例だけど、日本というか東京の暮らしで言えば、独創力って生きる上で大切な物とは思うけど、それ以上に持ってたら便利な能力ってあって、それを詰め込んでいくと、独創力って衰えていくんじゃないかな~っと。上記の動画内じゃなかったと思うけど、太田さんが勉強をすると失う物もあるって言っていて、ホントそれはそうだな~と思っていて、勉強をするっていうのって、ある意味自分の中で枠とかルールを作る事だと思ってて。かと言って一切勉強せずに破天荒な事をやろうとしても、それは訳の分からない事になる事がほとんどだと思うので、勉強は大事なんだけど。

うん。なんか書いてて訳わかんなくなってきた。

あ、そうそう。あと、いわゆる”天才”(肉体的に常人と造りが違うタイプはおいといて)と呼ばれる人達って勉強しながらも、子供の時の独創力を失わない人達なんじゃないかな~って最近思います。勉強した物に対して成長過程の中で疑問に思って、それに対しての問題解決のために行動をしていく人、というか。こうやって文字で書くと凄いロジカルに聞こえるけど、それをナチュラルな熱意とか純粋な興味からやる人、っていうのかな?自分自身、学生時代勉強してた頃って小学生低学年とかの頃までは、何でそうなの?っていう問いかけが常にあったと思うんですけど、いつからか「そういうもんなんだ」と考えて、それ以上考えなくなってしまったというか。授業終了時、少し疑問に思う事があっても、最後に手挙げて質問する事よりも、変に休み時間に食い込まない様に手を挙げないで、終わらせた方がいいかな、とか空気を読む能力の方が大事な様な気がしていたし。

独創力を殺す一番の考えって、なんだろな~って思ったら、もしかしたら協調性なのかもな~って思いました。この協調性の怖いところって、ホントに協調してるかどうかはわからないというか、虚像に協調しているというか。なんというか。例えばさっきの例でいうと、A君はホントは質問したいと思ってる、B君もホントは質問したいと思ってる、C君も同じく。だけど、協調性が働いた答えって”質問しない”だったりするんじゃないかなーって。
一体何に協調してるんだろか?

まぁなんか、動画内でも言われてるけどいわゆる独創的な人って、周りから冷ややかな目で見られる事も多々あるとは思うんですよね。それに結果が伴えば周りの目も変わるんだろうけど。
周りの目を気にして人に嫌われない様に生きる人生と、自分のやりたい事しりたい事を追求する人生、どっちがいいかなーと。まぁ実際の人生はそんな単純じゃないし、僕もよし!今日から周りの目を気にせず独創的に生きるぞ!とはならないんですけど、僕たち日本人って、恐らく他の国の方達以上に周りの目とか社会性を猛烈に意識しちゃいがちなので、そこらへんの意識を見直してみるのも大事だな~とこの動画見て自分自身思いました。

まぁなかなかフワっとしたテーマなんで、人それぞれ思う事が違うとは思うけど、そのみんなそれぞれ違う事を考えるのもまた独創性だよな~と綺麗にまとめた風な事言って終わります。


おわり


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