悪意ある女子高生たちと対峙する

 病棟を出ると、屋上から見た場所に、まだ彼女たちはいた。見舞いに来ていたメガネの子は集団側についている。駆け寄ると全員の視線が集まった。

 「何こいつ」

 この前見た時よりも人数が何人か増えている。一人対六人。

 「何してるの、君たち」

 息切れするのを堪えながら聞いた。階段を駆け降りた位でこんなに息が上がっていることに驚く。

 「あんた誰」

 見りゃ分かるだろ、ここの患者だよと思ったが室内着を全部洗濯してしまったのでTシャツにジーンズだった。俺は誰だ。いじめられっ子の親か。にしては若いか。

 「私は」口が勝手に動いていた。「医者です、ここの」

 「だから何」

 「だから何って、ここは結核病棟ですよ」

 「知ってるよ。変な菌持ってる人たちの病院でしょ」

 集団の中でも、一番体格のいいのが答えた。リーダーだろうか。悪びれる様子もない。

 「知っているなら、なぜこんな所をうろうろしているんですか」

 「そこにいる子の、お見舞い」

 歪んだ笑顔のまま彼女を顎で指した。

 「見舞いには許可がいるのを知ってますか」

 僕の言葉に女子高生たちに、一瞬だが戸惑う様子が見られた。

 「知らない」

 ふてぶてしい表情はあくまで崩さず、リーダーが答える。

 「それはまずいですね。いいですか、結核菌に感染した者は入院しなければならないことが法律で決まっています。そして感染者の家族にも結核の検査は義務づけられています。お見舞いに来る人もそれは同じです」

 面白くなさそうな、不貞腐れたような顔で皆一様に黙る。

 「あなた方はもう検査を受けましたか。万一本人が無自覚のまま、感染者が登校していた場合、学校の全生徒が検査対象になりますよ。全員高校生のようだけど、学校名を教えて下さい。病院としても放っておく訳にはいかないので、連絡します」

 「学校」に「連絡」という単語を聞いた瞬間、彼女たちの顔色が変わった。後のことを考え、必死に計算している。不良でないから余計質が悪いのか。

 しばらくの沈黙の後、別の子が口を開いた。「あたしたち、今日初めて来ただけだから。検査するならこのメガネの子をしてよ。何度も来てるし」

 「今日初めてでも何度目でも同じことです。患者とこれだけ近ければ」

 「近づいてないから」

 「往生際が悪いな」頭に来てつい低い声になる。「見舞いに来ているだけなら、何で学校に連絡されるのが困るの」

 「嘘」唐突に声がした。「嘘だよ、それ」今までずっと口を開かなかった、メガネの子だった。

 「その人、医者じゃなくてここの患者だよ。私前に見た」と言って僕を指差す。

 「え」

 リーダーがメガネの子を振り返り、「何それ」とこちらを睨みつける。

 「前にカワハラさんのお見舞いに来たとき、同じ病棟で見た」

 あの夜、僕の顔を見ていたのか。あの暗闇の中の一瞬で。「本当かよ」一瞬にして女子高生たちの青ざめていた顔色が戻る。

 「じゃあ何を今までぺらぺら喋ってたの、こいつ。自分を医者だとか言って」

 「頭おかしい。怖い怖い」

 「あの、何か勘違いされてるみたいですけど、私たちただ心配でお見舞いに来てるだけですから。訳分かんないこと言わないように。それじゃあね、カワハラさん。お大事に」

 彼女たちは僕を軽蔑する様を全身で表わしながら身を翻すと、バス停の方へ去って行った。メガネの子も列の後ろをついて行く。嬌声を上げながら彼女たちが視界から消えると、途方もない虚脱感に襲われた。何も言わずその場から去っていくカワハラさんの乾いた足音が耳に響いた。

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