病院から締め出される (入院21日目)

「病院って年寄りばっかりすね」

 屋上で洗濯物を干していると、若い男が話しかけてきた。

 「そうだねえ」

 同じ病室の面々を思い浮かべ、うなずく。

 「俺の部屋、七十とか八十の人ばっかりなんだけど、鼾はうるせえし、汚ねえし、何かと言うと次は誰が退院するらしい、とか、何とかさんはもう半年も病院にいる、とか、何号室に新しい人が入ってきたけど無愛想だ、とか、そんな話ばっかりしてますよ」

 「もしかして、新聞配達のバイトしてる人って、君のこと」

 「そうですけど。何でですか」

 「今朝は助かったよ」

 朝方三時頃にドライブから帰って来て、ふらふらしながら職員玄関の前に辿り着くと、無常にも鍵が閉まっていた。何度ドアノブをまわしても、ガタガタと絶望的な音がするだけで動かない。五人ともその場に凍りついたが、高山さんが、「裏口、窓、窓」と言ったので、駐車場をぐるりと回って、東病棟の端へと向かった。

 誰が倉庫の屋根に登るかという話になると、全員が僕の方を見て「行け」という顔をした。「こういうのは一番若い奴が」と言うと、モリオは「先輩の方が、ついこの間まで現役だったんですから」と返される。仕方なく雨どいの部分に手をかけ、懸垂の要領で体を持ち上げ屋根へ登った。

 これで鍵が開いてなかったら洒落にならないと思いながら、サッシに手をかけて横に引くと、簡単に窓は開いた。下を見下ろし親指と人差し指で丸を作ると、二瓶老人が「入り口の方に廻れ」という身振りをする。僕に玄関の鍵を開けさせ、自分たちは正面から入るつもりだ。

 足音を立てぬよう静かに二階の廊下を歩き、五分以上かかって西病棟に辿り着くと、中から職員玄関の鍵を開けた。病室に戻っても起床まであと三時間ほどしかなかったが、長時間運転の疲れから、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。

 「何ですか、助かったって」

 「いや、二階の窓、開けとくように高山さんに言われたんでしょ」

 「ああ、そうなんすよ。言われてたのに過ごしちゃって、鍵開けるの忘れてたんすよ。いつもだったら習慣で二時頃に一度目が覚めるんですけどね。悪いことしたなあ」

 ということは、今朝窓の鍵が開いていたのは偶然だったのか。急に背筋が寒くなる。

 「高山さんから何度も念を押されてたし、寝過ごしましたなんて言ったら、ぶっ飛ばされますよね」

 看護婦に呼ばれた男は「じゃあ」と下に降りて行ってしまった。入れ替わりに携帯電話を持ったモリオが現れ、僕の顔を見るなり「眠い」と言う。

 「車の中で寝てただろ」

 「車だと熟睡できないじゃないですか」

 最後のパンツを干し終え、空になった洗濯カゴを持つ。帰ろうとドアに向けて歩き出した時、視界の端に何かが映り、柵へ駆け寄る。

 はるか眼下、病院の裏門に女の子がいた。いつかの女子高生たちも。そこが結核病棟だと分かっていて、メガネの子を無理やり見舞いに行かせていた、あの女子高生たちだ。

 まさか対峙しているのか。気づくとカゴを放り、階段を駆け降りていた。

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