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悪夢が終わらない

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この物語は実話です。
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#大沢

笑みを浮かべた双子が廊下に立っている

 八月五日(金)大沢

 僕が三階の病室にいた頃、向かいの部屋にとてもよく雰囲気が似ている老人たちがいた。彼らはよく廊下の突き当たりにあるイスに向かい合って座り、そろって窓の外を眺めていた。会話している姿を見たことはなかったが、本当の兄弟のようで、僕は何となく好きだった。

 しかしある日、彼らはそろって退院してしまった。
 
 と、思っていたのは勘違いで、二人ともまだ病院にいた。二階の廊下で兄の

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老人はイボ痔の夢をみるか?

 八月九日(火)大沢

 同室の田渕さんがたまに昼寝しながらうなされている。その際、かなりはっきりと寝言を言うのだが、同室の人間は慣れているらしく、誰もつっこまない。どんな夢を見ているのか本人に聞いてみると、「君は、同じような夢を見ることがあるか」と逆に質問された。

 「ないですね。もともとあまり夢をみないので」

 「そうか、ならいい」

 「イボ痔なんですか」

 僕の言葉に、田渕さんが狼狽

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女子高生と再会する

 八月十三日(土)大沢

 「二階に移ったんですか」

 振り返ると、背後に女子高生が立っていた。彼女はこの病棟の患者で、何度か話をしたことがあった。最近姿を見ないと思ったら、退院していたらしい。

 「検査の日だったんで。皆元気かなと思って覗きに来ました」

 「学校は?」

 「夏休みです。午後から部活」

 立ち話して別れ、屋上で洗濯物を干していると、再び彼女が現れた。「懐かしいなあ」と言い

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入院生活で食べず嫌いが治る

 八月十七日(水)大沢

 子どもの頃から乳製品が嫌いだった。しかし入院してからは毎朝ヨーグルトを食べている。朝食に必ずついてくるからだ。そして今ではデザートとして、何の躊躇いもなく食べている。

 初めは魔が差したとしか思えなかった。なぜ食べようと思ったのかも憶えていない。いつもは手をつけずに残していたヨーグルトを、気づくと右手に持っていた。そして左手にスプーンを持ち、何かに操られるように口に入

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夏休みお悩み相談室

 八月二十一日(日)大沢

 隣の砂原少年がベッドに座り込み、昼間から深刻な表情で唸っていた。「どうした、少年」と尋ねると、しばらくの沈黙の後、「もし友達が学生時代にいじめられていて、何年も経ってから復讐すると言い出したら、どうするか」と質問された。

 「助けるね」

 「助けるって、その復讐をですか」

 「場合によっては」

 「時と場合って、下手したら傷害罪とかで捕まるかも知れないんですよ

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外出許可を取って酒を飲む

 八月二十五日(木)大沢

 入院中に無事退職届が受理されたので、日曜、月曜と一泊二日の外泊許可を取り身辺整理に時間を費やした。ついでに、妻に会って食事した。見ない間にまた髪型が変わっていた。

 病院には夜九時までに帰ることになっていた。これから仕事だという妻と別れたあと、一ヶ月前まで同じ病室に入院していた、森尾泉と待ち合わせして飲んだ。

 適度にほろ酔いになった帰り道、なぜか隣のベッドの砂

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犯罪者に気づかずスルーする

 八月二十九日(月)大沢

 以前この病室に入院していたという男が検査のついでに病室に顔を見せた。砂原少年や福留さんとひとしきり話したあと、自分がいたベッドを今現在使っている俺の顔をちらりと見て、「これから仕事なんだ」と背中を向けた。男の視線に妙な感覚を覚え、彼の後を追った。

 男の視線は僕ではなく、その向こう、自分がいた空間自体を見ているようだった。そして何かを思い出しているようだった。ただ単

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