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悪夢が終わらない

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この物語は実話です。
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2020年3月の記事一覧

おもな登場人物

<二一五号室>

砂原 風春(すなはら かぜはる)……十九歳 大学生

福留 勇美(ふくどめ いさみ)……六十八歳 無職

榊 洋一(さかき よういち)……三十二歳 会社員

田渕 篤夫(たぶち あつお)……七十二歳 無職

大沢 数真(おおさわ かずま)……二十八歳 会社員

<他病室>

小坂井 久雄(こさかい ひさお)……六十七歳 無職

野田 涼祐(のだ りょうすけ)……十九歳 専門学

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人生初、病院で過ごす夏休み

 七月十日(日)砂原

 再び梅雨に戻ったような空模様に憂鬱が押し寄せる。同室の老人たちは午後の日課である散歩もできずに、皆ベッドで大人しくしている。

 大学生になって初めての夏休みを前に、結核などという古めかしい病気にかかり入院することになった運命を嘆いて二週間。早くもここでの生活に嫌気がさしている。昔の入院患者たちが談話室に置いていった大量のマンガもほとんど読んでしまったし、パソコンも映画

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ばあさんと散歩

 七月十一日(月)田渕

 まったくあの婆さんもしょうがない。私と散歩に行くのが楽しみのようだから、今日も午後の検温のあと公園まで行き、ベンチで二時間近くも話を聞いてやった。

 入院当初、婆さんのやつれた顔を見た私は、気晴らしに散歩してみたらどうかと提案した。すると「ひとりではどうも、怖いです」と言うので、私も付き添うようになった。

 散歩の際、私はなるべく女房の話をしないようにしているが、別

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健康な入院生活

 七月十二日(火)榊

 「あと二十八日」。

 福留さんのベッド脇には、自作の日めくりカレンダーが掛かっている。退院の日を決めるのはもちろん医者だが、なまじ元気なため、法定伝染病である結核の「最低三ヶ月の入院」を指折り数えずにはいられないらしい。

 僕は福留さんよりも一週間遅れてここに来た。先輩患者である福留さんは、毎朝カレンダーをめくりながら、「絶対先に退院してやる」と息巻いているが、会社の

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看護師が私の命を狙っている

 七月十三日(水)福留

 今日は週に一度の採血の日だ。私は注射が大嫌いだ。しかし私のところに来る看護師は皆注射が下手で、「福留さん血管が細いからやりにくい」とか言って失敗ばかりする。おかげで私の左腕は針の跡だらけだ。あの看護師の名前を遺書の目立つところに書いておいて、私が死んだら訴えさせるか。

入院中に好きだった女の子が他の男にやられてしまう

 七月十四日(木)砂原

 僕が大学を休んでいる間に、ゼミ内で新たなカップルが三組も誕生したらしい。友人からのメールでそのニュースを知ったのだがその中には僕が密かに思いを寄せている佐田麻由美の名前もあってお願いだから嘘だと言ってくれと思ったがそれは揺るぎない事実のようだった。認めたくないが今さら聞かなかったことにもできない。

 しかも、よりによって相手は垣内だという。垣内はゼミの中でも三本の指

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ばあさんとの散歩をすっぽかす

 七月十五日(金)田渕

 昼食を食べ、薬を飲み、うとうとしていると夢を見た。至って普通の、目が覚める頃には忘れてしまうような夢だ。

 しばらく横になったまま、廊下から聞こえる声に耳を傾けていると、福留さんと小坂井さんが病気の話をしているところへ、私を呼びに例の婆さんが現れたようだった。

 枕元の時計は午後三時を指していた。散歩の時間だ。婆さんが病室の前でうろうろする気配を感じながら、すぐに

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うどんと一緒に入れ歯を飲み込む

 七月十六日(土) 榊 

 いつものように十二時に昼食が配られた病室。天ぷらうどんにつゆを注いでいると、向かいの病室から大きく咳き込む声が聞こえた。海老天でも喉に詰まらせたかと思っていると、誰かが部屋を飛び出して行った。

 あとを追って洗面所に行くと、顔を真っ赤にした小坂井さんが、すごい形相でうがいをしていた。「どうしたんですか」と聞くと、小坂井さんは慌てた様子で、「部分入れ歯、飲み込んじゃっ

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散歩を徘徊と間違われる

 七月十七日(日)福留 

 私は公園のベンチにひとり座って、梅雨明け前の日差しを全身に浴びていた。外の空気を吸わないで病室にいるばかりでは気も滅入ってしまう。ブランコや砂場で遊ぶ小さな子どもたちを見ていると、小学生になったばかりの孫を思い出し、つい口元が緩んだ。

 子どもたちの中に、女子高生位の女の子が、妹と思われる小さな女の子とブランコで遊んでいた。親が共働きなのか、今時の女子高生も小さな妹

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