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「俺たちの原稿はこれからだ」 1話:イナズマフラッシュ【漫画原作】

〇創の会社・オフィス(夜)
平山「三…二…一…誕生日おめでとう!」

 主人公、横山創に向けてクラッカーが放たれる。
 おめでたい雰囲気とは対照的に浮かない表情の創。
 そんな創にはお構いなしに笑顔の同僚、平山。

平山「横山君、今の気持ちはどう?」
創「めちゃめちゃ嬉しいです」

 と相変わらずの無表情。

創「それと…僕としては早く帰りたいです」

 二人を残し、真っ暗なオフィスには誰もいない。
 壁に掛けられた時計は深夜の十二時を回ったところを指している。

平山「そうだね。このタスクが終わったら上がれるから」
創「その言葉、二時間前にも聞いた気がします」
平山「私も言った気がする」
創「…本当に終わるんですか?」
平山「わかんない」

 と笑顔を浮かべる平山。
 流しに水が落ちたであろう「ぴちゃ」という音が静かなオフィスに広がる。

平山「…少し休憩しようか」
創「はい」

〇同・休憩室
 ちょっとしたスペースに自販機がいくつか並んでいる。
 平山、並んだパイプ椅子に窮屈そうに寝そべっている。
 創は自販機に寄りかかるように、スマホを眺めている。
 そこに映っているのは漫画。

平山「今何読んでるの?」
創「言ってもわからないと思いますけど…三葉幸助っていう」
平山「あ、三葉幸助!」
創「平山先輩知ってるんですか。コンビで活動してたけどある時から一人で描くようになった…」
平山「全く知らない。なんで別れたの、その人」
創「……」

 創、三葉の言葉を思い出す。
 それは雑誌のインタビューページのイメージ。
 以下のようなやり取りが書かれている。
 『インタビュアー:方向性がどうしても合わなかった?』
 『三葉:ええ、やはりセンスが違うとどうしても上手くいかなくて…』

創「一人になってからは、絵はすごく良いんですけど…物語がちょっと…」
平山「それにしても横山君って漫画好きだよね」

 と、創のスマホが鳴る。
 メールがポップアップで表示されており、見ると「同窓会のご案内」の文字。

創M「同窓会…あいつ来るのかな…」

 創のわずかな表情の変化に気づいた平山、

平山「何、彼女?」
創「違いますよ、いないですし」
平山「そうだっけ?」
創「昨日話したじゃないですか」
平山「あーそうだった」
創M「行きたいわけ無いだろ」

 と、内容も読まずスワイプする。

〇回想
 幼いころの創と水木育絵。
 絵を見せあっている。

創(OFF)「水木育絵。今頃なにしてんだろ…まだ描いてるのかな…」
育絵「見て、すごいでしょう」
創「いやいや、僕の方がすごいから」
育絵「ぜーんぜん。それじゃダメだって」
創(OFF)「どう贔屓目に見ても、彼女の絵の方が圧倒的で…僕はいつからか描くのをやめた…そして育絵はというと…」

〇回想・本屋
 創(20)、走ってやってくる。
 店頭につくなり、

創「あった!」

 と声を出し、一冊の漫画を手に取る。

創「これか……」

 漫画には「作者・水木育絵」の文字。

〇創の会社・外
創「お疲れ様でした」

 真っ暗な路地にぽつんとたたずむ創の姿。

創「くそ、やっと終わった」

 腕時計に目をやると深夜の二時を過ぎている。
 雨が降ってくる。

創M「もうすぐ三十だっていうのに…」

 とぼとぼ歩きだす。

創M「こんなはずじゃなかったのに…」

 雨、どんどん強くなってくる。

創「こんな事やりたいなんて思ってないんだよ…なのに…一体何でなんだよ!」

 その瞬間、ガラガラと大きな音を立て、空から雷が落ちてくる。
 それが創に直撃。
 ゆっくりと倒れる。

〇病院・病室(昼)
 翌日。
 創、ゆっくりと目を覚ます。
 ナースがそれに気づき声をかける。

ナース「あ、横山さん気づきました?」
創「ここは…?」

 創、ここが病室で、自分がベッドの上にいる事に気づく。

ナース「あ、横になっててください。雷に打たれたんですから」
創「…雷?」
ナース「本当に幸運ですよ、ほとんど体に損傷が無かったんですから」

 創、事態が呑み込めず呆然としている。

ナース「覚えてないですか、昨日すごい雷雨だったの。それで横山さんの頭に落ちたみたいです」
創「…漫画みたい」
ナース「…まんが? なんですか、それ?」
創「ほら、雷が頭に落ちるって…ねぇ?」
ナース「ちょっと分からないですけど…」

 そこへ医者登場。

医者「あ、横山さん、目が覚めましたか。一応もうお体の方は診させていただきました。いたって健康です」
創「ほんとですか」
医者「いや、全く問題ありません。すぐに自宅に戻って結構です。お仕事も明日から出社していただけますよ、はっはっは」

 医者、ナース、ゆっくりと去っていく。

創「…仕事!」

 創、枕元のスマホを取り開く。そこには「不在着信:14件」の文字。
 時間を見るとすでに昼を過ぎている。

創「あっ!」

 と会社の事を思い出す。

〇病院・外
創「すいません」

 会社に電話をする創の姿。

創「はい、まあなんとか。明日ですか? それはちょっと…もしかしたら行けないかもしれないです」

〇創の会社・オフィス
 電話をする平山。

平山「そうか、まあ無理しないでいいよ。来てうれればうれしいけど。来てくれれば」

〇病院・外
創「ははは…」

 と苦笑い。

平山の声「それにしてもスゴイな、雷が落ちるって」
創「ほんと、漫画みたいです」
平山の声「ん、なにみたいって?」
創「いや、ですから漫画です、漫画」
平山「サンバ?」
創「(いらっとして)漫画です」
平山「まんが…何それ?」
創「いやいや、何それって漫画は漫画ですよ」
平山「あれか、雷が落ちる事「まんが」ってうのか?」
創「いや、漫画ですよ漫画」
平山「あれだな、少し休んだ方がいい。うん、明日は会社はいいから。ゆっくりやすんで、ね」
創「いやあの…」

 と言いかけた所で一方的に電話が切れる。

創「なんだよ…」

 スマホをいぶかしげに見る創。
 と、何かに気づき表情が曇る。

創「え、これって……」

 スマホのホーム画面に入っていたはずの漫画アプリがすべてなくなっている。

創「漫画が無い…?」

 創、ふと思い立ち、検索画面を開く。
 「漫画」と打ち込み、検索。
 すると、「北斎漫画」がトップで表示される。
 いわゆるコミックの類は全く出てこない。

創「まさか…」

 「コミック」と記入し、検索。
 すると「喜劇」という表示。漫画という説明はどこにもない。
 「ワンピース」で検索。
 すると、服の方のワンピースが表示される。
 「チェンソーマン」で検索。
 すると、「チェンソーでは?」という表示。

創「うそ…」

〇本屋・外
 創、走ってやってくる。(冒頭の本屋に駆け込むのと同じような勢いで)
 店頭につくなり、

創「ない! ないないない!」

 そこには漫画はなく、雑誌や小説のみ置かれている。
 そんな創に、背中越しに店員の声がする。

男の声「何かお探しですか?」
創「あの、漫画ってどこに……」

 と振り返り、創、驚く。
 創に声をかけた店員は漫画家・三葉幸助だった。
 創、以前見た三葉の顔写真を思い浮かべる。

創「あ、えっと、三葉さんですか…?」
三葉「え、はい、そうですけど…どこかでお会いしました?」
創「あの、漫画は描かれないんですか?」
三葉「ナンバ?」
創「漫画です」
三葉「まんが…なんですか、それ?」

 創、呆然とした表情。

〇町・路地
 創、自宅へと帰っている。

創M「なんだか知らないけど、この世界には漫画が無い…でも僕ははっきり覚えている」

 小走りで一路自宅を目指す創。

〇回想
 二十九歳の誕生日をむなしく祝われる創。
 幼き頃の水木育絵の後ろ姿。
 漫画家として壇上で光を浴びる育絵。 
 その育絵の本を手に取る創。
 会社の休憩室で漫画を読んでいる創。
 など、さまざまなイメージが創の頭に浮かんでいる。

〇創の自宅・外
 入口の扉に手がかかる。

創M「だったら!」

〇創の自宅・中
 創の視線の先には本棚。
 だが、漫画が無くなり代わりに小説が大量に入っている。
 それを漁りながら、

創M「小説、小説、小説、この世界では僕は小説が好き…でも、僕が本当にやりたかったのは…!」 

    ×    ×    ×
 パソコンのモニターに映る液晶タブレット。
 その値段は通常の二倍ほどの価格。
 
創「たかい…」

 ぽかんとする創。

創M「いやいや…僕が本当にやりたかったのは…!」

 気を取り直して、パソコンに何か打つ創。
 画面に表示されたのはペンタブレット。
 こちらも値段が通常よりはるかに高い。

創「たかい…もしかして、漫画が無いから需要が減ったって事…? いやいや、道具なんて今更どうだっていいだろ。大事なのは始める事だ」

 創、ボールペンをとり、構える。
 勢いよく描き始める。

    ×    ×    ×
 一か月後。
 創の使用する道具はボールペンから液晶タブレットに変わった。
 そして、一心不乱に絵を描いている。
 だが、表情は浮かない。

創「絶対違う」

 椅子にへたりこむ創。
 机にタブレットがあり、そこには創の描いた漫画が映っていた。
 それは三つ葉幸助が描いていた漫画……のトレース……のつもり。
 とても出来の良いものとは言えない完成度だった。

創「だめだ。壊滅的にだめだ。でも、何がどうしてこんなにだめなんだ。分からない。けどだめな事だけは分かる。絵もダメだけど、コマ割りもストーリーもダメだ…細かい部分が思い出せないし、思い出せない所をどうすればいいかもわからない…いや、考えてもしょうがない…まずは絵からだ」

〇絵画教室・外観(朝)

〇絵画教室・室内
 教壇に先生と創の姿。

先生「はい、というわけで今日からこちらの横山さんがメンバーに加わる事になりました」
創「よ…よろしくお願いいたします…」
先生「それじゃ早速、授業始めましょうか」
生徒「先生、一人来てません」
先生「あー、またあの子? 放っといていいわ。そのうち来るでしょう」

    ×    ×    ×
 デッサンの授業。
 ペンがこすれる音が室内に響く。
 真剣な眼差しの生徒たち。
 見よう見まねで描く創。

    ×    ×    ×
先生「はい、終了です」

 それを合図に一気に緊張感から解放される室内。

生徒1「はー、どうだった?」
生徒2「いやー結構難しいわ。そっちは?」

 そんな生徒たちの中で、創はひときわ落ち込んでいる。
 創の絵は、ひどく出来が悪かった。

創M「だめだ。全然だめだ。これじゃ、あとどれくらいかかるんだ…いや、あきらめちゃダメだ。こんなチャンスないだろ。だったらくらいつかなきゃ…でもな…」

 と逡巡する創。
 その背後で何やらやりとりが行われている。

遅刻した生徒「すみません、遅れました!」
先生「あら、やっと来たの? もうデッサン終わっちゃったわよ」
遅刻した生徒「そんなぁ」

 だが創は落ち込んでおり、その声が耳に入っていない。
 と、遅刻してきた生徒がつかつかと創に近づき、背後から声をかける。

遅刻した生徒「創? こんな所で何やってんの?」

 創、名前を呼ばれた事に驚き振り返る。
 するとそこには、水木育絵の姿。

創「…水木?」
育絵「何その顔? 死人でも見てるみたいな」

 と、笑顔を浮かべる育絵。

 1話 終わり

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