刑事弁護と主任弁護人制度

(事例)新人弁護士Aさんはボスと共同で刑事事件の公判弁護をすることになった。
Aさんはボスの下記の指示に従って、訴訟活動をすることができるか。
①「初めてで緊張すると思うけど、証人尋問、最終弁論はよろしくね。尋問は、適宜フォローするから。」
②「被告人に写しを渡すから、判決謄本の交付請求しといてね。」
(1)交付請求書にボス、Aさん両方の氏名を記載する
(2)交付請求書にAさんのみの氏名を記載する

若手弁護士であれば、ボス、姉弁、兄弁と、共同で公判弁護をする機会があるかもしれない。共同とはいはいえ、実際に手を動かし、口を動かすのは若手弁護士の仕事である。

弁護人が複数いるときに、弁選のみならず、裁判所への提出を忘れてはならないのが、主任弁護人指定書である(忘れたら、書記官から連絡が来るのだと思うので、それに従えば手続上問題はない。ただ、裁判所から「この下っ端は手馴れてないな」という印象を持たれることは避けられないと思う。)。

事務所の雛形等で書面を作成してしまえば、1、2分で作業は終わってしまうが、折角なので条文、趣旨を確認しておきたい(以下、刑事訴訟法を「法」、刑事訴訟規則を「規則」という。)。

1 条文、趣旨

法33条 被告人に数人の弁護人があるときは、裁判所の規則で、主任弁護人を定めなければならない。
法34条 前条の規定による主任弁護人の権限については、裁判所の規則の定めるところによる。

主任弁護人制度の趣旨は、「ばらばらの訴訟活動が行われるのを防止し、かつ手続を円滑・迅速に進めるにあたって、数人の弁護人が選任されることによって生じる実際的な煩雑さを避ける」ことであるとされる(松尾浩也監修『条解刑事訴訟法 第4版増補版』(2016年、弘文堂)51頁)。

弁護人が各々の胸に秘めた刑事弁護スピリッツは、時にぶつかり合い、収拾がつかなくなるおそれがある。そういった事がないよう法律は手当をしているのである。

2 手続

規則19条2項 主任弁護人は、被告人が単独で、又は全弁護人の合意でこれを指定することができる。
規則20条 ・・・主任弁護人の指定は・・・、書面を裁判所に差し出してしなければならない。

主任弁護人指定書の雛形があるのは、規則20条で、書面提出が要求されているからである。また、その雛形に、担当した弁護人全員の氏名が記載されているのは、規則19条2項が根拠となる。

3 権限

規則25条1項 主任弁護人・・・は、弁護人に対する通知又は書類の送達について他の弁護人を代表する。 
2項 主任弁護人・・・以外の弁護人は、裁判長又は裁判官の許可及び主任弁護人・・・の同意がなければ、申立、請求、質問、尋問又は陳述をすることができない。但し、証拠物の謄写の許可の請求、裁判書又は裁判を記載した調書の謄本又は抄本の交付の請求及び公判期日において証拠調が終つた後にする意見の陳述については、この限りでない。

主任弁護人以外の弁護人が訴訟活動をするには、原則として裁判官の許可と主任弁護人の同意がいる。
そのため、(意地悪な)裁判官が、規則25条2項本文を根拠に「証人尋問はA弁護人ではなく、主任弁護人(ボス)が行ってください。」と許可をしないケースもあり得るのだ。
そうはいっても、「主任弁護人の同意及び裁判所の許可は、実際の法廷では黙示のものであることが通常である。」(松尾浩也監修『条解刑事訴訟法 第4版増補版』(2016年、弘文堂)52頁)とされているから、実際上は、主任弁護人以外の弁護人であるAさんが証人尋問を行うことができるのが通常である。
また、証拠調が終わった後の意見陳述、すなわち、最終弁論は、規則25条2項但書を根拠にAさんが行うことができる。

また、判決謄本の交付請求は、主任弁護人の同意及び裁判官の許可なく行える。そのため、交付請求書にボスの名前を書かずAさんの名前だけ書いても何ら問題なく、交付請求ができる。

4 事例の答え

以上から、①については、基本的にAさんは証人尋問、最終弁論を行うことができるが、(意地悪な)裁判官が規則を根拠に、(全く記録を読んでいない、もとい、現場で対応できる経験豊富な)ボスの尋問を求めてくる可能性がある。万が一の事態を避けるためには、くれぐれも尋問事項メモは事前にボスに共有しておこう。

②については、規則上問題なく、Aさんは判決謄本の交付請求をすることができる。

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