ある日の事件簿 空き家の遺産分割と相続登記(2)

相続登記と銀行の手続きが終わったのは、3か月後だ。しばらくして、兄弟の弟から荷物が届いた。

「兄の笑顔を見たのは久しぶりでした。」と同封された手紙には書かれている。銀行手続きのため車を出して二人をお連れしていた時のことの話だ。バックミラー越しに見ていた私にとっても感慨を覚えた笑顔だった。

車に三人乗ったとき、兄弟の仲を慮り助手席に一人乗せることもできた。しかし敢えて後部座席に並んで座ってもらったのだ。

自分がこの相続で果たしてきた役割や調べた知識を承認してもらえたと感じた兄はやや穏やかになっており、弟と並んで座ることを拒否しなかった。弟も私がいる場合には距離感を適度に保てるためか、断ることはなかった。駅前から兄弟の父の家へと向かう道筋で昔の話を聞いてみる。

「 あの市民武道館で剣道の練習をしたのですか。 」「 お父さんは剣道でも厳しかったのですか。見事な体格でしたよね。 」自然と兄弟の心もほぐされていく。兄の方から昔の話をするようにもなった。この辺りは高校からの帰り道であったらしい、昔と変わらず高い柿の木がある家、コンビニに変わってしまった酒屋など窓を見ながら話が弾んでいた。

エリクソンのライフサイクル。

という理論があるらしい。子供が親と顔を寄せ合って抱えられること、手を引かれて並ぶように歩むこと。私はこれと同じように兄弟を並んで座って頂いた。子供が共感を育てる環境に二人を戻した。笑顔になった。

心は成長する。児童養護施設で子供に勉強を教える中で学ぶことができた。子供のころに作った心の中の基地は老いてもその人の中にある。認知症の方と接する中で学ぶことができた。もし心に傷を負っても、心の中の基地を確認出来たら最初から構築しなおすことができることがある。人の人生を幼少期から老齢期まで第三者の立場で見ることで学ぶことができた。

荷物には二人で買ったというシルクのネクタイが入っている。もうクールビズの時期は終わろうとしていた。

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