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Aqoursと過ごした青春時代

まずは、Aqours9周年おめでとうございます!
中学3年生のとき(2014年ごろ)にμ'sに出会い
今もこうして
ラブライブシリーズが続いている
そのうえで自分が応援し続けれるのは、
Aqoursの存在も大きな理由の一つだと思います。

Aqoursとの出会いとの話と
高校時代はAqours一色で過ごしてきたので
そんな思い出話が出来ればと思います。
伝えたいことがあるとかそういうわけでもありません
ただただ、こういうことがあったなあと
なんか古のオタクがなんか言ってるなあと

BGMも所々に配置しておきますので
それを再生しながら
気楽に読んでいただければと思います。

ラブライブとの出会いと進路

そもそも自分とのラブライブとの出会いは
上記でも述べた通り2014年、中学3年生の秋ごろだった気がします。
(アニメ2期が終わった後でした)

時代的には、
ボーカロイドが流行っていたり
アニメや声優コンテンツが
今ほど一般化はしていないけれど
オタク文化みたいなものが
一般化しつつあるような時代だったと思います。

元々アニメは大好きだったので
ラブライブという存在は知っていたものの
見たことは無かった
というか、アイドルものに興味が全くなかった。

クラスにラブライブが大好きな女子がいて
その子に勧められてアニメを見たり、
スクフェスをし出したのが事の発端

アイドルアニメだと思って舐めて見たら
物語終盤とかもう号泣してたよね、、、、、、

当時の私はちょうど受験生であり
勉強もせずに部活(吹奏楽)ばかりだった自分は
進路も音楽系の道に行きたいなということで
悩んでいたのですが
顧問の先生からある学校を紹介されます。

吹奏楽の強豪というわけではないけれど
音楽理論や音楽史、
実技など音楽の授業に特化した公立高校があると、
当時の自分は音楽を教える仕事を将来したかったし
吹奏楽以外の様々な音楽の勉強ができる
というのはかなり良い選択肢でした。

学校の説明会を受けて
次の日に担任と顧問の先生に
「ここ行きます!!!」
と告げました。

そこで先生が真剣な顔でひとこと
「音楽の勉強をするために進学するというのは素敵なことだと思うけれど」

正直
笑顔で「分かった!」と言ってくれると
思ったので意外な反応だった
先生の次に言った言葉はかなり衝撃的で

「もうこの学校は既に
廃校になることが決まってるってことは
知ってて判断してる?」

「え…?」


友達にこのことを告げると
「スクールアイドルでもやるんか?」
とか言われましたけど。

結局のところ、
音楽の勉強をするのであれば、廃校なんか関係ない!!
という気持ちで受験を決意。
正直廃校なんてどうでもいいという気持ち

周辺からは不良高校と言われている
大阪の山奥にある学校でした。
家から学校は自転車→電車→バスという通学路
平気で1時間30分~2時間はかかる。
それでも音楽の勉強ができるならと
毎朝6時40分の電車に乗って通学していたのを
今でも覚えています。
(今思うとこれに間に合うように
毎朝弁当作ってくれてた母親すげえな)

μ'sを知って間もなく
年が明けて
すぐに5th LIVEも行われました。
(当時は財力はもちろんないので
参加はしてないんですけどね)
行きたかったなあーーーーー

余談ですが
卒業間近
だれもいない放課後の教室で
友達とちょっと泣きそうになりながら
"愛してるばんざーい!"を歌ったのはいい思い出

それと
同時期にラブライバーをざわつかせた情報が現れました。

この情報の次の日は確か平日で
教室で友達とざわざわしていたのを覚えています。

当時ラブライブ=μ'sという
認識を持っていた方も多かったはず。
自分もその中の1人だったと思います。
μ’s以外のラブライブなんて考えられないというのが
当時の正直な感想だったかと思います。

Aqoursとの出会い

高校に入学して、音楽の勉強もしつつ
新しい友達も増え、
ラブライブの沼に続々と落としていきました。
早速ライブに行く資金調達のため
アルバイト行いました。

ラブライブサンシャインとしてのプロジェクトは
電撃G’sマガジンで進んでいき

ラブライブシリーズ伝統のグループ名公募を開始
そこで決まった名前が

Aqours

えーきゅーあわーず?

どうやらAqours(アクア)と読むらしい
水を意味する"Aqua"と私たちのものなどの意味である"ours"
を掛け合わせた名前であった

やっぱりオタクのネーミングセンスってすごい。

当時の写真

同年(2015年)10月7日に
1stシングル「君のこころは輝いてるかい?」が発売されました。
デビューからスクールアイドルを応援できる
曲も気になるし
ドラマCDでキャラクターのことも知れるしで
ちゃんと発売日にアニメイトで購入しました。

アニメイトを選んだ理由は
シンプルにいつも使っているからで
確か、店舗特典には
ダイヤさんのスタンディーみたいなのが付いていました。

完全に新しいもの始まったなあ!!!
とか
MVの梨子ちゃん音ノ木坂の制服着てるんだが何?????
とか
色んな感想が脳内を飛び回っていた記憶があります。

当時はドラマCDを聴いて
曜ちゃんとダイヤさんが結構気になっていました。

そして2016年
μ'sのファイナルライブを終え感動の余韻に浸る中
またまたすんごい曲が発売されます。

たぶんその時の特典

2ndシングル「恋になりたいAQUARIUM」
なにせ歌詞がよく分からない
でもMVの曜ちゃんが可愛いというか全員可愛いし、
曲が一生頭から離れない。
いや、まて
カップリングの「待ってて愛のうた」良すぎんか??

この辺りからAqours熱が出てきた気がします。
アニメも近かったですしねえ、、、

アニメが始まった

当時の実家の写真

2016年7月(高校2年生の夏)に
ラブライブサンシャインのアニメが始まりました。
ほとんどリアタイしていたと思います。
特に1話は衝撃的で、
μ'sと千歌ちゃんとの出会いから始まるんですね

あっ、全く別世界の話ではなく
μ'sに憧れを抱くスクールアイドルのお話なんだ….

そして第1話終了直後

"Aqours 1st LIVE! 横浜アリーナにて開催決定!!!!"

との告知

μ'sは小さなところからスタートしていった
などの歴史があることから
当時Twitterなどでは
「Aqoursに横アリは早い」だとか
今思えば散々な言われようだった気がしますが

一方テレビの前のワイ
「行きまあす(真顔)」
※結果的に倍率高すぎて両日当たりませんでした。。。

アニメが最終回まで放送されていき、
0という数字が彼女たちにつきまとい
μ'sが何故あんなに輝けたのか知り
0を1にしたいという強い思いを抱き成長していく

特に12話は本当に良かった……

そしてアニメ放送前では決まらなかった推しは
最終的に11話「友情ヨーソロー」にやられて
曜ちゃん推しに……

ようりこって良くて…..(強い思想)
異論は認める

購買部で唯一買ったやつ(当時の実家)

ここで人生初の試み
アニメのBDを購入するという行動に出ます。

基本的にアニメBDは毎月一巻ずつ発売になるのですが
毎月毎月、高校の友達と学校終わりに
大阪の日本橋に向かい
各々の店舗に買いに行っていたのを思い出します。
当時全巻購入特典が店舗によって違い
CYaRon!は確かゲーマーズでした。
友人は花丸推し(AZALEA)だったので
確かソフマップに買いに行ってました。
そして表の方にあるマクドで飯食って帰る
みたいなルーティンだった気がします。
楽しかったなあ。

学校では当時、
スケジュール帳を使ってみましょう
という取り組みがあり
学年集会みたいなので手帳会社のひとの
手帳の使い方講座が一日だけあったような気がします。
その後一人一冊、週間バーチカル手帳が配布されて

最初は続かないかもしれないから
その週の予定や実際の出来事、感想などを書いて
週末に担任の先生に提出する。

週明けに先生のコメントが書かれた物が返ってくる。

小学生の連絡ノートのような
運用方法だったと思います。
そこには授業やテスト、バイトの予定が書いてあったり
当時の悩みが書いてあったり
Aqoursの予定がびっしり書いてあったと思います。

そこから
スケジュール帳を使う癖は今でも残っています。
高校の取り組みに感謝です。
中身を見たかったのですが
当時のモノは実家においてきてしまったようです。
帰省した時にでも見返そうと思います。

First LoveLive! ~Step! ZERO to ONE~

これくらいしか写真がなかった

2017年1月
現地チケットは当たらなかったものの
今では少ない
ライブビューイングというものがあったので
そっちで参加することに
4枚まで取れたので
中学の時の友達1人、
高校の友達2人の4人で行きました。
中学の友達と高校の友達自体は初対面だったけれど
いまだに遊ぶほどの中になりました。
良い繋がりです。

まさかMIRAI TICKET をあんな形でやってくれるなんて……
とか
細かい感想はそれだけで1万字くらい行きそうなので
省きますが、
本当に心をつかまれるライブでした。

当時こんな情報も発表されましたね

この中で一番衝撃だったのは
2nd LIVE Tour
今でこそ当たり前になりつつありますが
ラブライブシリーズでライブツアーを行うというのは
μ'sのファンミーティングツアーを除くと
前代未聞で
その中に関西(ワールド記念ホール)があったことが
本当にうれしかったのを覚えています。

一緒にライブビューイングを見に行った友達4人と
オリンピックの開催地が
TOKYOって発表されたときの人たち
みたいになってました。(言い方)

高校最後の1年とアニメ2期

2017年4月
学年がさらにまた一つ上がり
高校3年生になりました。

統合されるわけではなく
廃校が決定している学校ですので
後輩が入ってくることはありません。
留年なんてなろうものなら転校確定です。

体育祭なんかのイベントも3年生だけで行われました。
全校生徒は100人いない程度だったような気がします
大体20数人×4クラスくらいだったかなあ

当時の校長は
「うちは"閉校する学校"、"無くなる学校"って名前の高校やない。こういう状況だからこそ、うちでしかできないことをやっていて、思い出に残る1年間にしよう」

一言一句あっているわけでは無いと思いますが
そのようなことを言っていた記憶があります。

今後学校として残らなくても
芸術や思い出でみんなの中に残していこうという
今思えば非常にポジティブな方だったと思います。

進学校というわけでもの無かったので
七夕、ハロウィンイベントごとは
ほとんど学校全体でやってたし
毎学期に遠足が設定されたり、
1年間カメラが入ったり
色んなことを行っていました。


そんななかAqoursは2nd LIVE Tourが始まり、
初めて友達と一緒に
埼玉や名古屋に足を運ぶことになります。
夜行バスとか近鉄とか色々使ったなあ
そういった意味でもライブのタイトルにもある
HAPPY PARTY TRAINは青春の一曲です。

当時のリュック
KOBEのピンズなんでないんだろう….

千秋楽ではPDPの続報(スクステ)の発表があったり
同年放送予定のアニメ2期PVが発表されたり
興奮が抑えられなかったのを今でも覚えています。


そしてアニメ2期が始まります。
千歌たちは廃校を阻止できるのか、
いやAqoursならきっとできる、
毎週友達と3人で通学のバスの中で
スクフェス片手に語り合っていたのも覚えています。
たしか当時のスマホはiPhone7だった気がします

初めて「未来の僕らは知ってるよ」を聴いたときの
ワクワク感、神々しさ、いまだに忘れられないし
MY舞☆TONIGHT良すぎるし
いやMIRACLE WAVEライブどうすんねん
色んな感想がまたまた飛び交うアニメ二期

それがまさかの展開に

一番の目的であった、
廃校を阻止することが叶わなくなるんですよね。
募集人数のカウントダウンのシーンは
絶対100人になって
千歌たちが「やったあ!!」と
大喜びするシーンを勝手に想像してた。
ラブライブのことだから
ここは乗り越えるって勝手に信じてた。

どうしていいか分からない千歌たちに
「じゃあ救ってよ」という神モブの言葉から
ラブライブで優勝して、
学校の名前をラブライブに永遠に刻むことを決意する。
あのシーンめっちゃよかったなあ…..

友人と
「Aqoursも廃校になるんやなあ……
なんか今の自分たちと少し似てるなあ」
なんて帰りのバスで話していました。

自分たちは
廃校が確定している前提で入学していましたが
廃校の話が出た際には
署名活動や呼びかけを当時の生徒やOBOG、
先生までもが行っていたそう
自分たちの学校を守るためにあがいたんだろうなあ….

そういった自身の学校の背景やサンシャイン2期、
自分たちが今までの高校生活の中で経験したこと
オタクもしたし、友達と大喧嘩もしたし、
恋もしたし、音楽の勉強もいっぱいした

そんなことを考えていたら
「なんか廃校嫌やなあ、、、」という気持ちに
今更ながらなっていきました。

入学する前は
「正直、音楽の勉強ができるんやったら、廃校なんてどうでもいい」
とか言っていましたが
どうもそうは行かない気持ちになってしまいました

もうあがくことは出来ないけど
自分の学校が良いところだったという思い出を
なんらかの形にして残すというものは
Aqoursと通ずるところがあったと思います。

卒業式に向けての準備が進む中
突然、先生から呼び出し
何かやらかした記憶がないので
恐る恐る先生のところへ向かうと一言
「卒業式の話やねんけど、答辞読んでほしいと思ってんねん」

わあ

卒業・閉校式

2018年3月
Aqoursと同じく自身も
卒業式と閉校式を迎えるわけですが、

いつものバス停を降りるとこんな光景で

大阪のとある坂
左が母校

どうやら地域の人がバス停から学校までの通学路に
大量ののぼりをサプライズで用意してくれていました。
結構感動しました。

式そのものは
全校生徒より
大人の方が人数が多いという異様な光景

そんななか頑張って考えた答辞を読むことに
「暖かい陽の光が降り注ぎ…」
とか人生で一度も使ったことない
そして
今後一切使うことのないであろう文章を
つらつらと読み上げました。

めずらしい閉校式の内容は
校章返還なんかもするんだなあ
大阪府立だったので
文字通り府に校章を返すらしい
これまた貴重な体験

式が終わって
お世話になった音楽の先生4名を呼び出して
ひそかに音楽コースのみんなで練習してた
曲を一曲披露して、感動してもらえました。

とても良い日だったと思います。

施錠

卒業式自体は3月上旬に行われましたが
実際に学校のカギが閉められたのは3/30とかだったと思います。

行っても行かなくても良かったのですが
思い出もありましたし
訪れました。

第一音楽室

ピアノが何台も置いてあった音楽室も
もう何も残っていませんでした。

みんなで音楽の授業を毎日受けたこと
山奥の学校だったので
冬に合唱中に窓から見える鹿の群れや
みんなで早朝や放課後とかに集まって
Aqoursの曲のセッションしたりしたこと

色んな思い出がこの音楽室には残ってます。

Aqours1年生組が一緒に図書室の扉を閉めるように
音楽室や思い出の教室を後にしました。

最後
校長先生が校門の前に立ち施錠を行いました。
みんなで拍手で施錠を終えました。

施錠をした瞬間に
同級生が一言
「あっ傘、学校に忘れた…」

みんなで爆笑して学校の最後を迎えられましたとさ

最後に

自分がAqoursと過ごした高校3年間を
おおよそ6500という文字数で表現しました。

本当に自分にとってラブライブサンシャインという作品、
Aqoursというスクールアイドルは
青春そのものなんです。

本当につい先ほどですが
そんな僕の青春が
フィナーレライブを行うと発表されました。
もし18人のライブが今後見れなくなったとしても
自分の青春が思い出に残っているように
Aqoursも色んな人の中や場所に
彼女たちがなんらかの形で残り続けると思います。

ラブライブサンシャインという作品は
ライブだけが全てではないのかもしれませんね。

フィナーレライブは絶対見届けたいです。

そして、学校に置き忘れられた
同級生の傘は
今どうなっているんでしょうかねえ(←笑うとこ)

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