母はプリキュアにはなれないけれど
「まま、いくよ!」日曜日の朝9時ちょっと前。決まってかかる声が憂鬱だ。5歳のムスメが大好きな「ぷりきゅあ」のエンディングソング、テレビ画面の中で微笑む主人公たちのダンスに合わせて、私も踊らなくてはならないから。
自慢ではないが運動神経は悪い方ではない。小学校のときはリレーの選手だったこともあるし、バレー部では副部長もつとめた。それなのにリズム感がすこぶる悪いのだ。キュートな笑顔にあわせてキレッキレのダンスを見せる主人公たちを見ながら、ワンテンポずれた情けないダンスを披露して、日曜日の朝は過ぎていく。
「ぷりきゅあ」はすごい。きょうも敵の悪いところを「キュア・スキャン」で見抜き、見事に「お手当」してしまった。そのうえ、毎回素敵なダンスまで披露してくれるのだ。
「ままってだんす、じょうずじゃないよねぇ」
5歳の正直な言葉がぐさりとささる。
はい、おっしゃるとおりです。しかし続く言葉が私をはっとさせる。
「でもさ、まっさーじはじょうずだよねぇ。‘せんせい’にならったんでしょ?」
そう、次女が生まれてからベビーマッサージを学び始めた。「赤ちゃんと癒しの時間を」なんて文句で開催されている、あれだ。出産でお世話になった助産師の方にに薦められ何気なく始めてみたところ、マッサージの手技とともに毎回聞ける子どもとの向き合い方のお話が興味深く、5回連続講座まで追加申し込みをしてしまった。
「赤ちゃんは触れてもらうことが大好きなんです」
「でもね、赤ちゃんだけじゃない。子どもってね、いくつになってもママに抱きしめてもらいたいものなんです。特に9歳、思春期を迎える前までに何度も触れて安心させてあげてね」
「ベビーマッサージって言うけれど、お兄ちゃんお姉ちゃんにもやってあげて。すごく喜ばれますよ」
なるほど。確かに下の子が生まれて以来、抱っこはもっぱら赤ちゃん専用。長女をぎゅっとしたのはいつが最後だっただろうか。加えて産後は疲れがたまっていることもあり、つい上の子には厳しくしてしまう。
「もう、できるでしょう。お姉ちゃんなんだから」
何度この言葉を言ってしまったことだろう。
よし、我が家でもさっそく実践だ。夕飯の席で「今日ねぇ、ママは‘せんせい’からとくべつなマッサージを習ってきたよ。後でやってみる?」と聞くと、いつもはあまのじゃくな長女も、眼をキラッとさせて「やるやる!」と即答。
お風呂あがり、早めに次女を寝かせてから、さぁ「まっさーじ」の時間だ。
部屋は暗くして、気分が落ち着くように。
ムスメがお気に入りのハンドクリームを香らせて。
まずは太ももの付け根から足元に向かって左右交互になでおろし、身体全体の血流をあげる。「くすぐったぁい」と言いながらなんだか楽しそう。
足の指を一本ずつストレッチしたら足裏の湧泉のツボをゆっくりと押す。
足首を持って膝を曲げたら、背中側のお尻の付け根、仙骨のところを円を描くようにマッサージ。お腹全体を手のひら全体でゆっくりと、円を描くようになでたら、肩から腕、手先まで流すようになでおろす。ふっと身体の力が抜けていくのがわかる。呼吸は深く、深く。
仰向けからうつ伏せにしたら、今度は背中。仙骨をくるくるとなでると、すでに眼はとろん。そのまま背中全体をなでていると、「せなか、もっと〜」と言いながら、マッサージが終わる頃にはすうすうと寝息が聞こえてきた。
この日以来、日中どんなに言い合いをしても、お風呂からあがると娘からご指名が入るようになった。私が寝落ちしてしまう数日をのぞくと、ほぼ毎日、寝る前のマッサージを続けている。
毎日子どもの身体に触れていると、ちょっとした変化に気づくことが増える。
今日は肩がこわばっているな、ピアノきょうしつ、緊張したのかしら。
目の周りが凝っているみたい、明日はテレビ控えめにしよう。
保育園でたくさん走ったと言ってたな、たしかに足が重いかも。
そんな時は、気になるところに長めに手をあててマッサージするようにしている。
これは先生の教えではないけれどなんとなく、おまじないみたいなもの。
私なりのお手当、といったところだろうか。
どうか、今夜もたのしい夢を見られますように。
明日も元気に遊べますように。
昼間怒ったことは忘れてね、ママもクサクサすることがあるんだよ。
そんな願いを込めて娘の身体に触れながら、1日は終わってゆく。
ぽつりぽつりと今日のことを話しながら、マッサージが終わる頃には本当に気持ち良さそうな寝息をたてている。
大きくなったといっても、まだまだ寝顔は赤ちゃんの頃のままで、ああ、こうしてゆっくりと顔をみる時間も減っていたなぁと反省しながら、おやすみ、と言った記憶もなくまた、朝がくる。毎日はそんな繰り返しだ。
さて日曜日の9時。今日も「ぷりきゅあ」の活躍に、娘の興奮は冷めやらぬ様子。ああまた、エンディングソングが流れてくる。
娘よ、母はどうしたってあなたの大好きな「ぷりきゅあ」にはなれないけれど、いつだってあなただけの「お手当」係でいたいと思っています。
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