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2021年のフジロックに参加して

2021年のフジロック、初日・20日と2日目・21日、客として現地で参加してきました。

様々な言説が世に流れている中で、自分が見た今年のフジロックに関して記しておこうと思い、この文章を書きました。
ショートコメントはたくさん出ているので、できるだけ状況を丁寧に綴ろうと思った結果(それだけが原因じゃなく書き手である私の問題なんでしょうが)、とてつもなく長い文章になってしまいました…。

目次はつけませんが、前段ののち、「自分が実際に見た場内の様子」、「抗原検査などの入場条件について」、話題にもなっていた「なぜ無観客配信にしなかったのかについての考察」等について順番に書いています。

正直に言うと、開催前日まで、現地に行くかどうか散々悩んでいました。

先に申し上げておくと、フジロック開催に対しては、主催であるスマッシュが地元・湯沢町をはじめ新潟県、そして国とも協議を続けてきた上で、できうる限りの感染対策をして開催しようと決めたことに対して、私自身は異論はありません。私が想像する/懸念するようなことは、すでに主催&関係各所が散々協議し論議し検討を重ねた上で、今回の開催という判断に至ったはずだからです。

そう考える根拠はいくつかありますが、ひとつには湯沢町観光まちづくり機構の公式サイトにあるこのお知らせにもあるように、独断ではなくきちんと地域・行政の関係各所との連携が取られていること、そしてもうひとつとして、私自身もこの業界の一端にいて、様々なフェスやライブイベントがこの1年以上の間、どういう形・どういうマインドで開催準備をおこなっているのかを知っているということもあります。自分が知る限り、現状「やりたいから、とにかくやるのだ」という無邪気な発想だけで開催されているフェスはありません。「やりたい/やる必要がある、そのために何をしなければならないのか」、「どうしたら安全に開催することができるのか」、「不安要素を解消するために、何をすればいいのか」ーーどのフェスもライブイベントも、そういう話を長い時間をかけて散々繰り返し、行政を含めた関係各所と相談・協議しガイドラインを作り、コストもかけてシステムを作り、状況が変わればその都度話し合って見直して、そして当日に至っているのです。これは開催断念という決断に至るフェスも同じです。

だからこそ、フジロックが開催することを決めた以上、私はその決断を支持しています。

ただ、それと自分が参加者として現地に行くことは簡単なイコールで結ばれることはなく、とても悩みました。
理由はやはり、私が東京在住者であるということ、そして自分は日々様々なアーティストやスタッフの皆さんと直接会って仕事をする職業であるということ。万が一のことを考えると、今年は行かないという形でフジロックを応援するという選択肢もあるのではないか、とも考えました。
一方で、音楽ジャーナリストとして現場が実際にどういう状況なのかを見たいという意識もありました。ネットには様々な情報のように見えるものが流れていますが、実際に見ないと真実がわからないことがこの世にはあまりにも多いのも事実です。

その中で最終的に、私は現地に行くという選択を取りました。公共の交通機関を使うことなく、自宅から車で現地に入り、会場と宿の間も車で行き来する形を取れることになったことも、最終的に行くことを決めた理由のひとつとなりました。そして公式から指示されているガイドライン遵守はもちろんのこと、それ以外にも自分の中で感染防止のためにいくつかのこと(現地での行動の取り方・帰ってきた後のPCR検査等)を決めて行動することにしました。

では実際、当日の場内の様子はどうだったのか。

そもそも場内に入る前段として。
出演者とスタッフに対しては、全員に対して現地に向かう前にPCR検査を行った上で、さらに入り直前に抗原検査も実施。出演した様々なアーティストやスタッフにも聞きましたが、これは厳格に徹底されていました。

観客に対しては、希望者に対して事前に抗原検査を行った上で(この件については後述します)、入場時に検温が行われました。また、公式アプリを使い、事前に顔写真と共に本人情報を登録・問診票に回答したことを証明する完了画面を提示することが入場時の条件でした。

会場内は、一貫して秩序が保たれていたと思います。

まず、マスクをしていない人がたくさん騒いでいる、みたいな話が流れていましたが、基本的にみんなきちんとマスクをつけていましたし、一時的に鼻マスクになってしまってる人やマスクを外してしまっている人に対して注意する係員も配置されていました。ウレタンマスクの人も見かけましたが、自分が暮らす東京の街中でウレタンマスクの人とすれ違う頻度よりも少なく、ほとんどの人は不織布マスクで、不織布2枚付けしている人、高機能マスクをつけている人も多く見かけました。ただ、家族連れのお客さんで、お子さんにマスクをさせていない例をいくつか見かけたのが心配になったという点はありました。

騒いでいる人は私はまったく見かけませんでした。
飲酒禁止の中で酔っ払って騒いでるなんていう人がいないのは当然ですが、テンションが上がってしまって羽目を外したり、友人達とキャッキャ騒いでるというような人も見かけませんでした。
私と同じく現地を見た人間が「自分が想像していたよりもずっと、場内の雰囲気が暗いね」と言っていたのですが、そういう印象を抱く人がいることもよくわかるくらい、ライブの熱量以外は全体に静かで、落ち着いたテンションが流れていました。そういう意味では、いわゆるフェス特有の祝祭感はなかったと言えるでしょう。そしてそれは寂しさというよりも、今年の参加者の意識の表れとして信頼できるものであり、自分にとってはあの場で過ごすことの安心材料となりました。

場内でのソーシャル・ディスタンスに関して。

現地に行ったことがない方には伝わりづらい部分もあるかもしれませんが、フジロックの会場はものすごーーーく広いです。今年は例年の40%以下に集客制限しての開催というアナウンス、結果的には20日=12,636人/21日=13,513人/22日=9,300人(公式発表より)と、近年最も人が入った年で1日約40,000人だったことを考えると、今回最も多かった21日でも近年のピーク時に対し34%の動員で、会場のゆとりは十分にありました。たとえばステージフロント以外では、容易に他者と3m以上の距離をとって過ごすことも可能な場所が多々あるくらいの状況でした。

ステージ間の移動の際も基本的には十分なスペースがありました。人気アクトや最後のアクトの後の退場時には混雑するものの、少なくとも自分が体験した限りは、それもぎゅうぎゅう詰めに押し合って移動するというようなことはなく、みんなマスクをつけた状態で静かに流れていくという感じでした。ただ、とはいえ最後の退場時の方法については改善の余地があるかもしれません。現状ほとんどの屋内ライブ/イベントでは密を避けるためにかなり細かい規制退場を実施しています。野外イベントでの規制退場は方法が難しいのですが、現状の感染状況が長く続く場合、今後やり方を検討する必要はあるかもしれません。

場内において最も密が心配されるステージフロントエリアは、足元に、密防止のために一人ひとりの立ち位置を示すマークが等間隔につけられていました(コンクリートエリアはペイント、土の地面の場合は杭で打ち込んでありました)。そして、その立ち位置は概ね守られていたと思いますし、そのマーキング以上に距離を取っている場合もありました。
各ライブが始まる直前と終わった直後にステージ上からMCの方が逐一マスク着用や大声禁止等々の注意喚起をしていたのですが、その際にも立ち位置を守るようにという呼びかけがしっかりとありました。

配信で見ていた方、あるいはキャプチャーされた配信の写真を見た方は、超密じゃん!と思った人が多いと思いますが、映像や写真は前後の距離感が圧縮されて見えたりすること、また何より、観客は市松模様状(千鳥配置)に立っているので、前後の距離感が感じられない状態で前から見ると、隙間なく並んでいるように見えるーーということによって、実際よりも過密状態に見えます。でも実際は、観客の多いアクトでも人と人との間を容易に通り抜けていくことができるくらい間隔が空いていた、と言えば、何となくイメージがつくでしょうか。

ただ、私も全部のアクトを前方まで確認しにいったわけではないので、時間帯や場所によっては距離が崩れている瞬間があったかもしれません。けれど、そもそもそれをよしとする空気は現場にはなく、他者との距離感に気を遣って行動するムードが一貫してあったことを記しておきます。

ちなみにステージフロントにおける立ち位置指定の距離の取り方は、ライブ業界においてこの1年以上の間、政府関係当局の対処方針に則って策定され、共有されてきたガイドラインに沿っています。フジロックの立ち位置指定マーク同士の距離に関しても関係各所と確認を取っているはずです。自分が主催として関わったフェスでは、行政に対する感染対策の説明時に数値まで提出していました。

また、観客は歓声は上げていませんでした。
これは今回のフジロック以外の様々なライブ現場でも思うのですが、ライブという現場やアーティストを守るためにしっかりと自制している音楽ファンの姿に対して、私は深く敬意を抱いています。みんな声を出さないので時々MC後の間が微妙な空気になったりするのですが、それもこの1年のライブの風物詩だったりします。

会場内のレイアウト、特に感染リスクが高い飲食エリアの作り方は例年とは大幅に変更されていて、とてもよく考えられていました。まず、そもそもの入場ゲートの位置を例年よりもかなり手前に設置し、それによって生まれた縦に長い大きなエリアに一つ目の飲食エリアを創出。例年だと場内にベンチはほとんどなく参加者が好き勝手に輪になって飲食するのですが、今年はその状態を防止するため、自然と向かい合わない形になるような工夫と共にベンチが置かれていました。
他、例年だとメインの飲食エリアになる場所も店舗数を大幅に減らし、余裕のある大空間を確保。それ以外にも何箇所かの飲食エリアがありましたが、どれも導線にかかる場所にあった店舗は別場所に移されていたり、例年ステージエリア内・あるいはステージに隣接して飲食エリアが設けられていた部分は撤廃され、食べ物を購入した人がそこに広がる大きなオープンエリアで距離をとって飲食できるような工夫がなされていました。

なお、ステージフロントエリアではペットボトルでの水分補給目的以外の飲食は禁止。言うまでもなく、人が多いエリアでマスクを取る機会をできる限り少なくするためです。これも随時ステージ上からの呼びかけが徹底されていました。

上記してきた通り、参加者の皆さんは基本的にちゃんとガイドラインを遵守しながら過ごしていたと思います。ただ、とは言え、それは自分が見た範囲の様子であり、私が見えていないところでルール違反をしていた人もいるでしょう。そのような行動をした人は言語道断ですし、そういう、全体から見たら少数の違反者の様子が大多数の参加者の様子として伝わることを苦々しく思いますが、ただ、それを「あいつらは一部だ」とか「これだけの人が集まればそういう人が出てくるのも仕方ないよね」で済ませるのではなく、「どうしたらそのような行動を取る人達に意識徹底とルール遵守をさせることができるのか」というテーマと向かい合うこと。それは、フジロックに限らず、イベント主催運営サイドは今後も引き続き考えていかなければならない課題だと認識しています。

前述した通り、出演者&スタッフにはPCR検査+抗原検査が必須で課せられていたのに対し、参加者に対しては希望者への抗原検査の無料提供と、その検査協力を繰り返し呼びかけるという形でした。

この「観客に関しては“希望者”に対して抗原検査」ということが、懸念点ではありました。

チケット保有者、ならびに、フジロックの公式アプリをインストールしている人(今年は公式アプリのインストールが必須でした。何故なら、アプリから問診票への回答を含む本人情報を登録し、その登録完了画面を提示することが、入場条件だったからです)に対し、希望者に抗原検査を行うと発表した8月6日から開催直前まで、何度も何度も「無料で抗原検査キットを送付するので、自宅を出る前に検査をしてください」というお願い&案内メールが送られてきました。さらに、当日の会場のエントランス手前にも抗原検査場が設置され、検査を促すアナウンスが常時行われていました。

それくらい主催サイドが懸命に呼びかけを実施していた事実はありますが、それでも「希望者のみ」であり、入場時に陰性証明が必要なかった=その措置が取れなかったことに関しては、それが何故だったのか含め、今後の課題として考えていかなければならないことだと思います。

なお、これは一概にフジロックの対応が悪いと言っているわけではありません。今までのフェス/ライブでは、観客への事前の抗原検査は基本的に行なっておらず(結果的に中止になったアラバキでは入場時に実施する予定でしたが)、そしてその形でもクラスターを発生させることなく安全に開催することができていました。ただ、デルタ株流行以降の現在・これからのフェスのあり方として、やり方を見直さなければならないタイミングにあると思います。

ちなみに、アメリカなどではワクチン接種証明、もしくは72時間や48時間以内等での陰性証明のどちらかを提示することを入場条件とすることが主流となっています。先日のThe KillersのNYライブのように「ワクチン接種証明+48時間以内の陰性証明の両方が必要」という形で実施した例もあります。この場合、観客はマスクやソーシャル・ディスタンスをルールとして課せられることなく、歓声&お酒もOKです。つまりコロナ禍前と同じ景色が広がっています(そこが現在の日本のフェス/ライブ事情と大きく異なる点です)。もちろん、この辺りのルールは今後の状況次第で変わっていく可能性は十分にあります。実際、デルタ株流行に伴い、上記した入場条件に加えてマスク必須とするガイドラインを発表しはじめているフェスやツアーが急速に増えています。余談ですが、フェスやライブがワクチン接種証明を求めることによって、これまでワクチン接種をしていなかった若年層の接種促進に繋がっているという情報もあります。

日本でアメリカのような入場ルールを適用しようとした場合にハードルとなっているのは、現時点ではまだ若年層に十分なワクチン2回接種が行き届いていないこと、そして何より、検査を受けるハードルが高すぎることです。私はフジロック出発直前の20日未明に公式から取り寄せた無料(つまり送料含めて主催者側でコストを負担)の抗原検査キットで検査を行い、そして21日深夜に自宅に戻ってきた後、23日の夕方に自主的にPCR検査を受けました。24日から人と会う予定があり、即日で結果が欲しかったことを踏まえて自宅から近い距離で対応可能な検査場を調べて受検した結果、(当然ながら)自費診療で18,000円でした。もっと安いところ&郵送などで安く受けられる方法もありますが、とはいえそれなりにかかるし、証明書を発行する料金は別途かかります(極端に安い検査場では証明書発行ができないところもあります)。この検査コストのままでは入場条件に陰性証明を入れるのは難しい場合が多いと思いますし、それを主催者側で負担するのは限界がある、行政による整備が必要な案件です。

なお、私に関して、事前の抗原検査はもちろん、事後のPCR検査の結果も陰性でした。現在体調はいたって良いですが、日々体調を見ながら今週末にもう一度PCR検査を受けることを考えています。

「無観客での有料配信にすればよかったのに、フジロックは何故そうしないんだ」という声が、業界関係と思しき方々含めて、多く上がっているのも目にしました。

私はそれは難しかっただろうと思いますし、その選択を取らなかった気持ちがとてもよくわかります。何故なら、有観客と無観客では意味合いがまったく変わってくるからです。

技術的な難しさを説いている方もいましたが、そうではありません。現実に、YouTubeで無料配信を見た方はわかると思いますが、現場にはしっかりとしたクオリティで生配信できるだけのシステムがあります(フジロックのYouTubeライブ配信は今回が初めてではなく、2018年から実施されています)。さらに言えば、昨年末・2020年12月31日には、フジロック2021に向けてのイベントとして、スマッシュは「KEEP ON FUJI ROCKIN’ II〜On The Road To Naeba 2021〜」という名で無観客・有料配信のイベントを開催しています。これは本来は有観客のオールナイトイベント(会場は東京ガーデンシアター)として開催されるはずだったものですが、当時の第3波の状況を鑑み、直前に有観客を断念し、無観客生配信へと切り替えられました。つまり単純に技術的な意味合いでは可能だったと思います。では、その選択をしなかったのは何故か。

フェスは、ライブスタッフのみならずフード等の出店含めた様々な、そして膨大な数のスタッフによって成立しており、また開催期間の観客のみならず、準備期間のスタッフの方々の宿泊等も含めた地元への経済効果が大きくあります。無観客配信ではその方々の仕事ならびに経済効果が失われること。あるいは、配信ライブがビジネスとしては実はそう上手くは行っていないこと。そういった要因を述べている発言を見ました。両者とも理由としてあると思います。特に前者に関しては現実にとても大きな要因でしょう。フジロックだけではなく、この20年の間に全国各地でたくさんのフェスが生まれ、日本が世界トップクラスのフェス大国になっている背景には、地域振興としてのフェスの意義が大きくあり、それを看過することはできません。

ただ、それだけではないとも思うのです。

今回、フジロックのYouTube無料配信で様々なライブを観た方も多いと思います。あのクオリティのライブが、無観客の配信フェスでも同じように実現したかというと、答えはNOです。

有観客のライブと無観客でのライブ配信。それはアーティストにとって天と地ほどの差があります。

もちろん、無観客での配信用のライブが得意なアーティストもいます。目の前に観客がいようがいまいが同じ感覚で演奏ができる人、あるいは、同じ感覚ではなくともちゃんとカメラに向かってパフォーマンスできる人もいます(そしてまた、ひとつのアートフォームとしてのオンラインライブの可能性は現在進行形で広がってもいます)。

けれど、様々なアーティストと接する中で、そうではないアーティストのほうが圧倒的に多いと私は実感しています。実際、「配信ライブ」は「ライブ」ではない、だから配信はやらないというアーティストも数多くいます。配信ライブがビジネスになる/ならないということよりも手前に、そういう事実があります。そしてだからこそ、生のライブというものは時に想像を超える体験をもたらすのだと思っています。

ステージに立つアーティストにとって、やっぱり、目の前に「あなた」がいることは、とても重要なことなんです。特にフジロックのようなステージに立つアーティストにとって、ライブはパフォーマンスではなく生身の表現です。目の前のあなたに何を届けられるのか、あなたのリアクションに対してどう自身のプレイで語りかけることができるのか。そういったことが、ライブのクオリティを大きく左右します。実際に観客を目の前にしてライブをすることでアーティスト自身が思ってもみなかった力を発揮できたり、思わぬ気づきがあったり、そういうことがライブという現場ではたくさん起こっていきます。

だからアーティストは、ライブを通して大きく成長していきます。10回のリハをするよりも、1回のライブで得ることができる気づきと成長のほうが格段に大きいーーそんな例はたくさんあります。
コロナ禍の自粛要請によって数え切れないほどのライブの現場が喪失したこの1年半という時間は、多くのライブスタッフやライブハウス関係者にとって巨大な打撃だっただけでなく(現実に潰れてしまった場所や仕事を失ってしまった専門職の方がたくさんいます)、ライブによって進化するアーティスト(特にバンド)の成長機会が失われた期間でもありました。その目に見えない損失は、おそらくこの先に重くのしかかってくる側面があるのではないかと私は思っています。

さらにいえば、フジロックは日本で一番、音がいい音楽フェスティバルです。
それは、山の中で周りを森に囲まれているという環境要因(音量の規制値の問題だけでなく、たとえば、海沿いや更地の拓けた場所では風によって音が流されますが、フジロックの音響は豪雨が名物であるにもかかわらず風の影響をほとんど受けていないと思います)はもちろんのこと、あの場所で20年かけて積み上げブラッシュアップしてきた知見も凄く大きいはずです。自治の精神で作り上げてきた観客とのコミュニケーションの在り方、それによって生まれるフジロック特有のムード含め、アーティストが音楽を鳴らすにあたってのひとつの最高の環境が、長い歳月をかけて確立しています。

場が失われるということは、それが失われるということです。
だからこそ、この場を守っていかなければならない。このカルチャーを途絶えさせないために。

こういうふうに書くと、「退路がないから無理に開催に突き進んだのか!」という声が聞こえてきそうですが、そういうことではないのです。大切なものを守るためにできる限りのことをする。けれど、それはこの状況下において自分達の独断で進められることでもなければ、自分が大切なものを守るためには他者を顧みず好き勝手やっていいということでもない。地域によっても事情は異なる。それゆえに、主催関係者のみに限らず、地元や行政含めたそれぞれとの丁寧な話し合いの中で、開催したり断念したりする。

最初にも申し上げましたが、現状どのフェスもライブも、闇雲に何がどうなっても開催すればいいんだ!なんてマインドでやってるわけでは全くありません。どうしたらこの困難な状況を乗り越えてこの文化を未来に繋げていけるのか、そのためにできること・できるやり方・できるシステムを必死で考えて作り、試行錯誤しながら最善を尽くすべく業界全体が動いてきましたし、今も動いています。
現状多くの部分が国民の自主性と自助に任されている以上、私達は政府から提示されている指針・要請の中で許される範囲で自分達にできることを考え、行動していく以外にありません。決して盲目的になることなく、他者の存在を忘れることなく、その中でそれぞれが信念を持って動いていくこと。それは、何もパンデミック下に限ったことではない、常に大事なことなのではないかと思います。

2021年のフジロック開催にあたり、主催制作をはじめ、そして湯沢町の事業者の方々を含め、ご尽力をされたすべてのスタッフの皆さんに敬意を表します。
そして、出演したすべてのアーティストの皆さん、葛藤の中で信念を持って出演辞退を表明したアーティストの方に敬意を表します。どちらの場合でも、任されたステージの重みと責任に対峙することは、平時であっても大きなことなのに、今この状況の中ではとんでもなくタフなことだったと思います。
また、ルールを守り節度を保って参加した皆さん、大切に想うからこそ参加を断念した皆さんにも敬意を。

もしもこれを読んでいる方の中にご自分はルールを守れなかったという人がいるならば、そのことを重く捉え、考え、今後の生活に活かしていただきたいと切に思います。おこがましいですが、心からそう思います。

私自身も、音楽業界の末端に関わる人間として、音楽メディアを営む人間として、ひとりの音楽ファンとして、そしてひとりの生活者として、今回の経験を踏まえ、何ができるのかを引き続き考え、行動していきたいと思っています。

最後に、完全に余談になりますが、分断は何処かからやってくるものではなく、やはり私達自身の中から生まれていくものなのだと思います。分断を煽るような存在・状態・事態が目の前にあったとしても、そこで実際に分断が生まれるか否かは私達一人ひとりの問題なのだ、と。もちろん知らず分断という選択を取らされてしまう事態に追い込まれる場合もあり、それに対しては毅然とした態度で立ち向かわなければなりませんが。いずれにせよ、脊髄反射的に流されていくのではなく、きちんと冷静に物事を見ると同時に、自分には見えていない側面が必ずあるのだということを自覚し、考えていかなければいけないなと思います。もちろん私自身に足りていない部分が多々あることもきちんと認識しながら、考え動いていかねばならないな、と。
そんなことをここ最近の喧騒を見ながら改めて考えていました。


とてつもなく長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


*8/28追記
補助金の話で批判が加速していますが、フジロックに限らず音楽・演劇・芸能等の公演に対する補助金システム「J-LODlive」について、ごく簡単に自分のツイッターに書きました。
https://twitter.com/tomoko_ary/status/1431417551544721413?s=20
詳しくは「J-LODlive」で検索すればすぐ出てくるので調べてみてくださいませ。

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