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1周回って酒が飲めなくて良かったのでは、と最近思う

家族は酒に強い人があまりおらず、私も例に漏れずアルコールに非常に弱い体質である。


確か日本人だと40%くらいが酒に弱く、5%だかは全く駄目らしい。
酒の席などで少しづつ飲んでいれば、多少は飲める人間になっていたかもしれないが、


なんで自分が全く美味く感じないものを毎回我慢して飲まなくてはいけないのだ?と自問自答し、現在はアルハラなどの文化も無くなってきたので、ある時から完全な下戸だからと酒を飲まないことにした。


とはいえ、「酒は飲めないけど、飲み会の雰囲気が好き」という方がいるように、お酒の席で盛り上がったり、酒が一種の出会いやコミュニケーションツールとして非常に力を持っているのもまた事実であり、


酒の席(というか人の集まり自体を)があまり好きではないとはいえ、私は苦手なことにコンプレックスを抱き、同時に酒好きに対して羨ましいという感情を持っていた。


もちろん酒の飲める飲めないに関わらず、コミュニケーションが達者で、どんな場でも盛り上がれる人はいるので、本質は酒ではないのだが、そこに対して引け目を感じることだけでも、いやだなと感じていた。


しかし最近は、自分が仮に酒好きだったらどうなっていたのかを考えると、恐ろしい人生になっていたかもしれないと考え始めた。


人にはそれぞれ乗り越えるべきパーソナリティ、性質がある。

私の場合は幼少の頃から現在まで一貫したテーマとして、「逃避」からいかに乗り越えるかというのがある。色々な意味が含まれるが、要するにいかに現実逃避をせずに現実の問題と向き合うかである。

大きなテーマなので、世の中の人間すべてに関わりがあると言えなくもないが、私の場合は特に、すぐ本来やるべきことを理解していながら、その時楽しいもの、現実逃避できるものに夢中になり、嫌なことはひたすら時間が過ぎるのを待つという行動パターンが完璧に構築されていた。

現在は改善はされてきている実感はあるが、こんな私が20代前半の時点で、もし酒が体質に合い、好きだったらどうなっていただろう?間違いなく歯止めが効かなくなり、飲み会の場には出ないが、宅飲みをしまくっていただろう。

もしかしたらアル中になって体を壊してしまっていたかもしれない。

酒は自身の魂を飛ばすし、同じく酒好きの憑依霊なども寄ってきて人格が変わってしまうらしいので、ただでさえ自我の薄い私が沢山飲んでいたら大変なことになっていたかもしれない・・・そんなことを考えていたら、酒に弱い体質もまあ仕方がない、逆に良かったのかなと最近はポジティブな考えになってきている。

あくまで傾向としての話だが、王族や貴族など身分が高く、裕福で酒を浴びるように飲んで贅沢をしていた過去世が多い人は今生では下戸にされ、逆に贅沢ができなかった過去世が多かった場合は普通に酒が飲める体質にしてもらえるらしい。

酒好きが羨ましい気持ちは減ってきたが、居酒屋で頼む飲み物がソフトドリンクオンリーなので、バリエーションが無さすぎて楽しくないというのは今後もあるだろう。


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